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第2話 三姉妹、はじめまして

満月の光に包まれた黒い犬の体が、ふわりと揺れた。


眩しさに目を覆った守と優が、恐る恐る顔を上げると――


そこには、三人の少女が立っていた。


黒髪に涼やかな瞳を湛えた、凛とした長女。

金髪に元気な笑顔を輝かせる、活発な次女。

水色の髪をふわりとなびかせ、控えめにうつむく三女。


誰ひとりとして、傷一つ見当たらない。

あの血まみれだった黒い犬の姿とは、とても結びつかないはずだった。

それでも――守たちにはわかった。


この子たちが、あの三つ首の犬だということが。



「……お二方、見ず知らずの私たちのために、治療を施していただき……心より感謝申し上げます」


黒髪の少女が、澄んだ声でぺこりと頭を下げた。


続いて、金髪の少女が元気よく手を挙げる。


「ボク達、3人……ケルベロスでーす!」


そして、順に名乗り始めた。


「わたくしが、長女のヘレナ!」

「わたしは、次女のミーナだよっ!」


最後に、水色の髪の少女が、おずおずと小さな声を上げた。


「……三女、セリナです」


一足遅れての自己紹介だった。



その瞬間――



「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!!」


優の盛大な叫び声がリビングに響き渡った。


「ついさっきまで犬だっただろ!? なんで女子高生に進化してんだよ!!」


必死にツッコむ優に、黒髪のヘレナが静かに手を挙げる。


「それはですね……」


冷静に言葉を紡ぎ始めた。


「我らは、魔王城の門を守護するために生まれた存在――それが、ケルベロス。

 三つの首を持ち、それぞれが独自の意志と個性を持つ幻獣です。

 この世界に来た影響で、人間の姿を得ることができました。」


「どこの神話から抜け出してきたんだよ、お前ら!!」


優が思わず叫ぶ。

ミーナはクスクスと笑い、セリナはビクンと肩を震わせた。


守は頭を押さえながら、ようやく落ち着いた声で問いかける。


「ケルベロス……だとかは、まあ、ひとまず置いといて。

 ともかく、君たちの怪我はどうなんだ? 見た目では、あれだけの傷が……もう、塞がっているように見えるんだが。」


セリナはおそるおそる守を見上げた。

ビクビクと震えながら、それでもか細い声で答える。


「あ、あらためて……治療していただいて、ありがとうございました……」


まだ完全には警戒心が解けていない様子だった。


すると、しびれを切らしたミーナが、ぱんっと手を叩きながら前に出た。


「2人とも、ありがとうね!

 今日ってさ、4月の満月――ピンクムーンなんだよっ!!

 あたしたち、魔力が今月一番回復する日なの!」


元気いっぱいに説明するミーナに、守も優も一瞬、返事に困った。


分かったような、分かっていないような……そんな表情で顔を見合わせる。


すると、ヘレナが静かに言葉を継いだ。


「――我々は、勇者の放った破壊魔法により、不可抗力で異界へと転移させられました。

 本来であれば、直ちに主君の元へ帰還すべきところですが……

 現在は、魔力の回復を最優先とするしかありません。」


「は、はぁ……?」


優が目をぱちくりさせたあと、鋭い声を上げた。



「ふーん、つまりこうだ。

 君たちは勇者との戦いに巻き込まれてこの世界に飛ばされて、

 たまたま今日が満月だったから、魔力も回復して、怪我も治った――

 って、そんな話、信じられるかぁぁぁ!!」



守は優のツッコミを聞きながら、深くため息を吐いた。


だが、目の前の三人の少女たちを見て思った。


これが夜勤明けの幻覚なんかじゃなく――

本当に起きている現実なのだ、と。



──



「では……ご主人様、今後ともよろしくお願いいたします」


ヘレナが、優雅に一礼した。


「いやいやいや!! そして、なんでご主人様扱いなんだよ!!」


必死に叫ぶ優に対し、三人の少女たちは怯えたような、それでもまっすぐな眼差しで見つめ続けていた。


戸惑いながらも、守は思った。


この小さな命たちが、必死にここにいることだけは――

確かに、わかった。

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