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第14話 “いただきます”―1日たった三度のごはん―

「いただきまーす!!」


ミーナの元気な声が、朝の食卓に響いた。


「……いただきます」


つられるように、優も箸を手に取る。


(……優が“いただきます”って言ったの、久しぶりだな)


守はふと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。



テーブルの上には、三つの目玉焼きが並んでいた。

一つは守が見本で作ったもの。

もう一つは、守とミーナが一緒に作ってうまく焼けたもの。

そして最後の一つは、ミーナがひとりで挑戦して、ちょっぴり焦がしてしまったもの――どれも、ミーナの「やってみたい!」が詰まった朝のごちそうだった。


話し合いの結果、少し焦げた目玉焼き――ミーナが最後にひとりで作った一品は、守が食べることになった。


「娘が初めて作ってくれた手料理だからな……光栄だよ、ほんと」


守は感慨深げに口元を緩める。


その隣で、優が無言のままチラリとその目玉焼きを見た。


(あれ、もしかして……)


ミーナは首をかしげた。


あのへそ曲がりの優が、ほんの少し――本当にほんの少しだけ、残念そうな顔をしているように見えたからだ。


(……ユウも、もしかして、食べたかったのかな。だったらちょっと嬉しいな)



──



「……さて、朝の一杯」


守がコップに注いだのは、黒くて炭酸が弾ける音を立てる液体。


「……またそれかよ。朝から体に悪いって」


優があきれたように言う。


「こいつはカロリーゼロだからセーフなんだよ」


守は得意げに笑う。


「この一杯が“合法”で本当によかった……!」


ミーナは興味津々に身を乗り出した。


「ねえ、それ……飲んでみてもいい?」


「いいけど、びっくりするかもな?」


守がコップに少しだけ分けてあげると、ミーナは一口ごくり。


「――っ!? なんか、舌が痛い!?」


ぴくぴくと顔をしかめるミーナに、守と優が同時に吹き出した。


「それが炭酸ってやつだよ」


「ボク、これ、あんまり好きじゃないかも……!」


それでも、面白そうに笑っているミーナの姿は、まるで朝日に照らされた子犬のようだった。



──



「オヤジってさ、たまにそれだけで済ませてるよな、昼メシ」


優が、ふと思い出したように言った。


「ん? ああ、これはカロリーゼロだから朝と夜だけな。仕事で、時間がない時は……カロリーあるやつで済ませることもあるな」


守は、あっけらかんと笑って見せた。


「……でもそれって、ちゃんとした食事じゃないじゃん。体に悪くないのか?」


「……まぁ、時々頭が痛くなる時もあるんだ。糖分だけじゃ腹は満たされないしな」



「……それって、もったいないな」


ぽつりと、ミーナが言った。


「……え?」


「だって、1日はたった3回しかごはんを食べられないのに……。そのうちの1回を、それで済ませちゃうなんて、なんだかすごく、もったいないなって思っちゃった」


その一言に、守と優はハッと顔を上げた。


1日3回の食事。それは“当たり前”のように思っていたけれど、ミーナにとっては、きっと特別なことなのだ。


守はゆっくりと、ミーナの小さな横顔を見つめた。


「……そっか。ありがとう、ミーナ。気づかせてくれて」


「えへへっ」


嬉しそうに笑うミーナの頬が、ほんのり赤く染まっていた。



──



朝食がひと段落した頃。


ミーナは箸を置き、少し神妙な顔をして口を開いた。


「ねえ、おとうさん、ユウ。……ちょっとだけ、大事なお話してもいい?」


「ん?」


「ボクの中にはね、今もヘレナとセリナがいるんだ」


守も優も、自然と背筋が伸びる。


「体はひとつだけど、意識の奥の方に、ふたりの気配がある。……今は、ボクが表に出てるけど、ぼんやりしながら、ふたりもこっちを見てるの」


「へえ……そんな感じなんだ」


優が小さく呟いた。


「たとえば、昨日のことも覚えてるよ。ユウが、ヘレナを泣かせたでしょ?」


「……っ」


優が目を伏せた瞬間――


「だーめっ!」


ミーナがぴょんと立ち上がり、人差し指を優に向けた。


「ヘレナ、すっごく悲しかったんだからね。あんまりいじめちゃ、だめだよ!」


「……ごめん」


優は素直に頭を下げた。


「うん。ちゃんと気をつけてあげてね」


ミーナは優しく微笑みながら、席に戻った。



そうか、今もこのやりとりを、あの二人も見てくれている。

そう思うと、守はほんの少しだけ、胸があたたかくなった。

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