――そして一年後。
「着きました。ここがアレスシアにございます」
「うむ、やっとか」
俺とレノルは、帝都アレスシアの地を踏みしめていた。
長距離#魔動車__バス__#を降り、顔を上げる。
ほこりっぽい空気の中、巨大な建造物がいくつも建ち並んでいるのが見えた。
アレスシア帝国は、人間の国の中でも最も発展しているといわれている。さすがにその首都となると、街の規模が違う。
「大きな街だな」
俺はあまりの街の賑わいに思わず声を漏らした。
晴れ渡る空。果てしなく続く石造りの道路には、魔法でピカピカ輝く看板やお洒落な商店が途切れることなく続いている。
豪華なローブや鎧で着飾った人々は皆裕福そうで、自分が酷く場違いな田舎者のように思えた。
「こんなにも人がいるとは、今日は祭りでもあるのか?」
俺が尋ねると、悪魔神官レノルはしれっとした顔で答える。
「いえ、この街はいつもこのような感じですよ」
どうやらレノルは人間の住むエリアにしょっちゅう降りてきているのでこの街にも慣れているようだ。
俺はというと、こんなに沢山の人間を見るのは生まれて初めてで、何だか圧倒されてしまう。
人間だけではない。歩いている者の中にはエルフやドワーフ、獣の耳や尻尾を持った獣人たちまでいるではないか。
魔王城には悪魔やモンスターしか居なかったし、シスタ村にも人間しか居なかった。
エルフやドワーフを見るのは一体何年、いや何百年ぶりだろうか。
パンの入った紙袋を抱えて颯爽と街を駆けるエルフの女性に俺が見入っていると、レノルは穏やかな笑顔で言った。
「エルフがお好みですか? でしたら綺麗どころを見つくろって魔王様の奴隷にしましょう」
こいつめ。人間の村で何年も暮らしているうちにすっかり丸くなったと思っていたが、どうやら見かけだけだったらしい。
「人間というのはそういう事を大声で口走らぬものだ。気をつけよ、レノル」
「これはこれは。すっかり人間の暮らしに染まられたようで」
少し小馬鹿にした表情で言うレノル。
命の恩人なので強くは出れないがなんだかムカつく。
俺はフンと鼻を鳴らした。
「それより学校だ、学校。今日の四時までに寮に入らなきゃいけないんだからな。えーとアレスシア魔法学園はどこだ?」
俺が地図を広げ、ああでもないこうでもないとひっくり返していると、見かねたレノルが地図を取り上げた。
「貸してください」
レノルが街の地図と入学案内を見比べる。
「ふむ、この辺も昔と比べすっかり街並みが変わりましたが……どうやらあちらのようです。行きますよ、魔王様」
「魔王さまではない。マオと呼べといつも言っているだろうが」
「はい。マオ様。それにしても――」
レノルは深々とため息をつく。
「まさか、本当に合格なさるとは」
俺が学校に通いたいと最初に言った時、レノルは猛反対をした。
だが俺が余りにもしつこいので、渋々「この国で一番の難関校に合格できたら通っても良い」という条件をだした。
レノルとしては、そう言えば俺が諦めるだろうと思ったのだろうが、残念だったな!
