「いただきまーす!!」
ミーナの元気な声が、朝の食卓に響いた。
「……いただきます」
つられるように、優も箸を手に取る。
(……優が“いただきます”って言ったの、久しぶりだな)
守はふと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
テーブルの上には、三つの目玉焼きが並んでいた。
一つは守が見本で作ったもの。
もう一つは、守とミーナが一緒に作ってうまく焼けたもの。
そして最後の一つは、ミーナがひとりで挑戦して、ちょっぴり焦がしてしまったもの――どれも、ミーナの「やってみたい!」が詰まった朝のごちそうだった。
話し合いの結果、少し焦げた目玉焼き――ミーナが最後にひとりで作った一品は、守が食べることになった。
「娘が初めて作ってくれた手料理だからな……光栄だよ、ほんと」
守は感慨深げに口元を緩める。
その隣で、優が無言のままチラリとその目玉焼きを見た。
(あれ、もしかして……)
ミーナは首をかしげた。
あのへそ曲がりの優が、ほんの少し――本当にほんの少しだけ、残念そうな顔をしているように見えたからだ。
(……ユウも、もしかして、食べたかったのかな。だったらちょっと嬉しいな)
──
「……さて、朝の一杯」
守がコップに注いだのは、黒くて炭酸が弾ける音を立てる液体。
「……またそれかよ。朝から体に悪いって」
優があきれたように言う。
「こいつはカロリーゼロだからセーフなんだよ」
守は得意げに笑う。
「この一杯が“合法”で本当によかった……!」
ミーナは興味津々に身を乗り出した。
「ねえ、それ……飲んでみてもいい?」
「いいけど、びっくりするかもな?」
守がコップに少しだけ分けてあげると、ミーナは一口ごくり。
「――っ!? なんか、舌が痛い!?」
ぴくぴくと顔をしかめるミーナに、守と優が同時に吹き出した。
「それが炭酸ってやつだよ」
「ボク、これ、あんまり好きじゃないかも……!」
それでも、面白そうに笑っているミーナの姿は、まるで朝日に照らされた子犬のようだった。
──
「オヤジってさ、たまにそれだけで済ませてるよな、昼メシ」
優が、ふと思い出したように言った。
「ん? ああ、これはカロリーゼロだから朝と夜だけな。仕事で、時間がない時は……カロリーあるやつで済ませることもあるな」
守は、あっけらかんと笑って見せた。
「……でもそれって、ちゃんとした食事じゃないじゃん。体に悪くないのか?」
「……まぁ、時々頭が痛くなる時もあるんだ。糖分だけじゃ腹は満たされないしな」
「……それって、もったいないな」
ぽつりと、ミーナが言った。
「……え?」
「だって、1日はたった3回しかごはんを食べられないのに……。そのうちの1回を、それで済ませちゃうなんて、なんだかすごく、もったいないなって思っちゃった」
その一言に、守と優はハッと顔を上げた。
1日3回の食事。それは“当たり前”のように思っていたけれど、ミーナにとっては、きっと特別なことなのだ。
守はゆっくりと、ミーナの小さな横顔を見つめた。
「……そっか。ありがとう、ミーナ。気づかせてくれて」
「えへへっ」
嬉しそうに笑うミーナの頬が、ほんのり赤く染まっていた。
──
朝食がひと段落した頃。
ミーナは箸を置き、少し神妙な顔をして口を開いた。
「ねえ、おとうさん、ユウ。……ちょっとだけ、大事なお話してもいい?」
「ん?」
「ボクの中にはね、今もヘレナとセリナがいるんだ」
守も優も、自然と背筋が伸びる。
「体はひとつだけど、意識の奥の方に、ふたりの気配がある。……今は、ボクが表に出てるけど、ぼんやりしながら、ふたりもこっちを見てるの」
「へえ……そんな感じなんだ」
優が小さく呟いた。
「たとえば、昨日のことも覚えてるよ。ユウが、ヘレナを泣かせたでしょ?」
「……っ」
優が目を伏せた瞬間――
「だーめっ!」
ミーナがぴょんと立ち上がり、人差し指を優に向けた。
「ヘレナ、すっごく悲しかったんだからね。あんまりいじめちゃ、だめだよ!」
「……ごめん」
優は素直に頭を下げた。
「うん。ちゃんと気をつけてあげてね」
ミーナは優しく微笑みながら、席に戻った。
そうか、今もこのやりとりを、あの二人も見てくれている。
そう思うと、守はほんの少しだけ、胸があたたかくなった。