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第50話「はい、その感じです……!」

 佐々木が帰ったあと、先輩は俺の隣にちょこんと座った。


「どうしました?」


 そう聞くと、先輩は俺の手からそっとお椀とスプーンを取った。


「……あーん」


 まさかの展開に、頭の中でファンファーレが鳴る。


「あーん……」


「美味しい?」


「はい! めちゃくちゃ美味しいです!」


 ちなみに今の先輩は、男の夢が詰まった“制服エプロン”という状態。眼福とはこのことです。


「もう一口、もらってもいいですか?」


「ん。あーん」


 ……あぁ、幸せ。


「で、授業中って……何考えてたの?」


 不意に鋭い問いが飛んできた。


「え、えっと……エロいことですかね」


「……ほんとに?」


 じっと見つめられて、言い訳はできなかった。


「……先輩のこと考えてました」


 嘘じゃない。佐々木に言われた“依存”という言葉が頭を離れなくて、ずっと考えていただけ。


「そっか。……はい、あーん」


「あーん!」


 ……くぅ。たまらん。


「風邪、ずっと治らなければいいのに」


「……私は、元気になってほしいけど」


 上目遣いで言われると、逆に体温が上がりそうです。


「正直もう元気なんですけどね」


「じゃあ、もう1人で食べられるよね?」


「なら、せっかくたくさん作ってもらったし、一緒に食べません?」


「……うん。じゃあ、私ももらうね」


 一緒に「いただきます」と言って、並んでおかゆを食べた。







「先輩、デザートのバナナお願いします!」


「はい、どうぞ」


「いやいや、あーんで!」


「……わがままさんだね」


 先輩は困ったように笑って、バナナの皮を剥き始めた。


「もう少し、ゆっくり……お願いします」


「え、ゆっくり? ……こ、こう?」


「はい、その感じです……!」


 剥いてるだけなのに、妙にドキドキする。俺、何やってるんだろ。


「目、思いっきり見開いてどうしたの?」


「いえ、眼福だなと」


「バナナが?」


「いえ、先輩が」


「……物好き」


 言いながら、先輩はバナナをこちらに差し出した。


「はい、あーん」


「あーん……」


 甘い。バナナも先輩も、甘すぎる。


 でも、なんか違う。


「先輩、今度は俺があーんしていいですか?」


「……私はいいよ」


「いいから、はい!」


 バナナの皮を自分で剥きながら、俺は少し高めの位置から差し出す。


「ん……あーん」


 その時、先輩は右の髪を耳にかけて――それだけで妙に色っぽくて、息が詰まった。


「美味しかった」


「……それは、よかったです」


「ん。早く元気になってね?」


「はい、元気すぎて困ってます」


「ん。じゃあ、鍋とか洗ってくるね」


 先輩が立ち上がって台所へ向かう。


 ……その瞬間、俺は静かに席を立ち、トイレへと向かった。




「……排水管、絶対腐ってるよ。青臭い」


「気のせいですよ」


 ファブリーズ、明日絶対買ってこよう。心に誓った。

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