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第12話 わたくし、学校に通ってみたいです!

夜のリビングには、静かな空気が漂っていた。

金曜日の晩。長い一日だった。



そして、ヘレナが――守の隣で、そっと口を開く。


「お父様……」


その声音は、どこか覚悟を滲ませていた。


「わたくし……」


少しだけ、言葉を選ぶように間を置いた。



「……優くんと、同じ高等学校というものに、通ってみたいです!」



一瞬、時間が止まった。



「……はぁ!?」



最初に叫んだのは優だった。


「いやいやいや、無理無理無理!

入学式はとっくに終わってるし、学籍とか書類とか、そんなの……」


「だが……」


守は口を挟む。


「勇者がこの町に現れた以上、家に一人で置いておくリスクは高い。優と同じ学校に通うのは、理にかなってる」


「いやいや、理って!そんな簡単に通えるわけないって!」



守はふうっ、と息を吐くと、スマホを手に取った。



「……この前、高梨社長と飲みに行ったときに、偶然お前の高校の校長と知り合ってな」


「いつの間にそんな人脈作りを……。ってか、えっ?! なんで恵理のお父さんと勝手に飲みに行ってるんだよ!! いま初めて聞いたぞ!!」


「悪い、そういえば伝えてなかったな。“スナック渚”っていう店でな」


守はさらりと言う。


「偶然隣に座ったんだ。一緒に熱唱して、それが縁で話し込んでな。仕事の話も、家族の話も、いろいろ聞かれてな」


そして、スマホの画面に視線を落とす。



『……夜分遅くに申し訳ございません。海外留学していたうちの娘が茅ヶ浜に戻ってまいりまして。もし可能であれば、その件でご相談させて頂けないでしょうか』


LIMEでメッセージを送信した――その瞬間だった。



《着信:加山校長》



「……えっ、速っ!!」


「出るぞ」


守はおもむろにLIME通話のボタンを押した。



──



「小川さん……いやあ、ご無沙汰していますなぁ!」


電話越しから響いたのは、明朗でどこか潮風を思わせるような、懐の深い男の声だった。


「加山校長、夜分遅くに申し訳ありません。……先日は、ありがとうございました」


電話越しに守が頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ。あなたとの出会いは、ほんと楽しかった。この年にもなって、あんな声量で歌うとは思いませんでしたがねぇ!」


「いやぁ、私も地方出身者のノリで、申し訳ございません……」


「はははっ、とんでもない。貴重な経験をどうも、ありがとうございました。……それで、娘さんというのは?」


守は校長に確認した上で、テレビ電話へと画面を切り替える。


しばらくすると、スマホの向こうで白髪混じりの温和な笑顔が浮かんだ。

茅ヶ浜南高校の校長・加山は、まさに“湘南の男”といった風情の人物だった。


守がスマホの角度を変えると、画面にヘレナが映し出された。

驚くことに、いつのまにか彼女は魔法で制服姿になっていた。


「はじめまして。ヘレナ・ケルベロスと申します。……突然のお願いとなり、申し訳ございません。

ですが、わたくし……どうしても、この町で、皆さまと共に学びたいのです」


ヘレナは、静かに、けれども力強く語った。


「この世界に来てから、たくさんのことを知りました。人の温かさも、厳しさも……。だからこそ、きちんと、この世界で生きていきたいんです。

その第一歩として、“学校”という場所で学びたいと、心から思っております」


一瞬、画面越しの加山が黙った。


だがその瞳は、柔らかく笑っていた。


「……いい目をしてるね、ヘレナさん」


「……!」


「わかりました。月曜日から、我が校の一員として迎えましょう。書類関係は後日で構いません。担任にも、私から話を通しておきます」


「ええっ!?」


優が叫ぶ。


「そんな即決でいいんですか、校長!?」


「小川優君。君は、我が校の特待生ではないか。……その君と同じクラスでなら、ヘレナさんもきっと良い学びを得られるはずだ」


「……ありがとうございます」


ヘレナが深く頭を下げた。


「こちらこそ」


加山校長も静かに頷く。


「それにね、小川さん」


守が顔を上げると、加山は懐かしそうに目を細めた。


「……私はあなたの人となりを信用している。これでも人を見る目はある方だとは思っていてね。」


「……」


守は、一瞬、言葉を失った。


「だからこそ、君が“娘さん”のために頭を下げるなら、私はその心を信じます」



──



ビデオ通話が終了し、静けさを取り戻したリビング。

守はスマホをそっとテーブルに伏せ、ふうと一息ついた。


「……やったな、ヘレナ」


「……はいっ!」


ヘレナは制服のスカートの裾をぎゅっと握って、目を輝かせた。


「本当に……ありがとうございます、お父様。……わたくし、お父様の人脈に、感謝の言葉もありません」


ぴょこりと頭を下げるヘレナ。その姿に、守は照れたように鼻をかいた。


「いやいや、たまたまタイミングがよかっただけさ」


「謙遜なさらないで下さい、すべてお父様のおかげです。

……お父様、大好きっ!!」


その一言で、守は硬直した。顔が、見る見るうちに赤くなる。


「っ……お、おう……そ、そうか……」


(この歳で娘に“お父様、大好き”なんて言われたら、そりゃあ……こうなるわな……)



そして横では――


一人息子が、ジト目で睨んでいた。


「……オヤジ、鼻の下、伸びてんぞ」


「うるさい!」


守が優の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。

その横で、ヘレナはふふっと笑った。


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