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introduction 09 Digitial Surrender - 降る世界と委ねる者たち /04

   【Day2】


 剥き出しのパイロットシートで時折、吹き抜ける突風に煽られ、俺の体は油断すれば機体から投げ出されそうだった。


 傾斜の緩い3層以降はまるで切り立った崖のようだ。

 そんなほぼ垂直といってもいい、4層から5層への壁を両手に装備されたワイヤーガンを頼りに、壁に存在する足場になりそうな鉄骨、窪みを探しながら少しずつ慎重に降りていた。


 リーダーに宅配に行ってこいと送り出され、ここに辿りつく頃には朝になっていた。


 ほんとにこんな、イカれたことをやってる自分がバカに思えるが、バックれようもんなら地獄の果てまで追い込みをかけられるのは目に見えているのでやめるわけにもいかない。


 さらに、頭にはウェアラブルカメラをセットされていた

 リーダーにも釘を刺されたが、インチキしようものならぶん殴られるだろう。


 不幸中の幸いは、リーダーが時間制限を設けなかったことだ。


 いや、違う…… もしかしたら、こうなることがわかっていたのかもしれない。


 最近になって、あの人はすぐに手が出て、一見、無茶苦茶なことを要求しているように見えるが、あれでいて絶対に出来ないことは要求しないということがわかってきた。


 アレ……? ということは、俺がエイプでこのHODOマラソンを出来ると思ったということになるのか?


 いやいや――確かになんとかここまで戻ってきたけどさ……。


 実際のところリーダーが指定したルートは、最初の出だしから絶望しかなかった。

 いきなり目の前に立ち塞がったのは、5層から4層のほぼ垂直の壁だ。


 確かに、掴んだり、ワイヤーを引っ掛けるような場所はいくらでもあるが、これを飛行能力のないエイプでロッククライミングしろと……。


 4層まで約五十メートルの壁を登り切るのに、たっぷり三時間ほどかかった。

 気づけば、すでに空の光はオレンジ色に変化して夕方になっていた。


 4層から上の各層は、傾斜一〇度の段々畑のように建物が並ぶ斜面になっているが、これにしたって無茶苦茶だ。


 リーダーの指示オーダーはひたすら直線だ。

 一切の迂回は許されず、インチキ防止にカメラで常時録画させられている。


 完全にやってることは、不法侵入上等というやつだ。


 それだけでもどうかと思うが、ましてやここは、お上品なテリトリーじゃない。

 不法侵入の意味がまた一味変わってくる。


 港の入り口にデカデカとおっ立ってる、街の看板を見れば一目瞭然だ。


「ようこそ、Highway OverDrive Outpost――HODOへ。

 HODOは誰でも歓迎するが、余計なちょっかいは出さないでくれ。


 HODOの住人はキッズでもデカイ武器を隠し持っている。


 HODOは自由の街だ。 だけど、ハメを外しすぎるなよ――撃っちゃうぞ。


 HODOの住人は荒っぽいが、それはこの街の伝統だ。


 HODOには保安官シェリフも居ない。 留置所も無い。 だから誰も守ってもくれないぞ。 やらかせば、いきなり強制排出イジェクトってこともあるが、滞在を楽しんでくれ」


 この全く歓迎していない、ふざけた看板に書いてある通りだ。


 下手に敷地に無断で入り込んだり、なまじ何かを壊しでもしようもんなら銃撃されたって文句は言えない。


 おかげでエイプでコソコソと集荷に勤しみ、1層に辿りつく頃にはどっぷり夜になっていた。

 同じように戻りのルートに入り、そこから真夜中まで、集荷は続き、「遅い!」だとか「何時だと思ってやがる!」と罵倒されなながら4層まで戻ってきたのだ。


 そして、ジクサーのある5層へと降り始めたが、ここで俺は登るより、降る方の難易度がとてつもなく高いことに気づかされた。


 登りの時は上ばっかり見ていて、気にも留めなかったが、降りの時にようやくパイロットシートから機体の足元が全く見えないということに気がついた。


 首のあたりから胸に潜り込むようにパイロットシートに座っているのだから当然だろう。

 普段の半円球モニタのアシスト機能や、宙空に座るパイロットシートに慣れ切った俺には、自分の頭が動く範囲の視界と肉眼だけで機体を操作することなど初めてのことだった。

 おかげで、間合いがまったく掴めない。


 しかも辺りが暗く、視界の悪さがさらに拍車をかけた。


 足場を探し、ワイヤーを使いながらビクビク、ノロノロと少しずつ降りて、ようやく半分あたりまでたどり着いたら、あたりはいつの間にか明るくなっていたという具合だ。


 しかも、疲れ切っていた俺はたまに、うつらうつらと船を漕ぎ、突風で煽られた機体が滑落しそうになったところで、ハッ! となって、慌ててエイプの腕を突起に伸ばして捕まったり、ワイヤーガンを発射して落下を防ぐようなことを繰り返していた。


