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第13話 魔王様と大亀

 新たな魔法を覚え、ダンジョンを潜ること数時間。


 俺とルリハは、ついにダンジョンの地下三階にまでやってきたのであった。


「キュキュッ」


 バサバサと羽を広げ飛んできたのは、小さなコウモリのモンスター、吸血バットだ。


 地下一階と二階はスライムが多かったが、どうやら三階はこの吸血バットが多く生息しているらしい。


「キキッ」


 吸血バットが血を吸おうと牙をむく。

 大した量を吸われる訳では無いが、体力の少ない俺とルリハにとっては死活問題である。


「だぁっ」


 俺はダガーナイフで真っ直ぐに斬りつけた。芯を捉えた感触。ザクリという小気味良い音と共に、吸血バットは真っ二つになった。


「やるじゃない」


 力なく床に落ちた吸血バットがキラキラと塵になってかき消える。


「アンタ、ナイフの扱いも上手くなってきたわね」


「そう? ありがとう」


 俺はナイフを鞘に収めた。


「もしかして、マオって何か剣術でも習ってたの?」


「ううん、そんな事ないよ」


 この体になってからは体力も筋力も大幅に落ちたし、剣術も習ったことがなかった。


 だが、いざ戦ってみると、体が魔王時代の戦い方を覚えていたようで、想像していたよりもずっと動ける。これには俺も驚いている。


 俺とルリハは、しばらく地下三階をウロウロとして吸血バットたちを倒してまわった。


「思ったより広いわね、このダンジョン」


 ルリハのこめかみから汗が流れ出る。魔力は温存しているものの、相当疲れている様子だ。


 ここまで来たからには、いっその事一気にダンジョンをクリアしてしまいたいが、二人とも体力が無いし、無理は禁物かもしれない。


「少し休憩しようか」


 俺とルリハは、辺りを慎重に確認すると、その場に座り込み、水分補給をした。


「私、こんな深い階層まで来るのは初めて」


 ルリハが遠くを見つめる。いつもたった二発で魔力が尽きてしまっていたので、こんなに下の階まで来たことは無かったらしい。


「うん、僕もだよ」


「それに、新しい魔法を覚えたり、装備を整えたりレベルアップしたり――」


 ルリハの頬が高揚する。子供のように輝く瞳。


「冒険って、こんなに楽しいのね」


 ルリハの長いまつ毛の奥、赤い瞳が一等星のようにきらめいた。


「仲間と一緒だからかしら」


 笑いかけるルリハ。嬉しそうなその顔を見て、俺の胸にも何か熱いものが込み上げてきた。


「うん。きっとそうだよ」


 ルリハと二人で笑い合う。

 ルリハと仲間になれて、本当に良かったと俺は心から思ったのであった。





「行き止まりだわ」


 休憩を終えてしばらく歩くと、俺たちは行き止まりに迷い込んだ。


「おかしいな。この辺に階段か先に進む通路があると思ったんだけど」


 マッピングした地図を見ながら首を捻っていると、ルリハが急に走り出した。


「もしかして」


「えっ?」


 行き止まりの壁を指さすルリハ。


「見て、ここだけ色がおかしくない?」


 見ると、壁の一部分だけ色が変わっている。


「隠し通路かな」


「きっとそうよ」


 ルリハが色の変わった壁をグッと押す。


 ゴゴゴゴゴ。


 岩が擦れる低い音。目の前の壁が二つに割れ、先程まで壁だったところに道ができた。


「やったわ」


「すごいや、ルリハ」


 こういった仕掛けは何となくワクワクしてしまう。


 俺が秘密基地を発見した子供のような気分で隠し通路に足を踏み入れると、不意にズンと地響きがして地面が揺れた。


「何か来る」


 俺たちは、息を飲んで道の先を見つめた。

 ルリハは杖を、俺はナイフをぎゅっと握りしめる。


