リビングに、静かな夜が満ちていた。
満月の光が、窓からそっと差し込む。
食後の余韻が、ふわりとテーブルの上に漂っていた。
「ごちそうさまでした!」
ミーナが元気いっぱいに手を合わせる。
ヘレナもきちんと頭を下げ、
セリナも小さな声で「……ごちそうさま」と呟いた。
守も、湯呑みを手に取りながら静かに一息つく。
夜勤明けの身体に、温かいうどんと、にぎやかな空気がじんわりと染み渡っていた。
──
「じゃあ!」
ミーナが勢いよく立ち上がった。
「片付け、手伝うねっ!」
「……はい。わたくしも」
ヘレナがすっと立ち上がり、
「……が、がんばる……!」
セリナも気合いを入れるように立ち上がった。
守は思わず笑った。
「無理しなくてもいいんだよ」
「だいじょうぶだってばー!」
ミーナが胸を張る。
だが、その直後。
「わっ!?」
皿を持ったミーナの手元がぐらりと傾き、
危うく、皿がシンクに落ちそうになる。
「おわっ!? ミーナ! 危ねえ!!」
優が慌てて飛びつき、皿をキャッチした。
「えへへ、セーフ!」
「いや、セーフじゃねえよ!! 見てて心臓に悪いわ!」
優は頭を抱えながら叫んだ。
その後も、洗い物の手順がちぐはぐだったり、
ミーナがスポンジで泡を飛ばしたり、
セリナがタオルを持ったまま立ち尽くしていたり――
ちょっとしたドタバタが続いたが、
どうにか無事に食器を片付け終えることができた。
「よし、終わり!」
守が手を叩くと、三姉妹は揃って「はーい!」と返事をした。
守は心の中で、ぽつりと呟いた。
(……なんだか、にぎやかでいいもんだな)
──
「……さて」
腕を組んで三姉妹を見渡す守。
「次は……風呂だな」
「ふ、風呂……!」
ミーナがぴょんっと跳ねた。
「やったー! お風呂! お湯ぽかぽか~!」
「はい。衛生管理は重要です」
ヘレナがきりっと言い、
セリナは胸の前で手をぎゅっと握りながら呟いた。
「……あったかいの……すき……」
だが、その目にはほんの少し、不安の色が滲んでいた。
──
「……それでな!!」
守は少し真剣な声を出した。
「我が家の風呂はせまい。だから、それぞれ順番にな」
「順番……?」
三人がきょとんと首をかしげた、そのとき。
「だったら!」
ミーナが元気に手を挙げて叫んだ。
「ボクは、ユウと一緒に入りたいっ!」
「はぁぁあああああ!?!?」
優が変な声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。
「ばっ、ばかかお前!!! 一緒とか、絶対ダメだろ!!」
顔を真っ赤にして全力で拒否する優。
「えええ~……だってさー、頭とか自分で洗うの面倒じゃん!」
「そんなの関係ねえからぁぁぁ!!!」
優の悲鳴のような叫びがリビングに響き渡った。
「倫理的に問題がありますね」
ヘレナが冷静に頷き、
「……でも……みんなで入ったら、たのしい、かも……」
セリナがぽつりと呟き、優に追い打ちをかけた。
「ダメ絶対ッッ!!!」
優は、もはや泣きそうな顔で叫んだ。
──
守はため息をつきながら、まとめに入った。
「いいか。風呂は一人ずつ入ろう。
プライバシーは大事だ。
それから……今日はシャワーなしな。
また今度、ゆっくり教えるとする。」
「シャワー……?」
三姉妹がきょとんとする。
「シャワーっていうのは、水が上からジャーッと出るやつだ。
……まあ、とりあえず今日は湯船に浸かるだけだ」
「了解!」
ミーナが元気よく手を挙げ、
「承知しました」
ヘレナがきちんと頷き、
「……あったかいの……たのしみ……」
セリナも、小さく微笑んだ。
守は心の中で、ほっと小さく頷いた。
──
だが、その直後。
「……あの……パパ……」
セリナが、おずおずと守の袖を引っ張った。
「……でも、やっぱり。おふろ、ちょっと、こわい……」
小さな声で告白するセリナ。
守は膝を折り、目線を合わせた。
「大丈夫だ。熱すぎないようにしてあるし、
無理に長く入る必要もない。
……怖くなったら、すぐに上がってこい」
「……うん……」
不安げな目をしていたセリナだったが、必死に頷いた。
ミーナが、そんなセリナの肩をポンと叩く。
「大丈夫だよっ!
