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第38話「……私の話、聞いてくれる?」

「カレー作りますんで、先輩サラダお願いできますか?」


「おっけ。作ってくる」


 先輩は買ってきた野菜を抱えて、自分の部屋に向かった。


 もっと広いキッチンだったら、一緒に料理できるのにな。

 将来は、そういう家で暮らせたらいい。

 なんて、夢を見た。

 先輩と料理して、笑い合って、食卓を囲んで――それってもう、結婚じゃん。

 ……バカだな俺。現実に戻れ。


 それでも、先輩が笑顔で食べてくれるようにと、心を込めてルーを煮込んだ。


「できましたよ」


 先輩はすでに戻ってきていて、作ってくれたサラダを差し出した。


 その盛り付けは見事で、思わず見惚れた。

 お店に出してもおかしくないクオリティ。

 こういう細やかさ、好きだなって思った。


 皿にご飯とルーをよそい、テーブルに並べる。


「いただきます」

「いただきます」


 静かに食事が始まった。

 けれど、いつものような会話はなかった。

 俺から話しかけてみても、先輩はどこか上の空だった。


 なにかあったんだろうか――。


 その疑問に答えが出たのは、夕飯も風呂も終えて、ふたりで恒例の大富豪をしていたときだった。


「私、今月いっぱいでここ出ることになっちゃった」


「…………え?」


 反射的に手札を落とした。

 頭が真っ白になる感覚。

 耳に届いた言葉を、理解するのに数秒かかった。


「サラダ作ってる時に親から電話きてさ。いつもは無視するんだけど……あんなことがあった後だから」


 あの遊園地での一件――両親との再会の場面がよぎる。


「私、一応謝ったんだ。詩音にだけ、だけどね」


「それだけでも……いいじゃないですか。先輩、きっと良いお姉ちゃんになりますよ」


 そう口にした瞬間、後悔した。


 先輩の目から、光が消えたのがわかった。


「私、たぶん詩音のこといじめるよ」


「なんで、ですか……?」


「私はあんなに辛い目にあったのに。

 妹だけ、知らないんだよ? 食器が飛び交う食卓も、泣きながら眠る夜も。

 それなのに、愛されて、可愛がられて……。

 そんなの、見てたら……私はきっと、耐えられない」


「……それは、よくないですね」


「うん。わかってる。わかってるけど……」


 呆れたように吐き出す言葉。

 でもその目は、痛みを訴えていた。

 深く、黒く、すべてを飲み込むような瞳だった。


 何も言えなかった。


 俺の言葉じゃ、どこまでも軽くて。


 ただ黙って、彼女の姿を見つめていた。


 そんな時間が流れたあと、ぽつりと、先輩は呟いた。


「……私の話、聞いてくれる?」

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