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第13話 ミーナの朝ごはん

──朝。

守は、誰かに体を揺すられている感覚で目を覚ました。


「おとうさん……おとうさん、起きてー」


まどろみの中で聞こえたのは、元気で可愛らしい女の子の声だった。


目を開けると、視界に飛び込んできたのは――


「……ミーナ?」


「うんっ!ボク、お腹空いたなあ!」


ミーナがにこにこと笑っていた。



視界には、ぼんやりとした朝の光。

守は、慌てて体を起こす。


時計を見れば、午前6時20分。


(しまった、目覚ましをかけ忘れてた……!)


寝ぼけた頭が一気に覚める。


「……ありがとう、ミーナ。助かったよ」


守は苦笑しながらミーナの頭を優しく撫でた。


すると、ミーナは一瞬びくっとして、少し照れたようにモジモジした。


「えへへ……おとうさん……」


そして、おずおずと顔を上げる。


「ボクね、昨日の朝、みんなが食べてた“目玉焼き”……作ってみたいなって思ったんだ」


その瞳は、子犬のようにキラキラしていた。


守は思わず笑ってしまう。


「よし、ミーナが起こしてくれたから、時間もあるし。一緒に作ってみようか」


「やったーーー!!」


ミーナは両手を上げて、ぴょんぴょんと跳ねた。




キッチンに並んだ、父と娘。


守は冷蔵庫から卵を取り出しながら、フライパンと調理器具を手に取った。


「じゃあ、まずは見本で作ってみるから、よく見ててね」


「うんっ!」


ミーナは、目を輝かせて横に立つ。


守はフライパンを中火で温めながら、サラダ油を少し垂らした。


じゅわっ、と心地よい音が立つ。


「この音、好きかも……!」


ミーナがうっとりした声を漏らす。


「フライパンが温まったら、卵を割って――」


ぱかん。


「そーっと、入れる……っと。あとは、焦がさないように焼き加減を見て……」


卵白が白く固まり始め、黄身がぷるんと揺れている。


「こんな感じかな。ミーナ、見てた?」


「うんっ、バッチリだよ! ……わぁ、ほんとに、朝って感じの匂いがするね!」




ちょうどその頃、奥の部屋から足音が聞こえてきた。


寝ぼけた顔で現れたのは、優だった。


「……うわ、いい匂い。……あれ、今日はミーナ?」


「おはよう、ユウ!! 一緒に朝ごはん作ってるの!」


「ふーん……なんか、にぎやかだな……」


優は欠伸を噛み殺しながら、理科の教科書を小脇に抱えて歩いていく。


「って、やべ。今日、洗濯当番だったわ……」


そう言って、器用に洗濯物を抱えて、洗濯機に詰め込んでいく。


「勉強しながらかよ。ほんと、お前ってやつは……」


守が呆れ半分に言うと、優は肩をすくめて答えた。


「テストあるしな。抜き打ちが好きな先生でさ」


その間にも、ミーナは守の見本を真剣な目で見ていた。


「ねえ、次はボクも一緒に作ってみたい!」


「いいよ。じゃあ一緒にやろう」



——————



「ねえ、次はボクもやってみたい!」


「いいよ。じゃあ――」


「ひとりでやってみてもいい?」


ミーナは、ちょっと照れたように眉を下げながら、でも目はきらきらと輝かせていた。


守は少し迷ったが、頷いた。


「……分かった。見てるから、やってごらん」


「うんっ!」


ミーナは意気込んで卵を手に取った。

だけど――


「えいっ!」


ぱかん。


勢いよく割った瞬間――


「……あっ!!」


ぐしゃっ。


黄身が崩れ、白身もフライパンの外にまで飛び散った。


「うわぁ、ごめんなさいっ!」


ミーナは慌てて身を乗り出す。


「大丈夫、大丈夫。誰でも最初はそうなるもんだよ」


守が落ち着いて声をかけ、フライパンをさっと片付ける。


ミーナは少ししょんぼりしながら、ぽつりと呟いた。


「……くやしいなぁ。次こそ、上手に作りたい……」


守はその言葉を聞いて、にこりと笑った。


「よし。じゃあ、今度は一緒にやってみよう」


「うんっ!」


「じゃあミーナ、まずは卵を持ってみて」


「うんっ……そぉ~っと、だね」


ミーナは小さな手で卵を持ち、慎重にフライパンの縁でコツンと割る。


「わっ、ちょっと割れすぎた……!」


ひびが斜めに広がり、少し白身が垂れてしまった。


「大丈夫だよ。ここで割って、両手でこうして……」


守が手を添える。


「よし、入った! すごいじゃないか、ミーナ」


「えへへっ……!」


ミーナの顔がぱあっと輝いた。


「火加減はちょっと弱めにして。あとは黄身をつぶさないように――」


「わかってるよ!」


ミーナは真剣そのものの顔つきで、じっとフライパンを見つめた。


しばらくして、ぷるぷると揺れる黄身の上に、ほんの少しだけ焼き目がつく。


「……そろそろいいかな?」


「うん、いいタイミング。ほら、フライ返しで――」


「よっ……と! できたっ!」


「上手いぞ、ミーナ!」


「わぁ……すごい、すごい!」


パチパチと拍手してくれる守に、ミーナは思わず尻尾をぶんぶんと振ってしまう。


「次は……ボク、ひとりでやってみてもいい?」


「もちろん。見てるから、やってごらん」


ミーナは少し深呼吸してから、最後の卵を手に取った。


「さっきみたいに……コツン、パカッ……」


ぱしゃん。


少し勢いよく白身が飛び出し、端っこがフライパンの縁に広がった。


「うわっ、ちょっと焦げそう……!」


「火を少し弱めて」


「うんっ……!」


じゅぅぅ……。


焼きあがった三つ目の目玉焼きは、少しだけ焦げていた。


けれど、ミーナの顔は、どこか満足げだった。


「……ごめん、ちょっと焦げちゃった」


「いや、すごく上手だよ。ひとりでここまでできるなんて、大したもんだ」


守がニッと笑って褒めると、


「ほんと!? わーいっ!!」


ミーナは満面の笑顔で、尻尾をさらにぶんぶんと振った。


その様子に、奥で洗濯機を回していた優が声をかける。


「いいなー、ミーナ。次は俺にも作ってよ。」


「ほんと!? やったぁ!」


ミーナは嬉しそうにぴょんと跳ねた。



にぎやかな朝だった。

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