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第7話 三姉妹、ひとりの朝

チュン……チュン……


小鳥たちのさえずりが、静かな朝を告げていた。


守は、リビングのソファで寝袋にくるまりながら、ぼんやりと目を覚ました。

窓の外には、澄み渡るような青空。

四月の、穏やかな朝だった。


背中をぽきぽきと鳴らしながら起き上がると、守はふと寝室の方へ目を向けた。



(……さて、あいつら、ちゃんと寝てるかな)



そんなことを思いながら、そろそろと寝室のドアを開けた。



──



「おーい、朝だぞー……」


声をかけながら中を覗き込んだ守は、思わず息を呑んだ。


そこには、

ひとりの少女しか、いなかった。



──



黒髪の少女。

涼やかな瞳を閉じ、静かに安らかな寝息を立てている。


ヘレナだった。


昨夜、確かにミーナもセリナも一緒に寝ていたはずだった。

なのに、今は――


ヘレナ、ひとり。


守は、戸惑いながら小声で呼びかけた。


「……ミーナ? セリナ……?」


慌てて布団の中や周囲を探したが、二人の姿はどこにもなかった。


焦りを押し隠しながら、守はヘレナの肩をそっと揺する。


「悪い、ヘレナ。起きてくれ!」



──



「……ん……」


ヘレナはゆっくりとまぶたを開け、守を見上げた。


「おはようございます……お父様」


守は寝起きの彼女に申し訳なさそうに謝りながら尋ねる。


「寝てるところ、起こしてすまない。だが、……ミーナたちはどこへ?」


ヘレナはぼんやりと瞬きをしたが、次の瞬間、はっとしたように顔を強張らせた。


「……っ」


そして、ぽつりと呟く。


「……魔力が……切れたのです」


「魔力?」


守が眉をひそめると、

ヘレナはゆっくりと体を起こしながら説明を始めた。


「昨夜は、満月の力で……なんとか三人同時に人間の姿を保っていました。

でも……夜が明けるとともに、満月の魔力が弱まり――

わたくしたちは、ひとりしか、現世に姿を保てなくなったのです」


その声は、どこか寂しげだった。



──



そのとき、別室からふらりと優が現れた。


「……ん……オヤジ……?」


寝ぼけ眼に寝癖頭。

目をこすりながら、リビングの様子をぼんやりと見回す。


「あれ、ミーナとセリナは?」


優は首をかしげながら尋ねた。


ヘレナは胸にそっと手を当て、静かに答えた。


「……心は、ここにいます。」


優はさらに首を傾げる。


守がヘレナに代わって、簡単に説明した。


「夜明けとともに魔力が弱まったらしい。

今は、一人しか“表”に出られないそうだ。」


優はしばらく黙り込んだ。

そして、ぽりぽりと頭をかきながら、ぽつりと呟く。


「……そっか。」



──



ヘレナは、そっと微笑みながら言葉を重ねた。


「これから、私たちは一日一人ずつ、交代でこの世界に姿を現します。

朝になったら、自然に切り替わる形に――」


優は、まだ少し眠たげな目を細めながら考える。


「つまり……今日はヘレナ、明日はミーナ、あさってはセリナ――って感じか。」


「はい。……おそらくは、ですけど。」


ヘレナは控えめに頷いた。



──



一拍の間のあと。


ヘレナはまっすぐに二人を見つめた。


「この家で、生きるために。

この世界に、馴染むために。

……三人で、精一杯、がんばります。

ですので、引き続きよろしくお願いいたします。」


その真剣な言葉に、守は胸を打たれた。


優も、何か言いたげに口を開きかけたが、

結局、ぽそりと呟いた。


「……無理すんなよ、ヘレナ。」


ヘレナは目を見開き、

すぐにそっと、小さく微笑んで深く頭を下げた。



──



守は、そっと手を差し伸べた。


ヘレナは真剣な顔で、その手を取る。


小さな手だった。

けれど、そこにはたしかな意志が宿っていた。



──



こうして。


三姉妹の、ちょっと不思議な「一日交代」の生活が――


静かに、始まったのだった。

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