満月の光に包まれた黒い犬の体が、ふわりと揺れた。
眩しさに目を覆った守と優が、恐る恐る顔を上げると――
そこには、三人の少女が立っていた。
黒髪に涼やかな瞳を湛えた、凛とした長女。
金髪に元気な笑顔を輝かせる、活発な次女。
水色の髪をふわりとなびかせ、控えめにうつむく三女。
誰ひとりとして、傷一つ見当たらない。
あの血まみれだった黒い犬の姿とは、とても結びつかないはずだった。
それでも――守たちにはわかった。
この子たちが、あの三つ首の犬だということが。
「……お二方、見ず知らずの私たちのために、治療を施していただき……心より感謝申し上げます」
黒髪の少女が、澄んだ声でぺこりと頭を下げた。
続いて、金髪の少女が元気よく手を挙げる。
「ボク達、3人……ケルベロスでーす!」
そして、順に名乗り始めた。
「わたくしが、長女のヘレナ!」
「わたしは、次女のミーナだよっ!」
最後に、水色の髪の少女が、おずおずと小さな声を上げた。
「……三女、セリナです」
一足遅れての自己紹介だった。
その瞬間――
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!!」
優の盛大な叫び声がリビングに響き渡った。
「ついさっきまで犬だっただろ!? なんで女子高生に進化してんだよ!!」
必死にツッコむ優に、黒髪のヘレナが静かに手を挙げる。
「それはですね……」
冷静に言葉を紡ぎ始めた。
「我らは、魔王城の門を守護するために生まれた存在――それが、ケルベロス。
三つの首を持ち、それぞれが独自の意志と個性を持つ幻獣です。
この世界に来た影響で、人間の姿を得ることができました。」
「どこの神話から抜け出してきたんだよ、お前ら!!」
優が思わず叫ぶ。
ミーナはクスクスと笑い、セリナはビクンと肩を震わせた。
守は頭を押さえながら、ようやく落ち着いた声で問いかける。
「ケルベロス……だとかは、まあ、ひとまず置いといて。
ともかく、君たちの怪我はどうなんだ? 見た目では、あれだけの傷が……もう、塞がっているように見えるんだが。」
セリナはおそるおそる守を見上げた。
ビクビクと震えながら、それでもか細い声で答える。
「あ、あらためて……治療していただいて、ありがとうございました……」
まだ完全には警戒心が解けていない様子だった。
すると、しびれを切らしたミーナが、ぱんっと手を叩きながら前に出た。
「2人とも、ありがとうね!
今日ってさ、4月の満月――ピンクムーンなんだよっ!!
あたしたち、魔力が今月一番回復する日なの!」
元気いっぱいに説明するミーナに、守も優も一瞬、返事に困った。
分かったような、分かっていないような……そんな表情で顔を見合わせる。
すると、ヘレナが静かに言葉を継いだ。
「――我々は、勇者の放った破壊魔法により、不可抗力で異界へと転移させられました。
本来であれば、直ちに主君の元へ帰還すべきところですが……
現在は、魔力の回復を最優先とするしかありません。」
「は、はぁ……?」
優が目をぱちくりさせたあと、鋭い声を上げた。
「ふーん、つまりこうだ。
君たちは勇者との戦いに巻き込まれてこの世界に飛ばされて、
たまたま今日が満月だったから、魔力も回復して、怪我も治った――
って、そんな話、信じられるかぁぁぁ!!」
守は優のツッコミを聞きながら、深くため息を吐いた。
だが、目の前の三人の少女たちを見て思った。
これが夜勤明けの幻覚なんかじゃなく――
本当に起きている現実なのだ、と。
──
「では……ご主人様、今後ともよろしくお願いいたします」
ヘレナが、優雅に一礼した。
「いやいやいや!! そして、なんでご主人様扱いなんだよ!!」
必死に叫ぶ優に対し、三人の少女たちは怯えたような、それでもまっすぐな眼差しで見つめ続けていた。
戸惑いながらも、守は思った。
この小さな命たちが、必死にここにいることだけは――
確かに、わかった。