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第20話「恋愛観測部、解散式」

桜の花びらが舞う春の校庭。

放課後、旧校舎の一室にある「恋愛観測部」の部室には、最後の灯がともっていた。


「これで……恋愛観測部は、解散、かぁ」


天音ことりが、窓辺で寂しそうに呟いた。


部室には、全員が揃っていた。


清楚系腹黒文学少女・白石涼。

クーデレ生徒会長・神崎紅。

無口で天才肌の不思議ちゃん・黒羽澪。

ギャルなのに恋に臆病な金森ルナ。

そして、ヤンデレの新入部員・十六夜沙羅。


「いろいろあったけど、なんか青春したって感じだよな」


悠真は部室の真ん中で、照れくさそうに笑った。


「いやいや、あんたが一番モテてたっしょ、観測対象のくせに」


ルナが茶化すと、沙羅がすかさず睨む。


「笑ってるけど、あの子を泣かせたら……本当に壊すからね?」


「ひぃ! 沙羅さんこわっ!」


ことりは苦笑しつつも、どこか楽しそうだった。


「……で、紅。最後に、部長として何か言うことある?」


「……ああ」


紅――神崎紅は、静かに立ち上がる。


「恋愛観測部の“真の目的”を、今日、ここで明かすわ」


全員が息を飲んだ。


「それは――“恋愛を通して、人を知ること”。表面的な感情ではなく、その人が誰かを想い、誰かに想われる時に初めて見える本質を、記録し、観測することが……本当の目的だった」


「……人を知るための、恋愛観測」


「そう。だけど、私は――その中で気づいてしまったの。誰かの恋を観測することより、自分の心を観測するほうが、ずっと難しいって」


そう言って、紅は悠真に目を向けた。


「私も、君を見ていた。たぶん……誰よりも真剣に」


「紅……」


「でも、あのときのあの目。ことりを見た君の目に、私は勝てなかった。だから、私の“観測”は――ここで終了」


涼も、続くように微笑む。


「私も。文学少女としては負けを認めたくないけど……女の子として、あの二人には勝てなかったわ」


「……ことりさんの表情変化、参考になった。わたしの観測にも、貴重なデータが加わった。恋という名の……不可逆的変化」


澪が、無表情のまま淡々と呟く。


「悠真。きみを解析してみたい。……わたしの、特別な分野で」


「澪、それは何の研究なんだよ……」


「倫理上、校内では非推奨」


「やめてくれ……!」


笑いが起きた。少しだけ、涙が混じっていた。


ルナも、立ち上がる。


「ま、恋は負けたけど、友達としては勝ったかも?」


そう言って、ことりの肩をポンと叩く。


そして――沙羅が、悠真の前に立つ。


「先輩、もしことり先輩がいなくなったら、次は私の番ってことでいいですよね?」


「いやいやいやいやいやいや!!」


「……フフッ。冗談です。今は、ね」


ことりが悠真の腕にしがみついた。


「この人は渡さないよ。観測終了どころか……これから、一緒に新しい“実験”を始めるんだから」


悠真は苦笑しながら、彼女の頭をそっと撫でる。


「そうだな。これからは、恋人として」


「――って、ことは!?」


紅が大げさに口元を押さえる。


「ついに、恋愛観測部、初の正式カップル誕生ってこと!?」


「まじ!? 解散式がプロポーズ式になるなんて聞いてないんだけど!?」


「部長、これって論文にできる……?」


「タイトルは『恋愛観測における感情の変遷と相互作用』でどう?」


「まさかのガチ学術……!」


騒がしい、でも温かい空間。


誰かが好きで、誰かに恋をして、誰かに負けて、誰かを祝福する――


それが「恋愛観測部」だった。


そして、解散の時間。


「それじゃあ、これにて――恋愛観測部、解散します!」


紅の宣言に、全員が拍手を送った。


恋愛観測部は終わる。


でも、恋は、これから始まる。



教室に戻る廊下で、ことりがぽつりと呟いた。


「ねえ、悠真。これからのこと、ちょっと不安だけど……」


「大丈夫。ことりとなら、何だってできる気がするよ」


「そっか……なら、行こっか。二人で、“観測できない未来”へ」


桜が風に舞い、ふたりの影がひとつに重なる。




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