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第5話 父と息子、叱られる夜

「なあ、オヤジ……」



三姉妹たちとの団欒の中、

優が、ぽつりと呟いた。

箸を置いた守が、顔を上げる。


「ん、……どうした?」


優は、少し拗ねたように目を逸らしながら言った。


「俺のせい、だろ。

……オヤジ、前の仕事を辞めたの。」


「……なんでそんなことを聞く?」


守が静かに問い返すと、

優は唇を噛み締めながら、震える声で続けた。


「俺がいたからさ……。

母さ――いや、あの人がいなくなって……。

俺と二人になって……。俺がまだ小さくて。

……だから、オヤジ、仕事辞めたんだろ……?」


リビングでは、三姉妹も驚いた顔でふたりを見つめていた。


守はそっとため息をつく。


「……違うさ。」


顔を上げた優を見ながら、守はゆっくりと言葉を紡いだ。


「確かに、前は製薬会社の営業(MR)をやってた。給料は悪くなかった。

でもな、どんなに頑張っても、安い薬に切り替えられて、

指定されたお弁当の種類や個数を断っただけで売上を減らされて……」


優が小さく目を見開く。


「それに、毎月毎月…。医療貢献などと会社からは明るいことを言われながらも、ノルマで上から責められて……。

正直、疲れたんだ。」



静かな夜の空気に、守の声だけが、ぽつりぽつりと落ちていく。



「そんなときに、異動の辞令が出た。

……しかも、“あの場所”に絡むエリアだった。」


優は震える声で問いかけた。


「……じゃあ……俺のせいじゃ……ないのか?」


守は、微笑みながら答えた。


「――自分自身が限界だった。

お前のせいなんかじゃない。

タイミングってやつだよ。」


優は、テーブルの端をぎゅっと握り締めた。


「……なんで、言ってくれなかったんだよ。」


今度は、低く、震えた声だった。


「……家族だろ……?

なのに、なんで一人で抱え込んでたんだよ……!」


守はそっと目を伏せた。


「子どもに愚痴るなんて、カッコ悪いだろ。

……大人のオレが弱音吐いたら、お前に余計な心配かけるからな。」


優は顔をそむけ、膝の上で拳を握りしめていた。



──



そのとき。


ヘレナが、震える声で言った。


「……しかし、お父様。

本当の強さとは、孤独に耐えることではありません。支え合うことです。」


ミーナも、涙ぐみながら続ける。


「うんうん! ボクたち、もう家族なんだから!

おとうさんも、ユウも、これからはボク達にも頼っていいんだよ!!」


セリナは、そっと守の袖をぎゅっと掴んだ。


「……パパ……つらいとき、……いっしょに、がんばる……」


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


「……ありがとな。」


守は、三姉妹に向かって深く頭を下げた。


そして、優を見る。


「これからは……ちゃんと頼るよ。」


優は、涙をにじませながら、力強く頷いた。



──



食後のティータイム。

カップから立ちのぼる湯気の向こう、ヘレナが静かに口を開いた。


「それでは、改めてお伺いしてもよろしいでしょうか。」


「ん?」


守が返すと、ヘレナは丁寧に問いかけた。


「お父様は、現在どのような仕事をなさっているのでしょう?」


守が答えようとしたその瞬間、優が先に口を開いた。


「ガードマンだよ。警備員。……夜勤も多いけどな。」


ヘレナ、ミーナ、セリナの三人が、ぴたっと姿勢を正す。


「警備……!」

「門を守るの!? すごい!!」

「……パパ……まもるの……すごい……」


守は思わず苦笑した。


「まあな。【プロテクシア警備保障】って会社で、

主に病院の夜間入口や非常口を警備したり、

夜中に巡回して異常がないかチェックしたりしてる。

人が眠っている間、施設を守る仕事だ。」


ミーナが目をきらきら輝かせた。


「門番みたいだ!! かっこいい!!」


セリナもぽつりと呟く。


「……おなじ……ケルベロスも……門を、まもる……」


優も、思わず「へえ」と声を漏らした。


「初めてちゃんと聞いたかも。

ただ立ってるだけじゃ、ないんだな……」


守は笑って答える。


「立つだけじゃないさ。

目を配って、耳を澄ませて、いざというときは迅速に動かなきゃならない。

それに、人と話す力も必要だ。

……前職で無駄に鍛えられた“状況判断”と“コミュニケーション”が、今も役に立ってるよ。」


ヘレナは深く、深く頭を下げた。


「……素晴らしいお仕事です、お父様。」


ミーナが嬉しそうに笑い、

セリナもうん、と小さく頷く。


そんな三姉妹に、守は少し照れくさそうに微笑みかけた。



──



だが、そのときだった。


「でもさ……」


優がふと口を滑らせた。


「やっぱり、MRの方が……かっこよかった気がするっていうか……」


静かな空気が、ぴたりと止まった。


ヘレナが、ゆっくりと優に向き直る。

ミーナも、セリナも、じっと優を見つめた。


「……優くん。」


ヘレナが低い声で言う。


「お父様は、誰かの“命”を守るために、今ここに立っているのです。」


ミーナがふくれっ面で腕を組む。


「ボクたちみたいにねっ!! 門を守るって、ほんとに大変なんだよっ!」


セリナは、泣きそうな顔で呟いた。


「……パパ、……すごい……。そんなこと言ったら、優さんメッ!!」


優ははっとして、顔を青ざめさせた。


「ち、ちがう!! 俺は、そんなつもりじゃ……!」


だが、三姉妹は静かに、真剣に、彼を見つめ続けた。


優は、ぎゅっと拳を握り締め、頭を下げる。


「……ごめん、オヤジ。

ほんとに、ごめん。」


守はふっと息を吐いた。


「わかってるよ、優。」


ゆっくりと笑いながら、優の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「ありがとな。」


優は顔を真っ赤にしながら、涙をこらえて頷いた。


三姉妹も、にこにこと微笑んでいる。


リビングには、またあたたかな空気が満ちていた。


──こうして、

父子と三姉妹の距離は、また一歩、確かに近づいたのだった。

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