 そうして暗がりから現れたのは、俺たちの身長の倍はあろうかという巨大な亀だった。


「ビッグタートルだわ」


 俺たちの身長の倍ほどもあろうかという巨大な亀の姿にルリハの顔が強ばる。


「ボスかしら?」


「多分ね」


 このどす黒いオーラ。今までの敵と明らかに様子が違う。恐らくボスだ。こいつを倒せばこのダンジョンはクリアなのだろう。


「こんなに大きなモンスター、戦うのは初めてだわ」


 ルリハの声が震える。横を見ると、明らかに彼女は緊張していた。杖を持つ手がガタガタと音を立てる。


 まずいな。


 魔法というのは、魔力だけではなく、使う者の精神状態も大きく影響するのだ。


「ボスと言っても、レベル1のダンジョンだし、そんなに強いはずがないよ」


 俺はルリハを励ました。だがその顔は真っ青だ。


「で、でも、あんなに大きいし……」


「大丈夫。ルリハは魔王の娘なんだろ?」


 俺が言うと、ルリハはキョトンと目を見開く。


「魔王の力を信じるんだ」


「ええ、そうね」


 力強くうなずくルリハ。表情から迷いが消えた。


 俺はダガーナイフを構えると、足で地面を蹴った。


 先手必勝だ。


「でやぁああ!」


 助走をつけ思い切り斬りつける。


 ガキン!


「うっ」


 腕がビリビリと痺れた。攻撃をしたつもりが、反動で俺の方が吹き飛ばされる。

 駄目だ。厚い甲羅に阻まれてダメージが入らない。


「くっ、ならば」


 今度は甲羅に覆われていない首を狙うも、すぐに引っ込められてしまう。


 これも駄目か。狙いはいいと思ったのだが。


 おれはくるりと振り返ってルリハを見た。


「ルリハ、魔法を」


「わ、分かったわ。ファイアー!」


 ルリハが炎を放つ。だが、亀はまたしても首を甲羅の中に引っ込めガードしてしまう。


「普通のファイアーじゃダメだ。業火を!」


 俺が叫ぶと、ルリハは首を振った。


「ダメ、魔力がもう無い」


「僕の鞄の中に回復薬が入ってる!」


 俺はルリハに鞄を投げてやった。


「えーっ、どこよぉ?」


 モタモタと回復薬を探すルリハ。

 俺の鞄にはそんなに物は入っていないはずなのだが、焦りのあまり混乱しているのかもしれない。


 その間にも、亀は長い首でこちらに噛みついてくる。


「くっ」


 俺はそれを辛うじて避けた。正直なところ、今のはかなり危なかった。


 ヒリヒリする腕を押さえると、細く血が垂れていることに気づいた。


 ちょっと掠っただけでこれかよ。

 俺は目の前の巨大な亀を睨みつける。


 どうやら目の前にいるこのボスは、思った以上に強敵らしい。


 ビックタートルが、再び牙をむいて襲ってくる。


 俺はそれを何とか避けながら叫んだ。


「ルリハ、まだ!?」


「あったわ。今飲む!」


 グビグビと回復薬を飲み干すルリハ。ルリハの周りには俺の鞄の中身が散らかっている。どうやら逆さにして中身を全部出したらしい。なんてこった。


「よし、行くわよ」


 すると先程までの弱気はどこへ行ったのやら、ルリハは意気揚々と杖を構えた。


 炎がルリハの周りを渦巻く。ぐっと辺りの温度が上がった。


「わぁっ、ちょっと待って!」


 俺は慌ててビッグタートルから離れた。

 と同時に、ルリハは詠唱を始めた。


「血に濡れし灼熱の徒花よ、深淵より出でし紅蓮の炎よ」


 赤い髪がふわりと広がる。瞳の中に煌めく火花。身体の周りに烈火のごときオーラが立ち上る。


 いや、なんだよその妙に格好良い呪文は!?


「――焼きつくせ、終焉の業火インフェルノ!」


 瞬間、今まで見た事がないほどの炎がビッグタートルを襲った。


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