「カレー作りますんで、先輩サラダお願いできますか?」
「おっけ。作ってくる」
先輩は買ってきた野菜を抱えて、自分の部屋に向かった。
もっと広いキッチンだったら、一緒に料理できるのにな。
将来は、そういう家で暮らせたらいい。
なんて、夢を見た。
先輩と料理して、笑い合って、食卓を囲んで――それってもう、結婚じゃん。
……バカだな俺。現実に戻れ。
それでも、先輩が笑顔で食べてくれるようにと、心を込めてルーを煮込んだ。
「できましたよ」
先輩はすでに戻ってきていて、作ってくれたサラダを差し出した。
その盛り付けは見事で、思わず見惚れた。
お店に出してもおかしくないクオリティ。
こういう細やかさ、好きだなって思った。
皿にご飯とルーをよそい、テーブルに並べる。
「いただきます」
「いただきます」
静かに食事が始まった。
けれど、いつものような会話はなかった。
俺から話しかけてみても、先輩はどこか上の空だった。
なにかあったんだろうか――。
その疑問に答えが出たのは、夕飯も風呂も終えて、ふたりで恒例の大富豪をしていたときだった。
「私、今月いっぱいでここ出ることになっちゃった」
「…………え?」
反射的に手札を落とした。
頭が真っ白になる感覚。
耳に届いた言葉を、理解するのに数秒かかった。
「サラダ作ってる時に親から電話きてさ。いつもは無視するんだけど……あんなことがあった後だから」
あの遊園地での一件――両親との再会の場面がよぎる。
「私、一応謝ったんだ。詩音にだけ、だけどね」
「それだけでも……いいじゃないですか。先輩、きっと良いお姉ちゃんになりますよ」
そう口にした瞬間、後悔した。
先輩の目から、光が消えたのがわかった。
「私、たぶん詩音のこといじめるよ」
「なんで、ですか……?」
「私はあんなに辛い目にあったのに。
妹だけ、知らないんだよ? 食器が飛び交う食卓も、泣きながら眠る夜も。
それなのに、愛されて、可愛がられて……。
そんなの、見てたら……私はきっと、耐えられない」
「……それは、よくないですね」
「うん。わかってる。わかってるけど……」
呆れたように吐き出す言葉。
でもその目は、痛みを訴えていた。
深く、黒く、すべてを飲み込むような瞳だった。
何も言えなかった。
俺の言葉じゃ、どこまでも軽くて。
ただ黙って、彼女の姿を見つめていた。
そんな時間が流れたあと、ぽつりと、先輩は呟いた。
「……私の話、聞いてくれる?」