俺は一年間死に物狂いで勉強し、全寮制の名門高校・アレスシア魔法学園に見事合格したのだった。
「当たり前だ。俺を誰だと思っている?」
俺が胸を張ると、レノルは諦めたような口調で頭を下げた。
「さすがは魔王様にございす……」
「当然だ」
こうして俺とレノルは、意気揚々とアレスシア魔法学園へと乗り込んだのであった。
◇
「あの、今年からここに入学するマオと言いますが」
俺は寮に着くと、受付の女に向かって可愛らしく小首を傾げた。
女はチラリと俺を見ると、長い金の髪をかき上げ、けだるそうにパイプから煙を吐き出した。
「んー、マオ、マオ……」
パラパラと名簿をめくる女。
真っ赤な口紅。真っ赤なワンピースからは溢れそうなほど豊満な胸がのぞいている。寮の受付なのに、随分派手な女だ。
「あたしは寮母のエイダ。あんたは502号室だね。一人部屋だよ」
無造作に部屋の鍵が投げられる。
「一人部屋? 寮は二人部屋だと聞いていましたが」
寮母とやらはフンと鼻を鳴らす。
「同室になる予定だった子が辞めちまったからね。あとこれ、寮と学校の規則。それから入学式の案内」
陵墓はプリントの束と六角形の透明な石のようなものを俺に渡してきた。
「うわあ、これ最新式の魔法投影機だ。タダで貰っていいんですか?」
「そうだよ。もしかしてアンタ、見るのは初めてかい?」
「うん。うちにあるのは旧式の水晶玉だけなんだ」
「アンタ、まだ水晶玉なんか使ってるのかい。ずいぶんだねぇ」
「孤児院で育ったので、あまり贅沢は出来なくて」
俺は悲しい顔を作り、一晩かけて考えた設定を話してみせた。
「それで神官と一緒なのかい。アンタも苦労したんだねぇ」
寮母は俺の頭を無礼にもグリグリと撫でた。
「授業では必須だからね、今のうちに使い方に慣れておくんだよ」
「はい。ありがとうございます」
俺が精いっぱいのぶりっ子口調で言うと、レノルも胡散臭い笑みを浮かべた。
「優しい寮母さんで良かったですね」
「うんっ」
こうして俺とレノルはペコリと頭を下げ、受付を通り過ぎた。
廊下を歩くと、壁にかかっていた燭台に自動的に火が灯る。
恐らく追尾と点火の複合魔法だろう。魔力源はどうなっているのだろうか。
俺がどういう魔法だろうと考えていると、レノルは急に眉間に皺を寄せ険しい顔になった。
「あのクソビッチめ。いきなり魔王様の頭を撫でるとは生意気な」
俺は低い声でたしなめた。
「落ち着けレノル。それだけ俺が完璧に人間に化けられているということだ」
だがレノルはブツブツとうわごとのように呟く。
「大丈夫でしょうか。あの女、きっとショタコンですよ。夜な夜な美少年を誘惑しては、おねショタプレイに興じているに違いありません。魔王様があの女の餌食にならないか心配です」
「心配なのはお前の頭だ」
しばらく歩くと、廊下の先に階段が見えてきた。早速上ろうとすると、レノルは横の黒い箱を指さした。
「マオ様、
「これに乗るのか」
これがエレベーターか。俺は思わず息を呑んだ。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
「どうしたんですか。早く行きますよ」
レノルが慣れた手つきで操作板に手をかざす。ドアが開いたので、俺も慌ててレノルの後を追い、エレベーターとやらに乗り込んだ。
「大丈夫だろうか。この箱、落ちやしないか?」
俺がドキドキしながら呟くと、レノルは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、魔王様。落ち着いて下さい。これしきのことで驚いてどうするのです」
俺はゴホンと咳払いをすると、真面目な口調でレノルに言ってみせた。
「失礼な。ただ我が魔王軍が人間どもに敗れた理由が、この技術力の差なのだなと感心していただけだ」
「なるほど、さすがは魔王様。常に魔王軍の再興について考えておいでなのですね」
「無論だ。俺はこの魔法学園で最先端の技術や人材育成術を学び、必ずや我が軍を再興させてみせるからな。フッフッフ」
「楽しみにしております。そのために、私は苦労して貴方をこの学校に入れたのですから」
嬉しそうに頷くレノル。
そう、俺の目的は魔王軍再興――と言いたいところだが、それはただの建前だ。
本音はただ単に、学校に通ってみたかっただけなのである。
俺はこのアレスシア魔法学園で、思いっきり青春してやると心に決めていた。