チュン……チュン……
小鳥たちのさえずりが、静かな朝を告げていた。
守は、リビングのソファで寝袋にくるまりながら、ぼんやりと目を覚ました。
窓の外には、澄み渡るような青空。
四月の、穏やかな朝だった。
背中をぽきぽきと鳴らしながら起き上がると、守はふと寝室の方へ目を向けた。
(……さて、あいつら、ちゃんと寝てるかな)
そんなことを思いながら、そろそろと寝室のドアを開けた。
──
「おーい、朝だぞー……」
声をかけながら中を覗き込んだ守は、思わず息を呑んだ。
そこには、
ひとりの少女しか、いなかった。
──
黒髪の少女。
涼やかな瞳を閉じ、静かに安らかな寝息を立てている。
ヘレナだった。
昨夜、確かにミーナもセリナも一緒に寝ていたはずだった。
なのに、今は――
ヘレナ、ひとり。
守は、戸惑いながら小声で呼びかけた。
「……ミーナ? セリナ……?」
慌てて布団の中や周囲を探したが、二人の姿はどこにもなかった。
焦りを押し隠しながら、守はヘレナの肩をそっと揺する。
「悪い、ヘレナ。起きてくれ!」
──
「……ん……」
ヘレナはゆっくりとまぶたを開け、守を見上げた。
「おはようございます……お父様」
守は寝起きの彼女に申し訳なさそうに謝りながら尋ねる。
「寝てるところ、起こしてすまない。だが、……ミーナたちはどこへ?」
ヘレナはぼんやりと瞬きをしたが、次の瞬間、はっとしたように顔を強張らせた。
「……っ」
そして、ぽつりと呟く。
「……魔力が……切れたのです」
「魔力?」
守が眉をひそめると、
ヘレナはゆっくりと体を起こしながら説明を始めた。
「昨夜は、満月の力で……なんとか三人同時に人間の姿を保っていました。
でも……夜が明けるとともに、満月の魔力が弱まり――
わたくしたちは、ひとりしか、現世に姿を保てなくなったのです」
その声は、どこか寂しげだった。
──
そのとき、別室からふらりと優が現れた。
「……ん……オヤジ……?」
寝ぼけ眼に寝癖頭。
目をこすりながら、リビングの様子をぼんやりと見回す。
「あれ、ミーナとセリナは?」
優は首をかしげながら尋ねた。
ヘレナは胸にそっと手を当て、静かに答えた。
「……心は、ここにいます。」
優はさらに首を傾げる。
守がヘレナに代わって、簡単に説明した。
「夜明けとともに魔力が弱まったらしい。
今は、一人しか“表”に出られないそうだ。」
優はしばらく黙り込んだ。
そして、ぽりぽりと頭をかきながら、ぽつりと呟く。
「……そっか。」
──
ヘレナは、そっと微笑みながら言葉を重ねた。
「これから、私たちは一日一人ずつ、交代でこの世界に姿を現します。
朝になったら、自然に切り替わる形に――」
優は、まだ少し眠たげな目を細めながら考える。
「つまり……今日はヘレナ、明日はミーナ、あさってはセリナ――って感じか。」
「はい。……おそらくは、ですけど。」
ヘレナは控えめに頷いた。
──
一拍の間のあと。
ヘレナはまっすぐに二人を見つめた。
「この家で、生きるために。
この世界に、馴染むために。
……三人で、精一杯、がんばります。
ですので、引き続きよろしくお願いいたします。」
その真剣な言葉に、守は胸を打たれた。
優も、何か言いたげに口を開きかけたが、
結局、ぽそりと呟いた。
「……無理すんなよ、ヘレナ。」
ヘレナは目を見開き、
すぐにそっと、小さく微笑んで深く頭を下げた。
──
守は、そっと手を差し伸べた。
ヘレナは真剣な顔で、その手を取る。
小さな手だった。
けれど、そこにはたしかな意志が宿っていた。
──
こうして。
三姉妹の、ちょっと不思議な「一日交代」の生活が――
静かに、始まったのだった。