彼はいつもスーツ姿で仕事から帰ってくる。警官姿とはまた違った良さがある。けれど、たぶん職場で着替えるんだろうから、彼の裸体姿を職場の人間も知ってるんだと思えば、その背中にキスマークの一つや二つぐらい残しておきたくなった。
「イル、良い子にしてた?」
あぁ、良い子にしてたとも。彼がご褒美にセックスしてくれるのを願って、いつも良い子にしてるんだ。
「もちろん!ご褒美は?何かある??」
そう尋ねると、彼は俺をぎゅっと抱きしめて、
「ふふっ、偉いね!」
と背中を撫でるだけだった。こんなんじゃ、物足りない。俺は彼の首筋に唇を押し当てて、跡が残るように強くキスをした。彼は痛みで顔を歪ませた。
「これくらい良いだろ?」
「……隠す手間が増えたな」
彼は嫌そうな顔して、その跡を触る。
「見せびらかせよ。レイラは俺のご主人様なんだって」
俺が調子よくそう言っても、彼の心には響かない。
「はぁ、どうせセックスできるくらいは思ってたんだろ」
彼は落胆した様子で俺から離れていった。
「俺はそのために良い子にしてたんだよ。この部屋を壊さずに」
俺は何が悪いのかわからずに、これは平等な等価交換だと彼に誇示した。
「……君は、セックス依存性だ」
そんな彼の言葉が俺の胸に突き刺さった。何それ、セックス依存性……?あぁ、言い得て妙だな。
「だって、俺にはそれしかできることがないから」
と笑顔を繕っていると、彼はうんざりした様子で額に手をやった。
「何だよ、それ。何でそんな悲しいことを言うんだ?この前、一緒に晩御飯を作っただろう」
そんなことを言われたが、俺はあまりピンとこなかった。ただ首を傾げて、彼の話を聞いていた。
「僕はイルと一緒に晩御飯が作れて楽しかった。イルにはセックス以外にもできることがたくさんある。それをちゃんとわかってくれ」
俺にはセックス以外にもできることがたくさんある。そんなの、考えたこともなかった。俺の取り柄も俺の生きがいも、セックスすることだったから。
「ほら、手洗って?」
彼は俺の手を引いて、キッチンのシンクへと連れていく。俺はさっきまで自慰をした手を洗っても、まだ精液が俺の手に染み込んでいるみたいで、ちょっぴり嫌だった。
「イルは包丁を使うのが得意だから、野菜を切ってもらおうかな」
と小さめなキャベツを一玉渡された。
「俺、野菜は嫌いだよ」
なんて言いつつも、俺はそのキャベツを思いのままに半分に切った。
「大丈夫。僕が美味しく味付けするから」
そんな彼を信じて、渡された野菜を次々に切っていくと、隣りでその野菜達と肉を炒めている彼のフライパンから美味しそうな匂いがしてきた。
「やば、めっちゃ美味そう……!」
「イルが野菜を綺麗に切ってくれたから、余計に美味しそうだよ」
そう俺の顎を指先で撫でる。俺はくすぐったくて笑ってしまった。
食卓に野菜炒めとパンが並ぶ。塩コショウで味付けされた野菜炒めは、野菜の甘みが感じられてとっても美味しかった。
「美味っ!俺って、天才じゃね??」
「天才だね。イルと一緒に作ると料理がより一層、美味しくなる」
俺もちょうどそう思ってたところだ。俺が料理に参加すると、料理がより一層、美味くなる。俺は機嫌よく、嫌いな野菜もパクパク食べていた。
「でもさ、ご主人様。俺はセックスもしたいよ」
彼と料理をするのは楽しい。彼が褒めてくれるし、何よりも料理が美味くなる。けど、それだけじゃ、俺の欲望は満たされない。
「ふふっ、そうだろうね」
彼は共感するだけでそれ以上は何も言わない。
「俺がご主人様が出ていった後に、何をしてるか知ってる?」
「僕のサブスクの履歴がグロ映画ばかりになってるのは知ってるよ」
おすすめによくグロ映画が流れてくるようになっちゃったよ、と楽しそうに笑った。
「それもそうだけど、俺はね、ずっと……」
セックスしたくてたまらなくてどうしようもなくて、自慰行為ばかりしている。それを言おうとしたけど、それが何とも情けなくて恥ずかしくて言えなかった。
「セックスしたい?」
彼はそう言って扇情的に微笑んだ。
「うん……愛されたい……」
顔を赤らめて彼に期待の目を向けた。
「ふふっ、これでも僕は愛しているつもりなんだけどな」
そう彼は情けなさそうに微笑んだ。
「ご主人様の愛情は、俺にとってはわかりにくいよ。今もご主人様が演技してるかどうかもわかんない」
不満をぶつけて、子供っぽく唇を尖らせた。そんな俺を見て、ご主人様は笑って、でもその後に普段よりも一層、真剣な眼差しで
「イル、僕のことを信じてよ。僕は何があっても、イルのことを見捨てない」
と俺の眉間を撃ち抜くような覇気でそう言われた。そんな彼に否応なしに服従してしまう。
「わかった……。絶対に嘘つかないでね」
俺は小指を差し出した。彼はその小指に小指を絡め、約束をしてくれた。