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第9話 僕の愛おしい犬

過激なAVをスマホで見ながら、自慰行為をして賢者タイムに浸り、また自慰行為をする。と永遠に終わらないループにハマっていた。いくら自慰行為をしても心の中に満たされないものがある。首を絞めたい、尻を叩きたい、ぐちゃぐちゃに泣かせたい。セックスしたい。そんな思いを抱えながら、気付けば昼になっていた。お腹空いたなぁ、なんて思いながら冷蔵庫を開けると、サンドウィッチと共にメッセージカードが添えられているのを見つけた。


親愛なるイルへ

イルのためにサンドウィッチを作っておいたよ。お昼ご飯として美味しく食べてね。お留守番してくれてありがとう、僕の愛おしい犬。

君の飼い主、レイラ


「さんきゅー、レイラ」


と言いながら、サンドウィッチにかぶりついた。サンドウィッチは二つあったはずなのに、美味しすぎて数分でぺろりと平らげてしまった。そして、添えてあった林檎にもかぶりついて、芯だけ残った林檎をテーブルの上に置いた。


「これ、そのままにしてたら怒るよなー。あいつ」


とても怠くて仕方がなかったが、食器を食洗機の中に入れて、林檎の芯もゴミ箱に入れた。俺って、えらーい!また褒めてくれるかな?そんな淡い期待をしながら、家で彼の帰りを待っていた。

0時すぎ。全然、彼は帰ってこない。なるべく早めに帰るって言ってたのに。俺はヤニ切れでおかしくなりそうだった。何に対してもイライラしてしまって、ソファをナイフで切りつけた。あぁ、やっちまった。こんな自分にもイライラして、自分の手首にナイフを当てた。呼吸が浅くなる。こんなことしてはいけない。そんなのはわかっているが、自分を罰したくて仕方がなかった。軽く、ナイフで手首を撫でた。血が薄らと一筋の線となって滲んだ。その瞬間、何とも言えない満足感でいっぱいになった。はぁ、気持ちいい。


「ただいまー」


とレイラがやっと帰ってきた。俺は吃驚して、咄嗟にナイフを隠してしまった。


「おかえりなさい、ご主人様」


繕った笑顔で彼を迎え入れた。


「イル、良い子でお留守番してた?」


切り裂いたソファを隠すように座って、切った手首を見えないようにわざとらしく後ろに隠した。そして、「うん!」という嘘を貼り付けた笑顔を彼に向ける。


「そっか、偉いね」


彼は俺の頭を撫でてくれる。その手の心地良さに目を細めた。


「聞いて!ちゃんと食器を食洗機に入れて、林檎の芯をゴミ箱に捨てられたの!」


「へぇ、凄いじゃん!とっても良い子だ!」


と抱き寄せられて、もっと頭を撫でられた。


「ねぇ、ご褒美にチューしたい!」


彼の頬を撫でて誘った。その艶やかな潤いある唇を今すぐ奪ってしまいたい。


「それはまた今度ね。今回のご褒美には、じゃーん!煙草を買ってきたよ!」


と俺がいつも吸っている銘柄の煙草を買ってきてくれた。


「あっ!あぁっ!!吸いたい!!今すぐに吸いたい!!!」


俺は手が震えるほどそれを欲していた。煙草を受け取ると、崇めるように上へと掲げてしまった。


「喜んでくれて良かった。でも、吸いすぎは良くないから一日一本にしようか。約束してくれる?」


「一本は足りない……」


ヘビースモーカーではないけれど、一日で五から六本は余裕で吸っている。それを制限されると今日みたいにイラついて暴力的になってしまうから……。


「じゃあ、二本?」


「せめて、三本!徐々に禁煙するから!」


とお願いした。三本だったら、朝昼晩で三回吸える。


「わかった。指切りね」


小指を絡めて約束した。そして、俺は至福の一服を存分に堪能した。


「はぁ、身体中に沁みるぅ……」


「イル、どうしたんだ?怪我でも……」


と煙草を持つ手を掴まれそうになったので、咄嗟に手を引っ込めた。


「いや、なんでもないよ」


って笑って誤魔化した。煙草に夢中で忘れてた。左手首の痛みなんて。


「ダメ、心配。ちゃんと見せて」


彼はソファに座る俺の上に跨って、俺を官能的に誘ってくる。ちょっぴり彼の匂いに汗の匂いが混じってる。このまま繋がってしまいたい。あぁ、我慢!我慢しなきゃダメだ!


「イル、もしかして、自分で切ったの?」


俺が煩悩と戦っている合間に、彼は俺の左手首を掴んでよく見ていて、心底、悲しそうな顔をしていた。


「あ、えーっと……猫!そう猫が入ってきて、引っ掻かれちゃったの!」


「本当に?猫の爪がこんなに切れ味抜群とは思えないけど」


真っ直ぐで綺麗な血の横線。彼は俺の嘘に疑いの目を向ける。


「ほんっと、ものすごーく爪を研いでる猫で、ナイフみたいに爪が鋭いんだ!」


「じゃあ何故、君の服に猫の毛が一つも付いていないんだ?」


さすが警察、着眼点が鋭い。なんて褒めている場合ではない。俺は苦し紛れの言い訳で、


「服をリントローラーでコロコロしたんだ。俺、猫の毛がアレルギーだから」


と言った。そしたら、彼は挑戦的な笑みを浮かべて、


「へぇ、リントローラーよく見つけたね!僕も使いたいから持ってきてくれる?」


って、俺の上から降りてしまった。残念。一度ついた嘘を貫き通したくて、俺は渋々、ソファから立ち上がると、彼の表情はもう既に確信に変わってきた。


「イル、これは何だ」


あ、俺が座ってたこのソファのこの場所、ズタズタに切り裂いてたんだった。やっば!!


「うーん、それは……猫が……」


「イル、正直に話して。怒らないから」


彼の表情は表向きは隠しているが、裏ではもう怒っているに違いなかった。


「怒らないって言ったね?本当に怒らないでよ??」


「あぁ、怒らないよ」


その口調が俺にとってはもう怒っているも同然で、ビクビクしながら真実を口にした。


「ご主人様、早く帰るって言ったのに、すごい遅くてイライラして、ナイフでソファ切り裂いちゃった」


「それで?その左手首の傷は??」


「ソファを切り裂いた自分が許せなくて、切っちゃった……」


「そっか。帰りが遅くなったのはごめんね。だけど、自分を大切にできないのは良くないよ」


と頭を撫でながら、彼は冷静に話してくれた。


「……俺のこと、嫌いになった?」


俺の声は震えていた。俯いたまま、彼の顔が見られなかった。


「ふふっ、そんなわけないだろ」


って優しい声に驚いて顔を見上げると、キラキラした微笑みを見せられた。

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