「なあオヤジ……」
優が深く頭を抱えた。
「なんで……なんで俺が、女子高生三人と同居しなきゃなんねぇんだよぉぉぉ!!」
リビングの空気が、ぴしりと凍った。
黒髪の長女・ヘレナがきょとんと首をかしげ、
金髪の次女・ミーナは「ボクたち、そんなに迷惑かなぁ……」と唇を尖らせた。
水色の髪の三女・セリナは、びくっと肩を震わせ、そろそろと守の後ろに隠れる。
守は小さくため息をつきながら、優をなだめようとする。
「……まぁ、落ち着け、優」
だが、優はぐいと顔を上げた。
「落ち着けるかぁぁ!!
俺にはな、誤解されたくない奴がいるんだよ!」
叫ぶ優の姿に、守はふと心の中で思う。
(……ああ。恵理ちゃんか)
優の幼馴染。
ただの幼馴染とは、到底思えない様子だった。
優は顔を真っ赤にしてさらに続けた。
「特にだ! 女の子に“ご主人様”なんて呼ばれてみろよ!」
ミーナがきょとんとしながら「ご主人さま~?」と無邪気に繰り返し、
ヘレナは「それが正式な呼称かと存じます」ときっぱり答えた。
セリナは「……ご、ご主人さま……」と小声で呟き、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「恵理にそんなとこ見られたら……俺、社会的に即死だぞ!!!」
優の悲鳴にも似た叫びが、リビングに響いた。
(……あっ。こいつ、無意識に恵理ちゃんの名前出しやがったな)
守は苦笑した。
──
「それとな!」
優はさらに勢いを増して、指を突きつけた。
「耳!! お前ら、その耳!!」
ミーナが嬉しそうにぴょこぴょことカチューシャを揺らす。
「かわいいでしょっ!」
「いや浮いてるって!!
そのカチューシャ、妙にリアルすぎんだろ!!
バレバレなんだよ!!」
ミーナは「えへへ」と笑いながら耳を隠そうとするが、
まったく隠しきれていなかった。
ヘレナは涼しい顔で
「現代日本には、コスプレという文化もあるそうですので」
と理論武装を始め、
セリナは「……コ、コスプレ……でも、これは、外したくないの……」と小さな声で呟いた。
「そんなんで街歩けるかぁぁぁ!!」
優が絶叫した。
──
「それから尻尾!!」
優はさらに声を張り上げる。
「お前ら、尻尾どうすんだよ!!
クッションに巻き込んだところで、モフモフが飛び出してんじゃねーか!!」
ミーナが慌てて尻尾をぎゅっと抱きしめる。
ヘレナは真顔で「隠蔽用の外套(マント)を調達する必要がありそうですね」と分析し、
セリナは「……クッション、だめ……ばれちゃう……」と今にも泣きそうな顔をした。
「尻尾引っ込める魔法とかないのかよぉ!!」
優が両手で頭を抱える。
「ないでーす!」
ミーナが元気よく即答した。
「ないんかい!!」
──
「で、服!!」
優はぐいっと指を突き出す。
「その制服!! おかしいだろ!?
どこから出したんだよ、そもそも!!!」
ミーナが胸を張って宣言する。
「魔法だよっ! 魔力で作ってるのっ!」
「物理法則どこいったぁぁぁぁ!!!」
優が絶叫し、
ヘレナは「魔界の常識ですので」と涼しい顔で返し、
セリナは「……ぬ、ぬくいから、だいじょうぶ……」と小声で呟いた。
──
「……はぁ……はぁ……」
とうとう優はその場に座り込んだ。
「もうダメだ……俺の常識が……壊れる……」
頭を抱えて震える優を見て、守は小さく笑った。
そして、ぽんと背中を叩く。
「まあまあ……とりあえず、生きてるだけありがたいってことでな」
「ありがたくねぇよぉぉぉ!!!」
優が泣きそうな顔で叫び返した。
──
「それに、だな……」
優はふらりと立ち上がる。
必死に冷静さを取り戻そうとしながら、絞り出すように言った。
「現実問題、生活費とかどうするんだよ……
この人数増えたら、食費ヤバいだろ……」
守も頭をかきながら頷いた。
「まあ……確かに、一番の問題は食費だな」
その瞬間――
ぐぅぅぅ~~~~~~~……
三つのお腹から、大音量の腹の虫が鳴り響いた。
ミーナが恥ずかしそうにお腹を押さえ、
ヘレナが目を伏せ、
セリナは「……お、おなか……すいた……」と小さな声で呟いた。
──
「……って、鳴ったーーー!!!」
優が、今夜一番の声量でツッコんだ。
守もたまらず吹き出す。
「よし、飯だ飯!」
明るく宣言する守に、三姉妹の顔がぱっと明るくなった。
外では、まんまるの満月が輝いている。
その光の下で、
三人の少女たちは静かに――でも確かに、生きていた。
俺たち家族の、新しい物語が、
ここから、ゆっくりと始まろうとしていた。
【続く】