目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話 魔王様と最初の授業

 遠くから聞こえる小鳥が朝を告げる声。

 カーテンの隙間から差し込む朝日で、俺は目を覚ました。


「ん、ここは」


 辺りを見回すと、そこはいつもの神殿ではなかった。

 質素な机と棚。申し訳程度の台所。そして壁には真新しい制服がかかっている。


 おろしたての白いシャツに赤のネクタイ。紺のブレザーに紺のズボン。そして胸元に金のドラゴンの紋章が入った黒のローブ。名門校、アレスシア魔法学園の生徒である証だ。

 俺はすべてを思い出し、ガバリと起き上がった。


「そうだ。今日は入学式だった!」


 俺は時計を見て慌てた。何しろあと十五分ほどで始業時刻である。


 窓の外を見ると、同じ制服を来た生徒たちが学校へと急いでいた。


 まずい。今から食堂に行っても間に合わない。朝食は抜いていくしかない。


 俺は急いでブカブカの制服に着替えて寮を出た。


 教室に着くと、クラスメイトたちは皆ほとんど席についていた。


 俺も黒板に貼られていた名簿を見て、指定された席に座った。どうやらギリギリで間に合ったようだ。


 寮生活は初めてだが、多少寝坊をしても、学校の真横なので間に合うのは便利かもしれない。


 俺の席は窓際の後ろから二番目だ。とはいえ一番後ろの席はただ単に余っているだけで誰も座っていないので、実質窓際の一番後ろだと言えよう。


 ふふふ、書物ラノベでよく主人公が座っている席だな。これは幸先が良い。


 あとは誰かが話しかけてくれるのを待つだけか。


 だが誰からも話しかけられることなく始業時刻となり、先生がやってきた。


 仕方ない。学校生活はまだまだ始まったばかりだ。これからたくさん友達や、あわよくば恋人なんかもできることだろう。


「私は担任のクザサだ。始業式が始まるので、皆、体育館に移動するように」


 俺たちは、無愛想な担任に連れられて体育館へとやってきた。


 校長の長い挨拶が終わり、続いて生徒会長の挨拶が始まる。壇上に上がったのは女生徒だった。


「――新入生の皆さんがこの学園で素晴らしい仲間と出会い、得がたい経験をすることを願います」


 あれが生徒会長か。長い黒髪に切れ長の目、すらりとした脚を黒タイツで包んでいる。中々の美人だ。彼女にしてやっても良いかもしれない。


「生徒会長のシラユキ様よ」

「相変わらず美人ね」

「美しいだけじゃないわ。座学でも実技科目でもトップの成績なんですって!」


 女生徒たちの噂話が聞こえてくる。

 なんて事だ。美人でパーフェクトな生徒会長が居るなんて、やはり書物ラノベの世界そのものではないか。


 俺はこの学園に入学したのは正解だったようだとほくそ笑んだ。





 入学式を終え、自己紹介を済ませると、いよいよ最初の授業の始まりだ。



「――では君たちにはこれから実技科目の説明を行おうと思う。ついてくるように」


 担任のクザサ先生が、黒いマントをバサリと翻す。


 俺は胸をときめかせながら先生の案内する校舎裏へと向かった。


 俺は学校案内で実技科目についの説明を読んでから、ずっとこの日を楽しみにしていた。


 この学園には座学と実技科目が存在する。


 座学は普通に教室で受ける授業。そして実技科目は人工的に作られた模擬ダンジョンの攻略を行う授業だ。


 何しろ生まれてこの方ずっと魔王だったから、ダンジョンを作ったことはあってもダンジョン攻略なぞしたことは無い。否が応でも胸が高鳴ってしまう。


 やがて俺たちは校舎裏の模擬ダンジョンに到着した。


「ここで実技教科を行う」


 先生が石組みの綺麗な穴を指さす。ダンジョンと言うよりは炭鉱のようである。とてもじゃないけどモンスターが住んでいるようには見えない。


「今日は初めてなので、さらっと一周してもらう。ダンジョンに慣れてもらうのが目的なので難易度は最低まで下げておく。心配はしなくていい」


 先生がダンジョン横の壁に手をかざすと、何やら数字が浮き出てきた。


 俺がじっと見つめていると、先生は1の数字を選んで押して。恐らく難易度1という意味なのだろう。


「難易度は1から10まである。難易度を選ぶとそれぞれのレベルのダンジョンに転送される仕組みだ」


 あのダンジョンも何らかの魔道具の一種なのだろうか。

 転送魔法はかなりの魔力を消費するはずなので、おそらく横の装置で地中から魔力を汲み上げているのだろう。


 俺がぼうっと操作を見つめていると、先生はクルリと振り返った。


「皆にはとりあえず、パーティーを組んでもらう。好きな者同士で三人から五人のパーティーを作ること」


 げげっ。


 好きな者同士で組むと言われても、俺には友達はおろか知り合いすら居ない。


 いきなり仲間を作れと言われても、それは無理な話というものだ。


 それに加え、後から気づいた事だが、このクラスの生徒は附属中等部からの持ち上がりが多い。


 つまり皆顔見知りで既に仲良しグループは出来上がっている。そこに俺の入る余地は無かったのである。


 気がつけば周りは見る見るうちにパーティーを組んでいく。完全に出遅れた。


「あのぅ」


 誰にも声をかけられずオロオロしていると、背後から可憐な女生徒の声がして振り返る。


「もしかして、あなた一人なの? 可哀想に。うちのグループに入る?」


 委員長のマリナだ。


「え、いいの?」


 俺は彼女のパーティーメンバーを見た。

 女子が三人。そのうちの一人、スカートの短い派手な女があからさまに顔をしかめた。


「げっ、こいつ入れんの!?」


「だってセリ、一人余っていて可哀想じゃないの」


 マリナが派手な女――セリをなだめる。


「他の男子のグループに入ればいいじゃん」


 確かに、周りを見ると皆、男子は男子、女子は女子でパーティーを組んでいる。男女混合のパーティーは皆無だ。


 ひょっとすると、俺一人だけ女子のパーティーに混じったら生意気だと思われるかもしれない。それにあのビッチは怖いしなるべく近寄りたくない。


「あの、ごめん。やっぱり僕、女の子とは」


「えー、断んの」

「せっかくマリナが誘ってあげたのに可哀想」


 今度は他の女子がぶつくさ文句をつける。どうしろというのだ。


「そうね、女の子の中に男の子一人だと気まずいものね。ごめんなさい、気がつかなくて」


 ペコリと頭を下げるマリナ。


「い、いやいや、僕こそごめん」


「どうした。まだパーティーが決まらないのか」


 するとクザサ先生が眉をしかめながらこちらへ歩いてくる。


「あ、はい。実は」


 俺が小声で答えると、先生は皆に向かって大きな声で叫んだ。


「そうか。誰か、マオを入れてくれるパーティーはあるか!」


 やめろ。


「マオが余り物になっているぞ!」


 やめろと言っているだろうに!


 俺は心の中で叫んだ。人を余り物扱いするとは、なんという羞恥プレイであろうか。即刻やめてほしい。


 だがこのような羞恥プレイを受けたにもかかわらず、俺をグループに入れてくれる者は一人もいなかった。


 先生がくるりと俺に向き直る。


「仕方ない。マオは先生と一緒にダンジョンをまわるように」


「ハイ……」


 俺はガックリと肩を落とした。


 なんという屈辱だ!


 俺は、五百年生きてきて始めて、学校の恐ろしさという物を思い知ったのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?