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第8話 魔王様と自称・魔王の娘

 俺が困惑していると、自称・魔王の娘、ルリハが提案してくる。


「ねぇねぇ、折角だから、そこのドラゴンカフェで少しお茶していかない?」


 確かに、これから仲間になるのだから、お互いのことをよく知るべきだ。


「うん、いいよ」


 俺は素直にその提案を受け入れた。


 魔王の娘だとか何とかというのは気になるが、恐らくこの年頃にありがちな中二病というやつなのだろう。


 きっと一時期の気の迷いだ。俺はあまり気にしない事にした。


「じゃ。行きましょう」


 ドラゴンカフェというのは、学校内にあるちょっとしたカフェテラスのことである。


 寮にある食堂と違い、食べ物のメニューは少ないものの、小洒落た雰囲気で生徒たちには人気があるのだそうだ。


 男女一緒に入れるということもあり、ちょっとしたデートスポットにもなっている。


 魔王城の近くにも、潜伏していたシスタ村にも、喫茶店なんて無かったので何だか新鮮だ。


 しかも女の子と二人きり。これは中々美味しいシチュエーションではないか。無駄に心臓が高鳴る。


 緊張しながらキャラメルストロベリーミルクティーなる奇っ怪な飲み物に口をつける。

 飲んだことのない味だが、甘くて中々に美味いような気がした。


「私はルリハ・ローレス。1年C組。闇と炎の魔法が得意な魔法使いよ」


 ルリハが杖を振り、自己紹介をする。

 空中にルリハの名前のスペルがキラキラと現れた。実に可愛らしい魔法だ。


「僕はマオ。1年D組だよ。よろしくルリハ。ところで、ルリハのパーティーには他にメンバーは居ないの?」


「居ないわ」


 あっさりとルリハが答える。


「そうなんだ。メンバーが抜けちゃったとか? いつ頃から一人なの?」


「ずっと」


「え?」


 俺は思わず聞き返した。


「ずっとよ。悪い!? 私はぼっ……じゃなくて孤高なの。その辺の凡人じゃ私には釣り合わないのよ。ま、あなたには見込みがあるから組んであげるけど」


「そ、そう。ありがとう」


 どうやらこの娘、俺と同じコミュニケーション能力に難のあるタイプらしい。


 魔王の娘と名乗るような厨二病だし、きっとクラスでも浮くのだろう。


 だがたった二人でも俺一人よりは随分マシである。

 人数が足りないのならこれから増やしていけばいいだけの話だ。


 俺はルリハに右手を差し出した。


「これから一緒に頑張ろうね」


「ええ」


 ルリハも俺の手を握った。

 途端、クスクスと女子たちの笑い声が聞こえてくる。


「ねぇ、見て見て、可愛いカップル!」

「やだ本当。二人とも可愛い! 中学生みたーい」


 ネクタイの色からして上級生だろう。

 俺とルリハは二人とも身長が小さくて童顔だから、並んでいると可愛く見えるのかもしれない。


 ルリハがムっと眉根を寄せる。


「いやだわ。男女が二人で居るだけでカップルだなんて、童貞じゃあるまいし」


 ルリハはあまり気にしていないようで、アイスコーヒーの入ったグラスに口をつける。


「そ、そうだね」


「大体、私が好きなのは、魔王様の様にワイルドで男らしくて立派な方よ」


 目を輝かせ、うっとりとするルリハ。

 俺は思わずキャラメルストロベリーミルクティーを噴き出しそうになった。


「へ、へー。そうなんだー」


 これには俺も棒読みで返答をするしかない。


「あら、聞こえちゃったかしら。ごめんなさい、今言ったことは忘れてちょうだい。そうね、いくら魔王の娘だからって、勇者の母校であるこの学園でそんなこと言うなんて迂闊だったわ」


