新緑の季節だった。雨が降っており、弘樹は朱良がさす大きな赤い傘の下を歩いていた。
「白木さんの家はここなの?」と朱良。
「そうだよ」と弘樹。
朱良は白いブラウスに紺のスカート、弘樹は高校の制服を着ていた。
門が開かれていて、その脇に顔見知りの中年の召使女がいた。
「弘樹様、朱良様、お待ちしておりました」と、いつもとは違った丁寧な物腰で言った。
「こちらでございます」と朱良と弘樹は門の中に案内された。
朱良と弘樹は、高校の校長と祖父から「絶対に断ってはいけない依頼」の話を聞きに行けと言われて訪ねてきた。
だだっ広い玄関で靴を脱ぎ、上り框をあがった。案内されるままに廊下を進み、和室の応接間に通された。
分厚い板の座卓にすでに先客がいた。還暦ぐらいの険しい目をした女と四十代と思しき厳つい顔をした男が、朱良と弘樹を一瞥した。
二人は下座に座っている。弘樹は部屋から逃げ出そうと体をひねろうとしたが、すでに腕を朱良に捕まれていた。さらに朱良は弘樹の首に右手をまわし自由を奪った。
「弘樹君、よく来てくれたねえ!」と廊下から馬鹿でかい声がした。この家の主人の白木陽一が弘樹と朱良を部屋の中に入るように促した。
「あなたが朱良様ですね。むさくるしい部屋で申し訳ありませんが、どうか席にお座りください。」
朱良は弘樹をひきづって上座の奥に弘樹を座らせ、自分は入口に近い席に座った。白木陽一は入口側の座布団の無い席に座った。
「この度はお呼び立てして申し訳ありません。わたくしは
広瀬と斉藤は軽く頭を下げた。自分たちが下座であることに、不快とは言わなくとも、釈然としない様子だった。
「こちらの若いお二人は花山道場のご当主の風見弘樹様と、当主補佐の宮崎朱良様です」と白木が二人を紹介した。
「ご紹介をありがとうございます」と朱良。「朱良でございます。どうかお見知りおきを。」
「こちらこそ、よろしく」と斉藤。
朱良の笑顔につられて思わずにっこり笑っていたが、広瀬は気に入らないようだった。
「弓道家の広瀬先生と剣道師範の斉藤先生のご令名はよく存じあげております。お会いできて光栄に存じます」と朱良。
「あなたの名前も存じております」と広瀬が冷たい声で言った。「先代の修羅殿とは面識がありました。引退なされたのですか?」
「先代の修羅は数年前に他界いたしました」と朱良。
「それはご愁傷様でした」と広瀬。
「ところで、用件はなんでしょうか?」と弘樹はうんざりした顔で尋ねた。