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第6話 三姉妹、はじめての夜

リビングに、静かな夜が満ちていた。


満月の光が、窓からそっと差し込む。

食後の余韻が、ふわりとテーブルの上に漂っていた。


「ごちそうさまでした!」


ミーナが元気いっぱいに手を合わせる。

ヘレナもきちんと頭を下げ、

セリナも小さな声で「……ごちそうさま」と呟いた。


守も、湯呑みを手に取りながら静かに一息つく。

夜勤明けの身体に、温かいうどんと、にぎやかな空気がじんわりと染み渡っていた。



──



「じゃあ!」


ミーナが勢いよく立ち上がった。


「片付け、手伝うねっ!」


「……はい。わたくしも」


ヘレナがすっと立ち上がり、


「……が、がんばる……!」


セリナも気合いを入れるように立ち上がった。


守は思わず笑った。


「無理しなくてもいいんだよ」


「だいじょうぶだってばー!」


ミーナが胸を張る。


だが、その直後。


「わっ!?」


皿を持ったミーナの手元がぐらりと傾き、

危うく、皿がシンクに落ちそうになる。


「おわっ!? ミーナ! 危ねえ!!」


優が慌てて飛びつき、皿をキャッチした。


「えへへ、セーフ!」


「いや、セーフじゃねえよ!! 見てて心臓に悪いわ!」


優は頭を抱えながら叫んだ。


その後も、洗い物の手順がちぐはぐだったり、

ミーナがスポンジで泡を飛ばしたり、

セリナがタオルを持ったまま立ち尽くしていたり――


ちょっとしたドタバタが続いたが、

どうにか無事に食器を片付け終えることができた。



「よし、終わり!」


守が手を叩くと、三姉妹は揃って「はーい!」と返事をした。


守は心の中で、ぽつりと呟いた。


(……なんだか、にぎやかでいいもんだな)



