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後日談2 『冒険者ギルドと、忘れられた手紙』

 ギルド本部の朝は、いつも通りにざわついていた。


 討伐依頼の受付、素材の買い取り、報酬の分配、報告書の不備に怒鳴られる中堅冒険者。

 受付嬢たちは、優雅な微笑みの裏で、苛烈な事務処理バトルを繰り広げていた。


 その中心に、今日も例の“看板受付嬢”がいた。


「おはようございます。討伐報告ですね。はい、こちらにどうぞ。失礼、提出書類の形式が旧式ですので、新しいフォーマットを……」


 笑顔で流すように指示を出すエリシア。

 その様子に見惚れるようにしていたライオが、すかさずリゼルに肘で小突かれる。


「ほら、見とれてないで働けっての」


「いや、もうこれは信仰の域だろ……」


「アホか」


 そのやり取りを横目に、ティナはふと、一通の封書を手に取った。


「……ん? これ、回収忘れた依頼書かな……?」


 だが、それは依頼書ではなかった。

 羊皮紙に丁寧な筆記体で綴られた、宛名のない封筒。


 見た瞬間、エリシアの表情が少しだけ変わった。


「――それを、どこで?」


「……あ、あの山のような未整理書類の中から」


「少し待って。これ、私に預けてもらえるかしら」


 封を切ったエリシアの目が、数秒、止まった。







 その日の午後、ギルドの応接室には珍しく、エリシアと新人三人組の姿があった。


「その手紙……誰からだったんですか?」


 リゼルが静かに問う。


「差出人の名前はなかった。でも、これは……私がまだ訓練生だった頃に出した、“出すことのなかった手紙”に、返事を返してくれた人からのものだと思う」


「……え?」


 エリシアは、そっと羊皮紙をテーブルに置いた。




『拝啓、かつて手紙を書こうとしたあなたへ。

その悩みがまだ終わっていないのなら、王都北方の“風見の丘”へおいでなさい。そこに一通の瓶が、地に埋められています。それは、過去のあなたの声であり、未来のあなたの選択でもあるでしょう』



「……これって、もしかして、トレジャーハント的な?」


 リゼルが目を輝かせる。


「……え、違うでしょ。え、違う……よな?」


 ライオが少し不安げな顔をする。


 エリシアは、少しだけ困ったように微笑んで言った。


「よくわからないわね。でも、気になるのは事実。……行ってみる?」


 それが、“小さな冒険”の始まりだった。







 王都北方、風見の丘。


 木々の間を風が吹き抜けるその場所には、古びた風車の残骸と、誰かが座っていたような跡が残るベンチがあった。


「……この辺りかな。瓶、瓶……」


「ええと、エリシアさん、瓶って埋まってるんですよね? まさか地面全部掘るわけじゃ……」


「直感で、ここと思ったところを掘れば当たるわよ」


「いや直感て」


 しかし、エリシアが足元の小石をどけた瞬間、カン、と何かが当たる音がした。


「……あったわね」


「マジかよ!!」


 瓶の中には、たった一枚の紙があった。




『君がいま、笑っていられるように。君が、誰かのために涙を流せるように。いつか未来で、誰かが君を支えてくれますように。それが、昔の私から、今のあなたへの祈りです』



 エリシアはその紙を手に、しばらく風に吹かれていた。


 ティナが小声で言う。


「……誰が書いたんでしょうね、それ」


「きっと……昔の主任自身、なんじゃないかな」


 リゼルの呟きに、ライオも静かにうなずく。


 エリシアは、ふっと微笑んだ。


「……あの頃の私が、いまの私を励ましてるなんてね。ちょっと不思議。でも、嬉しい」


 彼女の表情は、少しだけ幼さを取り戻していた。







 帰り道。


「主任ー、今日の分のシフトは免除ってことでいいですよね?」


「いいわよ。明日の早朝分、代わってもらえるなら」


「えっぐい条件出された!?」


「まぁまぁ、冒険ってそういうもんでしょ。後で大抵怒られる。昔から二人ともそうだったじゃん」


「「ティナもだからな!!」」


「え!?」


「あらあら」


 笑い合いながら、4人は夕暮れの道を帰っていった。


 ギルドでは、またいつもの喧騒が始まっている。


 けれど――


 受付嬢の心には、確かに“かつての自分”からの祈りが届いていた。


 そしてそれは、彼女を見つめる三人の目にも、同じように輝いていた。


 小さな冒険の、ほんのひとときの、あたたかな奇跡。


 それは、明日のための新しい記憶。



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