 ようやく、5層に降り立ち、目の下に真っ黒なクマを作ってジクサーのブリッジにいるリーダーのところにたどり着いた頃には昼を回っていた。


「戻りました……」


 そうリーダーに戻ったことを伝えた時には、精も根も尽き果てて、意識朦朧だった。

 リーダーはいつものようにキャプテンシートで足を組みならが座り、そんな俺に無言で右手で手のひらを上に指先を向けて、指をクイ、クイと立てた。


 意図に気付いた俺は、ヘッドセットを外してリーダーに手渡した。

 ヘッドセットからカメラを外したリーダーは俺の顔をみた。


「おまえ、明日は登校日だったな?」


 そう言われて、ああ、そうだっけとぼんやりとそのことを思い出した。

 リーダーはなぜか、俺が学校に通うことに関して、両親よりも敏感だった。


 ギルドに入った時分に一度、もう辞めてギルドに専念しようかと相談したら、「クソ生意気なこと言ってんじゃねぇ!」っと、いきなり張り倒されたことがあった。


 そのあと、学校の年間予定をもってこいと言われ、リーダーに渡したのだが、律儀にその予定に沿って、登校の時は極力ギルドの活動はせず、登校したことを定期的にチェックする徹底ぶりだった。


 俺は疲れ切って声も出せず、無言でこくりと頷いた。


「んじゃ、今日は帰れ。 明日は学校行って、次は明後日の夜明け前に、ここに来い」


 リーダーはそれだけ言うと、俺をブリッジから追っ払った。

 仕方なく俺は、フラフラとテリトリーの自室までの帰路についた。


   【Day3】


 ベットからむくりと体を起こして、自分がテリトリーの自室にいることに気付いた。


 ジクサーからどうやって倉庫地帯の自室まで戻ったのか、まったく覚えていない。

 気付いたら、ライディングウェアのままで、ベッドにうつ伏せで寝ていたようだ。


 インター・ヴァーチュアは仮想現実だが、疲労も、眠気も、空腹もリアルに感じる。

 脳はそういった刺激を、インター・ヴァーチュアの時間で現実と同じように要求する。


 生あくびをかみ殺しながら、俺は学校の制服に着替え、登校した。


 食欲が無く、いつまでも頭が重い。

 仕方なく、強めのエナジードリンクのデータをコンビニで調達して飲んだが、眠気はまったく飛ばなかった。


 結局、その日の学校は授業中、ずっと、うつら、うつらとして終わった。


 学校が終わったあと、ルーティンのためログアウトしたが、たいして身が入らなかった。


 再びインター・ヴァーチュアに戻った俺は次の日も早くジクサーに行かねければならないからと、そのままベットに潜り込んだ。


   【Day4】


 リーダーに夜明け前に来いと言われていて緊張していたのか、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。

 どっぷりと深く寝ることができたようで、頭はスッキリしていた。


 ハンガーラックの隣のL字デスクの上にあるニキシー管時計に目をやると、オレンジ色の光は「02:05:45」と時を告げていた。

 アラームをセットした時間より一時間ほど早く起きたようだ。


 スッキリと起きると本能的に空腹を感じるものだ。

 ルーティーンをこなす時に、いつもの餌みたいなモノはリアルに流し込んだが、俺の脳みそは、餌じゃなくて飯の満足が欲しいようだ。


 とは言え、「夜明け前に来い」と、ざっくりすぎるリーダーの指示だ。

 リーダーのそう言った雑な指示も最近、なんとなく、意図をつかめるようになってきた。


 具体的な時間は言われてないが、たぶん、暗いうちに来いということなのだろう。

 夜明けまでは余裕を持って、ジクサーに行く必要がありそうだ。

 だから、のんびりと飯を食うというわけにもいかない。


 ライディングウェアに袖を通すと、買い置きのおにぎりのデータチップをいくつか無造作に掴んでジクサーへと向かった。


 いつもの抜け道を通り抜ける間に、シャケを――プラットフォームでジクサーの停泊している5層に降りる間に、たらこのおにぎりをデータチップからコンパイルして貪った。


 指についた米粒をぺろりと舐め取りながら、歩いている間にジクサーが見えてきた。

 さっき、プラットフォームを降りて、近くの柱にある時計をチラリと見たら「02:47:21」を表示していた。

 夜明けまだまだ、たっぷり三時間ほどある。


 あたりは真っ暗でいつもどおり、ジクサーの船灯が赤く明滅を繰り返してる。

 俺はその赤い光に、照らされる人影とシルエットを見て、一瞬固まった。


 リーダーが地面に座りこみ、その隣にはエイプがすでにスタンバイしていたのだ。


 あたりにはけむたい匂いと、紫炎が漂っていた。


 リーダーの口元には「ポウッ」とぼんやりとした船灯とは違う、オレンジ色の光が明滅していた。


 どうやら、タバコを吸ってるらしい。

 俺は少し驚いた。


 コード・ライダーに喫煙者が多いのは事実だ。


 実際のところ、仮想現実のインター・ヴァーチュアでは、得られるのは感覚だけのイミテーションで、癌の発症リスクなどの健康の害は現実の電子タバコよりも低いとされている。


