安東勇一が待ち合わせの中華料理屋に入ると、すでに風見和也は席に座っていた。手を振る和也の方に歩いて行った。
「久しぶりだな、ゴールデンドラゴンよ!」と和也。
「おう、マッスルタイガー!」と勇一。
「まあ座れよ、妻の令子と娘の麻里だ」と和也。
「よろしくな」と勇一。ドスンと腰を掛けた。
「なんでスポーツジムなんてやってたんだ。しかも外法の試合するなんて、いかれてるぞ」と和也。
「仕方ないだろ。くいっぱぐれてたんだ」と勇一。
「もっと早く連絡くれよ。水くせえな」と和也。
「そうだったな」と勇一。
「あんたが関係者ってことを、すっかり忘れてたんだよ」と勇一。
「そんな話は普段しなかったからな」と和也。
ビールと料理が運ばれてきて、和也と勇一は盛大に飲み始めた。
「遅いわね」と令子。
「店がわからないのかもしれないわ、私、見てこようかしら」と麻里。
「気にするな。あいつらはいつも遅れてくるんだよ」と和也。「ところでお前、ひどく負けたそうだな。」
「ああ、あんなひどい負け方は初めてだ」と勇一。「化け物だな、朱良って娘はよ。」
朱良が店に入ってきた。白いブラウスに紺のスカートで肩からバッグを掛けている。手をつないで弘樹を連れている。
「こんにちは。少し遅くなったわ」と朱良。
「ああ、先に始めてるぞ。早く座れ」と和也。
朱良は麻里と自分の席の間に弘樹を座らせた。
「試合では世話になったな」と勇一。
「あれに懲りて足を洗うことね」と朱良。
「ああ、そのつもりだ」と勇一。
「それで何の用なの、呼び出して」と朱良。
「すまない、一言礼を言いたくてな。俺を殺そうと思えば殺せたのに、手加減してくれただろう。ありがとうよ」と勇一。
「最初から殺すつもりなんてなかったわ。あなたが大して強くないことは分かってたから」と朱良。
「まあ、あんたから見ればそうだろうな」と勇一。
「それにしても、姉ちゃん、技を全く使わなかったな。最初からそのつもりだったのか?」と勇一。
「
「そうなのか。珍しいな」と勇一。
「技の封じ手を朱良に仕込んだのは俺なんだぜ」と和也。
「そうなのか。だからあんたは技の話をしなかったのか」と勇一。
「俺は技を使えないんだよ」と和也。
「ほう、なるほどね。封じ手のエキスパートなのか」と勇一。
「だが、どうやって稽古するんだ?誰か技を使えなければ、封じ手なんて稽古できないだろ?」と勇一。
「まあ、技の使い方はあるが、適性があるものにだけ伝えられるんだ。朱良みたいにな」と和也。
朱良と麻里は会話には参加せず、しきりに弘樹の世話を焼いていた。
「仲がいいんだな。姉弟みたいに」と勇一。
「姉弟だぞ。朱良と弘樹は」と和也。
「ああそうだったのか」と勇一。
「それに、麻里と弘樹君は義理の姉弟ですよ」と令子。
勇一は「え!」と驚いた顔をした。
「実は朱良と弘樹は、俺の前妻との間の子供なんだ」と和也。「お前も知ってるだろ、俺が宮崎ナナってピアニストと結婚したの。」
勇一は目を丸くした。「俺はあんたの娘と闘ったのか。世間ってのは狭いもんだぜ。」
「だから、早く連絡してくれりゃあよかったって言ってるんだよ。俺が闘い方を教えてやったのに」と和也。
「闘うなっていうアドバイスじゃねえのかよ」と勇一。
がはははは、と二人は笑った。