夜、眠れなくて、酒と煙草と自慰ばかりしていた。映画って、人が簡単に死んでくから面白い。人生って無価値だな、と笑えてくる。そんなこんなしている内に朝日が窓から差し込んで、深いため息が出て項垂れた。正直、今のご主人様とは合わない。俺の飼い方を知らないんだもん。
「煙草くさっ、少しは窓開けろよ」
彼が起きてきた。彼は眠い目を擦りながら、窓を開けた。こんな腐った世界の空気、良い訳がないのに。俺は賢者タイムに浸りながら、その様子をぼーっと眺めていた。
「朝ご飯はシリアルでいい?」
何の返事もしなかったら、目の前のテーブルにシリアルが置かれた。
「ほんっと、犬の餌みたいだよね。これ」
大して好きでも嫌いでもないそれをスプーンですくって食べようとすると、
「文句を言うなら食べなくていい」
とシリアルが入ったボウルを取り上げられた。
「死ねよまじ……」
悪態ついて、煙草に手を伸ばした。ちぇっ、もうないじゃん。と空箱を床に投げた。床には他にもおなティッシュが転がっている。
「はぁ、」
とため息をついて、そいつはそのティッシュと空箱を拾い集めて、ゴミ箱に捨てる。
「ウザったいか?俺が。死んで欲しいか?」
「飼い犬が粗相するのは想定内だ。だが、ちゃんとゴミ箱に捨てられるように躾ないとな」
と一つだけ床に残したティッシュを指さした。
「俺はやらないよ」
「イル、これ、ここ。できるか?」
本当の犬に呼びかけるように、簡単な単語を使って、ゴミ箱を持ちながらわかりやすく伝えてくる。ウザった。
「はぁ、めんどくせぇ」
とため息をつきながらも、このおままごとに付き合ってやるかと思って、ソファから起き上がって、そのティッシュをゴミ箱に捨てた。
「はい、何かご褒美くれる?」
と怠そうに彼の方を見ると、彼は全力で嬉しそうにして、俺の頭を撫で回した。
「イル、よくできたね!偉いよー!!」
「ふふっ、やめろよ」
なんて言いつつも、彼がこんなにも嬉しそうにしてるのを見て、俺までちょっぴり嬉しくなった。
「イル、朝ご飯がまだだったね。はい、どうぞ」
とさっき取り上げられたシリアルを置かれた。もうシリアルが牛乳を吸っていて、しなしなになっていた。だけど俺は、気分が良かったから、
「ありがとう、ご主人様」
と素直にそのシリアルを食べた。
「ちゃんとお礼まで言えて、偉いな君は」
俺の隣りで俺がシリアルを食べてご馳走様を言うまで、彼は愛おしそうに俺のことを見つめてくれた。
「ご主人様、今日は何すればいい?」
「ゆっくり休んでて良いよ。僕はお仕事に行ってくるね」
とその顔には似合わないスーツを着ている。
「え、行っちゃうの……?」
「僕がいないと寂しい?」
なんて俺の頭を撫でて、小首を傾げて微笑んでいる。
「いや、そーゆーのじゃなくて、俺、逃げちゃうかもよ?」
「大丈夫、もし逃げたら強い電流を流して感電死させるから!」
あっけらかんと話すその態度に恐怖を覚えた。
「……ご主人様ぁ、行かないで?」
と俺は彼のことをハグして引き止めた。暇つぶし相手がいなくなったら、うっかり外に出てしまうかもしれないから。
「何?急に寂しくなっちゃったの??」
「うん、一人にしないでよ」
死にたくない死にたくない死にたくない、という思いで必死に可愛子ぶって引き止める。
「……ごめんね。なるべく早めに帰るから」
彼は俺のことを強く抱擁して、そう耳元で囁くと、俺から手を離した。
「嫌だ!行かないで!!」
俺は彼から手を離さずにずっと抱きしめたまま、彼を困らせている。
「イル、待てだ。待て。ちゃんとお留守番できたらご褒美あげるから、ね?」
「ご褒美なんかいらないから、一緒にいてよ!!」
「……ごめん」
言うことを聞かない俺に彼は電流を流して、俺の腕の中から彼は逃げ出した。そのまま、いってきますも言わずに逃げるように玄関から出て行った。俺はしばらく床に横たわって、彼のいなくなった部屋をぼーっと眺めていた。
「あぁ、煙草吸いたい」
玄関のドアノブに手を添えて、煙草でも買いに行こうとしたが、簡単に死んでしまうと思えば、馬鹿でも足は動かなかった。