 でも、そんなイミテーションでも感覚により肉体は反応する。

 血管は収縮し、血圧の上昇や、血流は悪化する。


 だから、俺は吸わない。

 吸ったことがないというのもあるが、一応これでも学生だし、なんとなく避けてる。


 それに、アルマナックのメンバーが喫煙しているところなど、これまで一度も見たことがなかった。

 何より、ジクサーは全船禁煙だ。


 俺はリーダーがそういう主義なのかと思っていたのだ。


「おう…… 来たか。 思ったより早ぇじゃねーか」


 リーダーは俺に気づくと煙を勢いよく吐き出してから、そう言った。

 そして、手に持っていた火口を地面に置いたコーヒー缶に押し込んだ。


「タバコ、吸うんですか?」


 言ってから余計なことを、っと後悔した。


 ぶん殴られるかも……と一瞬、覚悟したが、リーダーは俺を睨むこともなくコーヒー缶のそばに無造作に置いてあったタバコの箱から一本取り出した。


 それを口に咥えると、右手の中に握られていた四角い金属のライターが「ジッ……」という音を立てかと思うと赤々とした炎が灯り、それで火を付けた。


 リーダーは大きくまた煙を吸い、白い息のように吐き出した。


「アルマナックを作ってからは、吸ってなかったな。 ガキにはやらねーぞ」


 そう言うと、リーダーは自分の隣のあたりの地面を指でトントンとつついた。

 そこに座れということらしい。


「失礼します」


 俺はリーダーの隣に座った。


「アジエには言うなよ。 うるせーからな。 元々、ギルド作る時にあいつが、ヤニ禁止って条件出したんで仕方なく禁煙したやめたんだ」


 リーダーはまた、タバコをゆっくりと吸い、煙を吐き出す。

 嫌なにおいがするそれを、実にうまそうに吸うその姿は、ヤケに様になっていて、迂闊にもかっこいいなと思った。


「さて、悠よ。 おまえの乗りっぷりは見せてもらったがよ……」


 そこまでいうと、リーダーは口をすぼめて、煙を吐き出した。

 煙は輪っかの形をしてフワフワと漂い、やがてその輪郭は歪んで消えて言った。


「ありゃ、論外だ。 乗るとか以前だな」


 怒るでもなく、静かにリーダーは言う。

 でも俺にはその静かさが、余計に刺さった。

 いっそ、ぶん殴られたほうが気が楽だったかもしれない。


「おまえの、足りねぇ部分を少し教えてやる……」


 俺はその言葉に顔を上げた。

 リーダーはエイプを指差していた。


「テメェ、こいつが何ができるか、全く信用してねぇだろ」


 冷ややかにそう言われた。

 実際、その通りだ。

 俺には、エイプのことなどさっぱりわからない。

 実際、あんな無茶なコースをこんな機体でどうすればいいと言うのだ。


「いきなりこんな、作業用の飛べないCFで無茶振りされて、俺にどうしろって言うんですか――」


 普段なら恐ろしくてそんなことは絶対にできないにのに、なぜか俺はリーダーに言い返していた。

 事実、言ってから青ざめた。


 リーダーはじっと俺の顔を見る。


 心臓の鼓動が早くなる。


(ヤバイ! ヤバイ!)


 逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、言ってしまった手前、精一杯の虚勢を張って俺はリーダーの顔から視線を外さなかった。


 だが、内心、今にも泣き出しそうだ。

 だがリーダーはそんな俺にゲンコツを喰らわせるではなく、大きなため息をついて見せた。


「言うと思ったぜ。 悠よ、なんでオメェは絶望的に要領が悪りぃんだろうな」


 そして、最後にもう一度、火口にオレンジ色の点らせタバコを吸うと、またそれをコーヒー缶の中にねじ込んだ。


 そしてリーダーはすくっと立ち上がると、俺に向かって鉄拳制裁よりも強烈な衝撃を放り込んできたのだった。


「オメェが出来ねぇと言ってることを、俺が乗って見せてやるよ」


 リーダーがCFに乗ると言った……。

 俺はきっととてもマヌケな顔しているに違いない。


「夜明けまで、二時間ちょっとってところか……充分だな」


 リーダーはエンブレムの入っバトルスーツのジッパーを首まで上げた。


 そして、軽い身のこなしでエイプのコクピットに滑り込んだ。

 とても、脚が悪いとは思えない動きだった……。


「ドンッ!」と4工程型クワトロアクション単一コア・ユニット特有のドラムのような駆動音が響いた。


 リーダーはエイプのパイロットシートから俺を見降ろしていた。


「おーい、なんだそのバカ面は? 手本見せてやるって言ってんだ、感謝しろよ。 ほれ、さっさと、立て」


 その顔はとても楽しそうな顔だった。


 それは、いつもの俺たちを脅かしてからかってたきのものとは違う、とてもイキイキとしたモノだった。


 俺はそんなリーダーの顔を見るのは初めてだった。

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