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第3話 魔王様の復活

「魔王様、気が付かれましたか?」


 魔王城が砲撃されてから数ヶ月後、俺は四天王の一人、悪魔神官レノルの声で目を覚ました。


 曖昧な記憶を辿る。確か俺は勇者に城ごと吹き飛ばされて――そうか、田んぼを見に行っていて無事だったレノルが俺を助けてくれたというわけか。


「レノル、お前か」


 辺りを見まわそうとするも、真っ暗で何も見えない。手足もろくに動かせないではないか。


「ああ、あまり動かれないように。体が崩れてしまうかも知れません」


 レノルの言葉に、体にゾッと冷たいものが走る。

 そう言えば、俺は謎の大筒による攻撃を受け、体がバラバラになったんだっけか。


「レノル、俺はどうなったのだ?」


 俺が恐る恐る尋ねると、レノルは極めて冷静な声で答えた。


「電磁魔導砲で城ごと木っ端微塵になりました。文字通り粉々です。ですがさすが不死身の魔王様ですね。このような肉片になられても生きているとは」


「そ、そうか」


 自分の体が不死身であることは知っていたが、まさかバラバラの肉片になっても生きているとは思わなかったので、少し面食らってしまう。


「大丈夫ですよ、すごい勢いで再生してますから。残りのパーツもすぐに私が見つけて差し上げますから、ご安心ください。」


「そうか。それなら頼んだぞ」


 とりあえずレノルが残りの肉片を見つけてくるのを待つしかない。そうすれば俺は元の姿に戻れるだろう。


 だが一度バラバラになった肉体を元に戻すのはそう簡単なことでは無かったのであった。





「ぐっ、重い」


 木刀を持ち上げる。腕がプルプルと震えた。

 凄まじい重さだ。諦めて木刀を床に置く。

 俺は肩で息をしながら汗をぬぐった。


 たかが木刀がこんなに重いとは。


 ――いや、木刀が重いのではない。俺の力が弱くなったのだ。


 勇者の卑怯な砲撃により、俺の体が魔王城ごと爆破されて十四年の歳月が経った。


 レノルは必死に俺の体を探したのだが、何しろ俺の体は粉々だった。魔王を倒した証として人間共に回収された体のパーツもあったという。


 結果、集めることのできたパーツはごく僅かで、復活した俺は元の体とは程遠い姿になってしまったのだ。


 鏡に映った自分の姿に目をやる。男とも女ともつかない、痩せこけた子供がぼろをまとって立っている。


 外見年齢は十四歳。十二、三歳と言っても通じるかもしれない。とにかく小さい。


 長い黒髪に、微かに赤みを帯びた紫の瞳だけが、かつて魔王であった面影を残している。


 俺は自分の手をじっと見つめた。


 細い腕と小さな掌がじんじんと痛む。


 ――この体は非力すぎる。


 俺はため息をついた。


 しかもただ非力なだけではない。


 耳の封印石ピアスで魔力のほとんどを封じているせいで、今使える魔法はせいぜい初級の回復魔法ヒールぐらい。


 体の大きさに比べ、魔力が多すぎて不安定なので仕方ないのだが、これでは勇者に復讐するどころじゃない。


 もっとも肉片だった時のことを思えば物が持てるだけでも有難いのかもしれないが。


 レノルが俺の肉体を拾い集めてくれなければ、復活はあと数百年は遅れていただろうし。


「魔王様、行商人がやって来ましたよ」


 水晶越しにレノルの声が聞こえて、俺は慌てて返事をした。


「おう。今行くぞ」


 あの戦いの後、俺たちは辺境の村・シスタにある古びた神殿に身を潜めていた。


 神殿には、小さな礼拝堂と神官の寝泊まりする居住スペースがあり、俺の部屋はその居住スペースの地下一階にある。


 地下室を出る。白い石造りの渡り廊下を急いで走り抜ける。


 俺が肩で息をしながら礼拝堂に着くと、若い長身の神官が口元に笑みを浮かべていた。


