俺は「僕がイルの知らない世界へと連れて行ってあげる!」という彼の魅力的な発言を信じて、彼に手を引かれ着いた場所は、なんと何処にでもある有名ファストフード店。
「何でその流れでミッキー・ディーズなんだよ!!」
思わず、店前で怒鳴ってしまった。もっと入ったこともない魅力的な場所に行けると思ってたのに、がっかりだった。
「僕の、学生時代の夢だったんだ。放課後、友達とミッキー・ディーズでたわいもない会話をして笑いあったり、『僕達、どんな大人になるんだろうね?』ってふと将来に思いを馳せたり、したかったんだ……」
大人になってしまって、もう叶わない夢なのに、彼はまだ諦めきれてない様子で、その夢を語る彼の横顔は楽しそうだった。
「アニメの見すぎだ」
俺はぶっきらぼうにそう言うと、店内に彼よりも先に入っていった。それ次いで、満面の笑みの彼が店内に入っていく。そんな彼が単純すぎて笑える程、可愛らしい。
「イル、ありがとう!」
俺の腕に抱きついて、上目遣いであざとく微笑んでいる。俺はそんな調子の良い彼の額にペシっとデコピンをした。「痛っ!」と拗ねる様子もやっぱりあざとかった。
「ご主人様はさ、学生時代に友達いなかったの?」
二人掛けのテーブル席に座り、油っこいポテトをつまみながら、俺の知らない彼を知ろうとした。
「……いなかった、のかな?学生時代は勉強ばかりしていて、あまり友達との記憶がないんだ」
そう悲しそうな目をして、彼はやけっぽくハンバーガーにかぶりついた。
「勉強熱心なのは、今も変わらないね」
俺と俺の今までの犯罪がプロファイリングされた、分厚い資料をよく読み込んでから、彼は俺に声をかけてきたんだ。
「いいや、僕はイルのことがよく知りたいから勉強しているだけだよ」
こんな真っ直ぐに好意を向けてくるのに、俺が行為を迫ったら拒否するんだから、俺の中の感情がかき乱される。
「俺も、ご主人様のことよく知りたい」
と長いポテトを彼の口元に持っていって、その唇をポテトでぷにっと突いた。彼はそのポテトにガッと牙を向いて噛み付くと、ハムスターのように小さい口でもぐもぐと食べ進めた。
「……僕は、あまり自分のことは話したくないな」
彼は自己防衛するように、でも、申し訳なさそうにそう言った。俺にはまだ、彼を知り得る資格すらなかったのだと、今になって気付かされた。
「そっか。ご主人様が話したくなったタイミングで良いよ。俺はずっと、ご主人様の傍にいるから」
俺は彼の手を取り、そっとその手の甲に忠誠を誓うみたくキスを落とした。
「イル、君はとっても良い子だね。僕は飼い犬に君を選べて、とても幸せだ」
その、キラキラした微笑み。俺がいることで幸せだと言ってくれる人間。……知らない。何でこんなにも胸が痛むんだ。何でこんなにも泣きたくなるんだ。そんな言葉、信用したらダメなのに。
「……知らない。何でこんなにも嬉しいの?」
目を潤ませ、声を震わせながら、口元だけは笑っていた。
「ふふっ、それは僕が君にとって『理想のご主人様』だからだよ」
彼は自信ありげで蠱惑的な表情で、俺の顎を指で撫でていた。