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第8話 犬の餌みたいだよね

夜、眠れなくて、酒と煙草と自慰ばかりしていた。映画って、人が簡単に死んでくから面白い。人生って無価値だな、と笑えてくる。そんなこんなしている内に朝日が窓から差し込んで、深いため息が出て項垂れた。正直、今のご主人様とは合わない。俺の飼い方を知らないんだもん。


「煙草くさっ、少しは窓開けろよ」


彼が起きてきた。彼は眠い目を擦りながら、窓を開けた。こんな腐った世界の空気、良い訳がないのに。俺は賢者タイムに浸りながら、その様子をぼーっと眺めていた。


「朝ご飯はシリアルでいい?」


何の返事もしなかったら、目の前のテーブルにシリアルが置かれた。


「ほんっと、犬の餌みたいだよね。これ」


大して好きでも嫌いでもないそれをスプーンですくって食べようとすると、


「文句を言うなら食べなくていい」


とシリアルが入ったボウルを取り上げられた。


「死ねよまじ……」


悪態ついて、煙草に手を伸ばした。ちぇっ、もうないじゃん。と空箱を床に投げた。床には他にもおなティッシュが転がっている。


「はぁ、」


とため息をついて、そいつはそのティッシュと空箱を拾い集めて、ゴミ箱に捨てる。


「ウザったいか?俺が。死んで欲しいか?」


「飼い犬が粗相するのは想定内だ。だが、ちゃんとゴミ箱に捨てられるように躾ないとな」


と一つだけ床に残したティッシュを指さした。


「俺はやらないよ」


「イル、これ、ここ。できるか?」


本当の犬に呼びかけるように、簡単な単語を使って、ゴミ箱を持ちながらわかりやすく伝えてくる。ウザった。


「はぁ、めんどくせぇ」


とため息をつきながらも、このおままごとに付き合ってやるかと思って、ソファから起き上がって、そのティッシュをゴミ箱に捨てた。


「はい、何かご褒美くれる?」


と怠そうに彼の方を見ると、彼は全力で嬉しそうにして、俺の頭を撫で回した。


「イル、よくできたね!偉いよー!!」


「ふふっ、やめろよ」


なんて言いつつも、彼がこんなにも嬉しそうにしてるのを見て、俺までちょっぴり嬉しくなった。


「イル、朝ご飯がまだだったね。はい、どうぞ」


とさっき取り上げられたシリアルを置かれた。もうシリアルが牛乳を吸っていて、しなしなになっていた。だけど俺は、気分が良かったから、


「ありがとう、ご主人様」


と素直にそのシリアルを食べた。


「ちゃんとお礼まで言えて、偉いな君は」


俺の隣りで俺がシリアルを食べてご馳走様を言うまで、彼は愛おしそうに俺のことを見つめてくれた。


「ご主人様、今日は何すればいい?」


「ゆっくり休んでて良いよ。僕はお仕事に行ってくるね」


とその顔には似合わないスーツを着ている。


「え、行っちゃうの……?」


「僕がいないと寂しい?」


なんて俺の頭を撫でて、小首を傾げて微笑んでいる。


「いや、そーゆーのじゃなくて、俺、逃げちゃうかもよ?」


「大丈夫、もし逃げたら強い電流を流して感電死させるから!」


あっけらかんと話すその態度に恐怖を覚えた。


「……ご主人様ぁ、行かないで?」


と俺は彼のことをハグして引き止めた。暇つぶし相手がいなくなったら、うっかり外に出てしまうかもしれないから。


「何?急に寂しくなっちゃったの??」


「うん、一人にしないでよ」


死にたくない死にたくない死にたくない、という思いで必死に可愛子ぶって引き止める。


「……ごめんね。なるべく早めに帰るから」


彼は俺のことを強く抱擁して、そう耳元で囁くと、俺から手を離した。


「嫌だ!行かないで!!」


俺は彼から手を離さずにずっと抱きしめたまま、彼を困らせている。


「イル、待てだ。待て。ちゃんとお留守番できたらご褒美あげるから、ね?」


「ご褒美なんかいらないから、一緒にいてよ!!」


「……ごめん」


言うことを聞かない俺に彼は電流を流して、俺の腕の中から彼は逃げ出した。そのまま、いってきますも言わずに逃げるように玄関から出て行った。俺はしばらく床に横たわって、彼のいなくなった部屋をぼーっと眺めていた。


「あぁ、煙草吸いたい」


玄関のドアノブに手を添えて、煙草でも買いに行こうとしたが、簡単に死んでしまうと思えば、馬鹿でも足は動かなかった。

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