 フフンとルリハは足を組みかえる。何と返事をしたものやら。


 というかこの学校、勇者の母校だったのか。アホそうに見えて案外頭良かったんだな、あいつ。


「そうだね。忘れた方が良さそうだ」


 とりあえずキャラメルストロベリーミルクティーの続きを飲もうとすると、ルリハは俺のカップを取り上げた。


「何するんだよ!」


「アンタ、私の話に興味ないわけ」


「興味無いというか、反応に困るというか」


 だがルリハは話したくてうずうずしているようで、そんな俺に構わず話し始める。


「ふん、あなたがそこまで言うなら仕方ない、教えてあげるわ」


「いや、誰もそんなこと」


「あれは、私のお母さんがまだ冒険者だったころ――」


「いや、だから」


 ルリハが話し始めた内容は、話があちこちに飛んで妄想も入っており分かりにくいので、ここからは俺がまとめることにする。


 要するにこの娘の母親は、かつて勇者とパーティーを組み、魔王討伐に参加した魔法使いだったらしい。


 そういえば勇者パーティーに赤髪の魔法使いがいたな、と何となく思い出す。


 魔法使いの母親は、魔王を討伐したあと故郷で領主の息子と結婚したのだが、ルリハは自分が両親のどちらにも似てないことをずっと不思議に思っていたのだという。


「おかしいと思ってたのよ。お父さんも、小さい頃から妹たちばかり可愛がるし、親にも親戚にも闇属性なんかいないのに、私だけ火と闇の二重属性だし」


 そこで祖母にそれとなく聞いてみたところ、魔王討伐から帰ってきた母親は、父親と結婚する前からもうすでに身ごもっていたのだという。


「おばあちゃんがいくら聞いても、お母さんは私の父親を明かさなかったと言うわ。だから、思うに私の父親は魔王なんじゃないかと思うの」


「えっ」


 いやいや、俺はお前の母親には指一本触れてないんですけど。


 というか話したことも、会ったことすらないし、そもそも俺は童て……ではなく孤高の魔王である。人間なんぞを相手にするわけがない。


「そ、それは違うんじゃないかなぁ~」


 俺が控えめに反論してみるも、ルリハはキッと眉を吊り上げた。


「いいえ。そうじゃなきゃ、わざわざ父親を隠す理由に説明がつかないわ。きっと魔王とお母さんは道ならぬ恋に落ちたのよ」


 ルリハはうっとりとしながら語り始める。


「互いに敵同士であると知らずに出会った二人。でも相手は魔王、二人は殺し合う運命。そして訪れた決別――だけど母さんのお腹には宿っていたのよ、新たな命が! それがこの私ってわけ」


 一人で勝手に盛り上がるルリハ。

 それでなぜ魔王の娘となるのか、さっぱり分からない。


「魔王は性格こそ邪悪だったけど、艶やかな黒髪に真っ赤な瞳で見目麗しく、人々を惑わせる美丈夫だったと同人誌に書いてあったわ」


 ルリハは立ち上がり熱弁をふるった。


「きっとその血を受け継いでるから私はこんなにも美少女なのね。ほら、瞳だって赤いでしょ?」


 ずい、とルリハの顔が俺に近づいてくる。


「近い近い、近い!」


 俺はルリハの顔をぐい、と押しのけた。


 ルリハの瞳はどちらかというと朱色というかオレンジに近い赤だ。俺の瞳はもっと血みたいな濃い赤色だった。同じ赤でも全然違う。


「ふふん、どうしたの、私の正体に恐れおののいてしまったのかしら。ごめんなさい、貴方には少し刺激が強すぎたようね」


 あきれて絶句している俺に対し、ルリハはドヤ顔で言う。


 俺は恐る恐る反論を試みた。


「あのさ、勇者と同じパーティーで、馬車だとかテントの中でずっと一緒に寝泊まりしてたんでしょ。だったら父親は勇者じゃないかなぁ。ほら、あいつも光と闇の二重属性だしさ」


 それに俺は、水晶玉で勇者と赤髪の魔法使いがイチャついているところを何度か見たことがあるのだ。


 勝手に父親にされても困るのでさりげなく反論した俺だったが、ルリハの目が見たことない程吊り上がる。


「ふざけないで。勇者様は清廉潔白なお人よ。故郷に残した幼なじみのカヤ様への一途な純愛を知らないの?」


 俺が知る限りでは勇者は立ち寄る街や村すべてで愛人を作る最低ヤローだったと記憶しているが?


 神格化されすぎたあまり、歴史が書き換えられているのだろうか。あれからたった十五年しか経っていないのに。人間とは恐ろしい生き物よ。


 俺が頭を抱えていると、ルリハが突然提案してくる。


「そうだわ。せっかく仲間ができたんだし、パーティー名を決めましょうよ」


「パーティー名?」


「ええ。『魔王パーティー』なんてどうかしら。『新生魔王軍』なんてのもいいかもしれないわね!」


 一人で勝手に盛り上がるルリハ。

 頼むからやめてほしい。俺は心からそう願った。


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