「行商とな?」


「はい、入口に」


 爽やかな笑顔を浮かべるレノル。長い銀髪がサラリと揺れる。


 シミ一つ無い真っ白な法衣を身に纏った彼は、とてもじゃないが悪魔神官には見えない。


 聞けばこいつは元は人間だったらしく、そのせいかやたら人間に化けるのが上手いのだ。


「ありがとう、すぐ行く」


 俺はレノルに礼を言うと、急いで駆け出した。俺には欲しいものがあった。


「こんにちは。お嬢ちゃん」


 礼拝堂の戸を開けると、割腹の良い行商人がニコリと笑う。


 俺はむっとして答えた。


「お嬢ちゃんじゃありませんよ、男です」


 行商人は馴れ馴れしくも高貴なる俺の頭をポンポンとした。


「それは失礼した。髪も長いし、綺麗な顔だから」


 やはりこの髪は切るべきか。

 俺は伸びきった髪の毛をちょいと摘んだ。

 女と間違われる事がしょっちゅうで鬱陶しいったらない。


 だが髪の毛には魔力が宿るというし、切ってしまって魔力のバランスが崩れるのは少し怖い。また元の肉塊に戻ってしまっては大変だ。


「おじさん、『桃色学園パラダイス~チートな俺が学園でもハーレムまっしぐら~』の続きある?」


 俺は行商人に怪しまれぬよう、出来る限り子供っぽい笑顔を作った。


「あはは。坊やはこういう本が好きなのかね?」


「うん。学園ものが好きなんだ」


「ふふ、坊やはませてるねぇ」


「そんな事ないよ。もう十四歳だもん」


 俺がぶりっ子な口調で言うと、行商人は制服姿の女生徒が表紙を飾る本を差し出した。


「わーありがとう」


 俺は子どもの姿となってからもいうもの、正体が知られないよう、極力外に出るのは避けていた。


 その代わりの唯一の楽しみが読書である。


 戦乱が収まり、国が平和になってからというもの、人間どもの間ではこうした通俗小説ライトノベルが流行っているのだ。


 俺は似たような学園ラブコメを数冊買うと、子供っぽい声を作り、行商人に手を振った。


「ありがとう、おじちゃん。バイバーイ」


「またよろしくね、読書好きのお坊ちゃん」


 行商人の姿が見えなくなると、いつのまにか俺の隣に立っていたレノルがやれやれと首を振った。


「おやおや、魔王様はすっかり子供のふりがお上手になられたようで」


 その少しバカにしたような口調に、俺は少しむっとして答える。


「仕方ないだろ。この姿で生きていくにはちょっとした演技も必要なのだ」


「ふぅん」


 レノルは俺が買った本に視線を落とした。


「それに、本のご趣味も随分変わられたようで」


「それは……その」


 レノルは俺の買った本の表紙で微笑む美少女を、呆れたような顔で見つめる。


「どうせ大した取り柄もない男に意味もなく女生徒たちが惚れていくというお決まりのパターンなのでしょう。やれハーレムだのラッキースケベだの、テンプレ展開で嘆かわしい」


「やけに詳しいな」


 レノルは俺の言葉を無視し、どっかりと礼拝用の椅子に腰掛けた。


「そんなに学園ものが好きなんですか?」


「そうだな。俺は学校には通ったことがないし」


 生まれた頃からずっと魔王城で過ごしてきた俺にとっては、授業も部活も制服も、どれも魅力的で憧れだ。


 手の届かない、キラキラとした世界。

 青春って、どんな感じなのだろう。俺もこんな学園生活を送ってみたいものだ。


「なぁ、レノル」


 俺は思い切って切り出してみる。


「はい」


「学校に通いたい」


「はい?」


 レノルの眉が信じられないというふうにピクリと動く。


 俺は再度言った。


「俺は、学校に通いたい!」


 こうして、俺は魔法学校に入学することとなったのだった。

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