目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話 魔王様とダンジョンクリア

 ルリハの放った巨大な炎が天井まで噴き出す。亀の甲羅は瞬く間に炎に包まれた。


 相手は甲羅の中に顔も手足も引っ込めて完全にガードしている。果たして攻撃が通るだろうか。


 赤い光の中、固唾を飲んで見つめていると、肉が焦げるような香ばしい匂いが漂ってきた。


 あまりの高温に、直接火に当たらずとも中の身が蒸し焼きにされているのだ。


 いける。


 燃え盛る炎の中、俺は勝利を確信した。


 やがて炎が収まると、キラキラとした塵となり、ビッグタートルの姿が宙へと消えていく。


「やった」


 ルリハがペタリとその場にへたり込む。

 俺たちは、ビッグタートルに勝利したのだ。


「やった。すごいよルリハ!」


 俺はルリハに駆け寄った。

 だがルリハの体はピクリとも動かない。


「ルリハ?」


 ルリハの顔を覗き込むと、真っ赤な瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「私、ボスを倒したのね……?」


 俺は力強く頷いた。


「そうだよ。ルリハが倒したんだ」


「良かったぁ……」


 小さなかすれ声。俺は少し驚きながらも、震える華奢な肩を撫でてやった。


「凄いよ。ルリハの力だね」


 俺はルリハはいつも自信満々で強気で、そんな女の子だと思っていた。


 だけどきっとその裏では、周りに正当に評価されなくて、何度も悔しい思いをしてきたに違いない。


 本当は凄い力があるはずなのに、周りはそれを認めてくれない。その辛さを思うと、俺は何だか他人事では無いように心が痛むのだ。だから――


 ルリハの魔法でボスを倒せて、本当に良かった。


 やがて火と煙が完全に収まり、視界が晴れた。


 俺がビッグタートルの居なくなった後の地面に目をやると何かが金色に光っているのが見えた。


「何か落ちてる」


「何かしら」


 ルリハが光の元へと駆け寄る。


「鍵だわ」


 ルリハが拾い上げたのは、金色の鍵であった。


「もしかして」


 俺たちが通路の奥へと進むと、暗がりの中に扉があった。ゴクリと唾を飲み込む。


 ルリハは扉に鍵を差し込み、慎重に回した。


 ――カチャリ。


 音がした。ルリハが緊張したような顔で俺を見やる。


「開けるわよ」


「うん」


 ルリハがドアを開けると、眩しい太陽の光とともに、新鮮な空気が流れ込んできた。


 やがて外の眩しさに慣れると、草木の生い茂る校舎裏が見えてきた。


「やった、外だわ!」

「ダンジョンクリアだ」


 二人で手を取り喜び合う。

 長かったけど、これでレベル1のダンジョンクリアだ。


「やったぁ!」


 確認すると、俺はレベル3。ルリハはレベル5になっていた。


 ダンジョンもクリアしたし、今日だけで2つもレベルが上がってしまった。こんなに順調で良いのだろうか?


「それにしてもルリハ、ビッグタートルを倒したあの格好良い呪文は何だったの?」


 帰り際、俺が尋ねると、ルリハはギクリと体を震わせた。


「な、何ってあれは……気分よ、気分!」


「気分?」


「そう。ああいう呪文を唱えると、自分が強キャラになったような気分になって威力が上がるの。魔法発動において重要なのは、心の持ちようだからよ」


「なるほど。そうなんだ」


 ただの中二病ではなく、きちんと理由があったのだな。


「マオも『魔王の力を信じろ』って言ってくれたでしょ? だからできるだけ、魔王様っぽい呪文にしてみたの」


 失礼な。俺はあんなに中二病っぽい魔法は使わない!


 使ってもせいぜい邪王神滅剣だとか、邪王暗黒龍波だとか破魔紅魔眼だとか、それぐらいで、ごく普通の魔法だ。


 残念なことに、どの魔法も今の俺には使えないのだけれどな。


「それに、今回はマオが側にいてくれたから、それで上手く魔法が使えたのかもしれないわね」


 ボソリとルリハが呟く。


「えっ?」


 聞き返すと、ルリハはムッとした顔をし、少し耳を赤くした。


「いえ、何でもないわ」


 ぷいと横を向くルリハ。今なにか、凄く嬉しいことを言われた気がしたけど?


「じゃあまた明日ね」


「ええ、また」


 俺たちは笑顔でそれぞれの寮へと戻った。





「順調順調。このままいけばレベル20もすぐだな」


 探索を終え、上機嫌で寮へと戻る。


「ただいま、エイダさん」


 挨拶をすると、寮母のエイダさんは、にぃと真っ赤な唇を引き上げた。


「どうしたんだい。何かいい事でもあったのかい?」


 普段はエイダさんとそんなに話したりはしないのだが、ついつい誰かに自慢したい気分になり、立ち止まる。


「はい。今日はダンジョンをクリアできたし、レベルが二つも上がったんです」


「それは良かった。おめでとう、マオ」


「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、エイダさんはふふっと含み笑いをしながらウインクをした。


「それとね、実はそんなマオにもう一ついい知らせがあるんだ」


 いい知らせとはなんだろう。想像もつかない。


「何です?」


 尋ねると、エイダさんは三日月のように目を細めた。


「転校生だよ。君と同じ部屋になった」


「え?」


 思わず真顔になる。


 転校生。こんな時期に。しかも同じ部屋って。


「そ、そうなんですか」


「どうしたの、あんまり嬉しそうじゃないねぇ」


 エイダさんが首を傾げる。嬉しいわけ無いだろう。

 せっかく今まで一人で気ままにやっていたのに、急に他人と同室になるだなんて。


 それにルームメイトができれば俺の正体がバレてしまう可能性も上がる。はっきり言って危険だ。


「ちなみに、転校生っていつから来るんですか?」


「明日だよ」


「は?」


 あっけらかんと言うエイダさん。いや、早すぎるだろ。まだ心の準備も出来てないのに。


「どうしてそんな急に……何か事情があって?」


「実は、前々から決まっていたんだけど、話すのを忘れていたんだよねぇ。あっはっは」


 この女、よくもまぁこんなずさんさで寮母が務まるものた。


 念のため、尋ねてみる。


「ちなみにですが、今から部屋って変えられたり」


「出来ないね。うちの寮はいっぱいで他に空いてる部屋はないんだ」


「そうなんですか」


 ガックリと肩を落とす。

 エイダさんは煙管を咥えると、白い煙を吐き出した。


「ま、確かに一人の方が気楽だってのも分かるけどさ、同室がいるってのも楽しいもんだよ」


「で、でも、僕は人付き合いが苦手で」


「さっきも言った通り」


 有無を言わせぬ口調でエイダさんは言う。


「部屋を変えることは出来ないから」


「そ、そうですか」


「部屋の中、綺麗に掃除しておくんだよ!」


 俺の頭を撫でると豪快に笑うエイダさん。

 はぁ。どうしてこうなるんだよ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?