佐々木が帰ったあと、先輩は俺の隣にちょこんと座った。
「どうしました?」
そう聞くと、先輩は俺の手からそっとお椀とスプーンを取った。
「……あーん」
まさかの展開に、頭の中でファンファーレが鳴る。
「あーん……」
「美味しい?」
「はい! めちゃくちゃ美味しいです!」
ちなみに今の先輩は、男の夢が詰まった“制服エプロン”という状態。眼福とはこのことです。
「もう一口、もらってもいいですか?」
「ん。あーん」
……あぁ、幸せ。
「で、授業中って……何考えてたの?」
不意に鋭い問いが飛んできた。
「え、えっと……エロいことですかね」
「……ほんとに?」
じっと見つめられて、言い訳はできなかった。
「……先輩のこと考えてました」
嘘じゃない。佐々木に言われた“依存”という言葉が頭を離れなくて、ずっと考えていただけ。
「そっか。……はい、あーん」
「あーん!」
……くぅ。たまらん。
「風邪、ずっと治らなければいいのに」
「……私は、元気になってほしいけど」
上目遣いで言われると、逆に体温が上がりそうです。
「正直もう元気なんですけどね」
「じゃあ、もう1人で食べられるよね?」
「なら、せっかくたくさん作ってもらったし、一緒に食べません?」
「……うん。じゃあ、私ももらうね」
一緒に「いただきます」と言って、並んでおかゆを食べた。
*
「先輩、デザートのバナナお願いします!」
「はい、どうぞ」
「いやいや、あーんで!」
「……わがままさんだね」
先輩は困ったように笑って、バナナの皮を剥き始めた。
「もう少し、ゆっくり……お願いします」
「え、ゆっくり? ……こ、こう?」
「はい、その感じです……!」
剥いてるだけなのに、妙にドキドキする。俺、何やってるんだろ。
「目、思いっきり見開いてどうしたの?」
「いえ、眼福だなと」
「バナナが?」
「いえ、先輩が」
「……物好き」
言いながら、先輩はバナナをこちらに差し出した。
「はい、あーん」
「あーん……」
甘い。バナナも先輩も、甘すぎる。
でも、なんか違う。
「先輩、今度は俺があーんしていいですか?」
「……私はいいよ」
「いいから、はい!」
バナナの皮を自分で剥きながら、俺は少し高めの位置から差し出す。
「ん……あーん」
その時、先輩は右の髪を耳にかけて――それだけで妙に色っぽくて、息が詰まった。
「美味しかった」
「……それは、よかったです」
「ん。早く元気になってね?」
「はい、元気すぎて困ってます」
「ん。じゃあ、鍋とか洗ってくるね」
先輩が立ち上がって台所へ向かう。
……その瞬間、俺は静かに席を立ち、トイレへと向かった。
「……排水管、絶対腐ってるよ。青臭い」
「気のせいですよ」
ファブリーズ、明日絶対買ってこよう。心に誓った。