──



「……さて」


腕を組んで三姉妹を見渡す守。


「次は……風呂だな」


「ふ、風呂……!」


ミーナがぴょんっと跳ねた。


「やったー! お風呂! お湯ぽかぽか~!」


「はい。衛生管理は重要です」


ヘレナがきりっと言い、

セリナは胸の前で手をぎゅっと握りながら呟いた。


「……あったかいの……すき……」


だが、その目にはほんの少し、不安の色が滲んでいた。



──



「……それでな!!」


守は少し真剣な声を出した。


「我が家の風呂はせまい。だから、それぞれ順番にな」


「順番……?」


三人がきょとんと首をかしげた、そのとき。


「だったら!」


ミーナが元気に手を挙げて叫んだ。



「ボクは、ユウと一緒に入りたいっ!」



「はぁぁあああああ!?!?」


優が変な声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。


「ばっ、ばかかお前!!! 一緒とか、絶対ダメだろ!!」


顔を真っ赤にして全力で拒否する優。


「えええ~……だってさー、頭とか自分で洗うの面倒じゃん!」


「そんなの関係ねえからぁぁぁ!!!」


優の悲鳴のような叫びがリビングに響き渡った。


「倫理的に問題がありますね」


ヘレナが冷静に頷き、


「……でも……みんなで入ったら、たのしい、かも……」


セリナがぽつりと呟き、優に追い打ちをかけた。


「ダメ絶対ッッ!!!」


優は、もはや泣きそうな顔で叫んだ。



──



守はため息をつきながら、まとめに入った。


「いいか。風呂は一人ずつ入ろう。

プライバシーは大事だ。

それから……今日はシャワーなしな。

また今度、ゆっくり教えるとする。」


「シャワー……?」


三姉妹がきょとんとする。


「シャワーっていうのは、水が上からジャーッと出るやつだ。

……まあ、とりあえず今日は湯船に浸かるだけだ」


「了解!」


ミーナが元気よく手を挙げ、


「承知しました」


ヘレナがきちんと頷き、


「……あったかいの……たのしみ……」


セリナも、小さく微笑んだ。


守は心の中で、ほっと小さく頷いた。



──



だが、その直後。


「……あの……パパ……」


セリナが、おずおずと守の袖を引っ張った。


「……でも、やっぱり。おふろ、ちょっと、こわい……」


小さな声で告白するセリナ。


守は膝を折り、目線を合わせた。


「大丈夫だ。熱すぎないようにしてあるし、

無理に長く入る必要もない。

……怖くなったら、すぐに上がってこい」


「……うん……」


不安げな目をしていたセリナだったが、必死に頷いた。


ミーナが、そんなセリナの肩をポンと叩く。


「大丈夫だよっ!

お風呂って、気持ちいいんだからっ!」


ヘレナも、優しく寄り添った。


「……そばにいますから」


セリナの顔に、少しだけ笑みが戻った。


守は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。


(……この子たち、ちゃんと支え合ってるんだな)



──



「じゃあ順番は――まずヘレナ、次にミーナ、最後にセリナ、でいいか?」


「了解!」


「うんっ!」


「……がんばる……」


三人の声が重なった。


わくわくした様子で順番に浴室へと向かっていく三姉妹を、

守はあたたかい目で見送った。



──



「ふぅ……やっと終わったか」


守がリビングで伸びをする。


風呂も歯磨きも、無事に終わった。


三姉妹はパジャマ姿でリビングに並んで座っていた。


(制服と同じく、彼女たちの衣服も魔力で具現化しているらしい)


ミーナは、ふわっとしたパステルカラーのTシャツワンピを着て、すっかりご機嫌だった。



──



「ねぇねぇ、パパ、今日って、どこで寝るの?」


ミーナが無邪気に尋ねる。


「それ、私も気になっていました」


ヘレナが静かに続き、


「……ふとん……ふかふか……?」


セリナも小さな声で期待の眼差しを向けた。


守は少し考えて、答えた。


「……とりあえず、狭くて申し訳ないんだが、今日は私のベッドを使ってくれ。

私はリビングのソファーで寝るからさ」


「ええっ!」


ミーナが目を輝かせた。


「おとうさん、やさし~い!!」


「……感謝します、お父様」


「……ありがとう、パパ……」


三人は、満開の笑顔になった。



──



「じゃ、明日はちゃんと布団とか用意しないとな」


守が呟くと、


「えー、じゃあ今日は特別なんだね!」


ミーナがうきうきしながら、くるりとその場で回った。


(……まあ、今日だけだしな)


守は苦笑する。


優も苦笑いを浮かべながら、ソファにごろんと転がった。


「……ったく。女子高生3人にベッド譲るとか、オヤジ、いろいろ終わってんな……」


「うるさい、たまには大人しくしとけ」


守は苦笑しながら、優の頭をくしゃっと撫でた。


「……へいへい」


優は仏頂面で立ち上がると、

伸びをひとつして、自分の部屋へ向かっていった。


(……どうせ、あいつのことだ。

部屋に入っても、勉強してるんだろうな)


守は、そんな息子を想像して、そっと笑った。



──



リビングから寝室の方へ目をやると。


そこには、三人寄り添って、わちゃわちゃと布団に潜り込んでいく三姉妹の姿があった。


ミーナが一番にはしゃぎ、

セリナは小さくもじもじしながら、

ヘレナは「枕はこの位置が最適です」ときっちり並べていた。


(……いいな)


守は自然と微笑んだ。


(……家族、か)


胸の中が、ほんのり温かくなった。



──



こうして――


初めて三姉妹と過ごす夜が、ゆっくりと更けていった。


外では、四月の満月が静かに、静かに光っている。


(明日から、どうなるんだろうな……)


守はぼんやりとそんなことを考えながら、

リビングのソファに身を沈め、そっと目を閉じた。


湯気の余韻と、満月のぬるい光。


新しい家族との、不思議な夜。


それは、始まったばかりだった――。

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