お風呂って、気持ちいいんだからっ!」
ヘレナも、優しく寄り添った。
「……そばにいますから」
セリナの顔に、少しだけ笑みが戻った。
守は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……この子たち、ちゃんと支え合ってるんだな)
──
「じゃあ順番は――まずヘレナ、次にミーナ、最後にセリナ、でいいか?」
「了解!」
「うんっ!」
「……がんばる……」
三人の声が重なった。
わくわくした様子で順番に浴室へと向かっていく三姉妹を、
守はあたたかい目で見送った。
──
「ふぅ……やっと終わったか」
守がリビングで伸びをする。
風呂も歯磨きも、無事に終わった。
三姉妹はパジャマ姿でリビングに並んで座っていた。
(制服と同じく、彼女たちの衣服も魔力で具現化しているらしい)
ミーナは、ふわっとしたパステルカラーのTシャツワンピを着て、すっかりご機嫌だった。
──
「ねぇねぇ、パパ、今日って、どこで寝るの?」
ミーナが無邪気に尋ねる。
「それ、私も気になっていました」
ヘレナが静かに続き、
「……ふとん……ふかふか……?」
セリナも小さな声で期待の眼差しを向けた。
守は少し考えて、答えた。
「……とりあえず、狭くて申し訳ないんだが、今日は私のベッドを使ってくれ。
私はリビングのソファーで寝るからさ」
「ええっ!」
ミーナが目を輝かせた。
「おとうさん、やさし~い!!」
「……感謝します、お父様」
「……ありがとう、パパ……」
三人は、満開の笑顔になった。
──
「じゃ、明日はちゃんと布団とか用意しないとな」
守が呟くと、
「えー、じゃあ今日は特別なんだね!」
ミーナがうきうきしながら、くるりとその場で回った。
(……まあ、今日だけだしな)
守は苦笑する。
優も苦笑いを浮かべながら、ソファにごろんと転がった。
「……ったく。女子高生3人にベッド譲るとか、オヤジ、いろいろ終わってんな……」
「うるさい、たまには大人しくしとけ」
守は苦笑しながら、優の頭をくしゃっと撫でた。
「……へいへい」
優は仏頂面で立ち上がると、
伸びをひとつして、自分の部屋へ向かっていった。
(……どうせ、あいつのことだ。
部屋に入っても、勉強してるんだろうな)
守は、そんな息子を想像して、そっと笑った。
──
リビングから寝室の方へ目をやると。
そこには、三人寄り添って、わちゃわちゃと布団に潜り込んでいく三姉妹の姿があった。
ミーナが一番にはしゃぎ、
セリナは小さくもじもじしながら、
ヘレナは「枕はこの位置が最適です」ときっちり並べていた。
(……いいな)
守は自然と微笑んだ。
(……家族、か)
胸の中が、ほんのり温かくなった。
──
こうして――
初めて三姉妹と過ごす夜が、ゆっくりと更けていった。
外では、四月の満月が静かに、静かに光っている。
(明日から、どうなるんだろうな……)
守はぼんやりとそんなことを考えながら、
リビングのソファに身を沈め、そっと目を閉じた。
湯気の余韻と、満月のぬるい光。
新しい家族との、不思議な夜。
それは、始まったばかりだった――。