弘樹は結衣の家の門の前に立っていた。大きな正門の端にある脇戸の呼び鈴を押した。
「はい、ちょっと待ってね」と結衣の声がインターホンから聞こえた。
しばらく待つと、正門がギギギと開いた。内側に、結衣と中年の女性が立っていた。「門を開けといてって言ったでしょ!」と結衣。
「旦那様が必要ないとおっしゃったので」と女。
「それなら、私に開けなかったことを伝えてちょうだい!」と結衣。
「弘樹君、来てくれてありがとう!」と結衣。「待ってたのよ。」
「ぼく、結衣ちゃんがこんな立派な家に住んでるなんて知らなかったよ」と弘樹。
「好きで住んでるわけじゃないわ。たまたまこの家に生まれただけよ」と結衣。
「とにかく入って」と結衣。「あなたが門を開けておかないから、弘樹君が遠慮しちゃったじゃない!」と女に向かって言った。
結衣は弘樹の腕をつかんで玄関に弘樹を引っ張っていった。宿屋のように広い玄関で靴を脱いであがった。
「旦那様が応接間でお待ちですよ」と女。
「知らないわ。待たせておけば!」と結衣。
「いけません。どうか旦那様に……」と女が言うのを聞かずに結衣は弘樹を連れて、ずかずかと家の奥に入って行った。
廊下の途中で、ドアの開いている部屋があって、前を通りかかったとき中から声がした。「結衣、お友達が来たのかい?」
無視して通り過ぎようとする結衣の袖を女が引っ張った。
しかたなく結衣が返事をした。「来たわよ。それがどうしたのよ!」と結衣。
「お父さんに紹介してくれる約束じゃないか。忘れたのかい」と男の声。
仕方なく結衣は弘樹を連れて部屋に入った。
応接セットの椅子に男が大仰に腰を掛けていた。弘樹を見て少し意外な顔をした。娘が彼氏を家に連れてくるというので緊張して待っていたのだが、想像していたような、不遜な男子高校生ではなかった。娘の結衣よりも小柄な、気の弱そうな少年であることに拍子抜けした。
「座りたまえ」と父は言った。
結衣が弘樹の手を取って自分の横にぴったりとひっついて座らせた。
「何の用、お父さん」と結衣。
「結衣の友達を紹介してくれるんだろう?」と父。
結衣は、ふんっと不貞腐れた顔をして「私の彼氏の風見弘樹君よ」と言った。
男は驚いた顔をした。要注意人物の名前だったからだ。「風見弘樹君、あの花山道場の風見家の弘樹君かい?」と男は言った。
「はい、そうですが……」と弘樹。
「結衣、なぜ相手が弘樹君だと教えてくれなかったんだ!」と父。
「お父さんは名前を聞かなかったわ」と結衣。「お父さん、弘樹君を驚かせないで!」
「弘樹君、すまないね。まさか君が来てくれるとは、思いもしなかったのだよ」と男。
「お父さんは弘樹君のことを、こそこそと調べてるのよ」と結衣。
「何を言うんだ、結衣!」と父。
「お父さんは正森ネットワークの関係者なの」と結衣。
「弘樹君、実は君のことを人づてに聞いて、興味を持っていたんだ」と父。
「はあ」と弘樹。
「弘樹君が戸惑ってるじゃない!隠し事しないでちゃんと話してあげて!」と結衣。
「そのだね、
「はあ」と弘樹。
「それで、君はとても強いそうだね」と男。
「はあ」と弘樹。
「それからもちろん、朱良氏の試合のことも知っている。それで少し情報が混乱しているんだ」と父。「朱良氏はかなりというか、私たちの区分で言うと、特別な強さだと先の試合で分かったのだが、神主によれば君は朱良氏よりずっと強いという。」
「だから君のことに興味を持っていたんだ。」
「はい」と弘樹。
「弘樹君は強いわよ。お父さんが知っている誰よりも強いわよ。闘ったら相手を怪我させてしまうから、弘樹君はだれとも闘わないの。弘樹君はすごく優しいのよ。お父さんは余計なことしないで!」と結衣。
「だが、それが本当だとしたら大変なことだよ」と父。
「お父さんが余計なことをしなければ、大変なことなんかにならないわよ!」と結衣。「私の弘樹君に何もしないで!」
「わかったよ、結衣。弘樹君、驚かせてすまないねえ。もっときちんとした招待をしたかったのだが」と父。
「だから余計なことをしないで!」と結衣。「私の彼氏として毎週来てもらうから。」
「悪かったねえ、弘樹君。気を悪くしないで、今日はこの家でくつろいでくれたまえ」と父。
「はあ、ありがとうございます」と弘樹。