【本文】
アヒルの匂いを追いかけて、鬱蒼と茂る森を進むと――
「ねえ見て見てメイヤ! いかにもって感じの入り口があるよ!」
先頭を行くサキュルが足を止めて、尻をプリッとこっちに突き出しつつ前を指さした。
古墳である。鳥瞰(ちょうかん)図で見ればきっと、前方後円墳的な感じだろう。
緑が生い茂った古墳の方形部分の底辺前立つ。
岩戸がぽっかり口を開いていた。地下へと通じているらしい。
アヒルはこの中に逃げたようだ。
淫魔が闇の深淵をのぞき込んだ。
「うわぁ真っ暗だね。ちょっと怖いかも。もしかしたら暗闇に乗じてお尻とかおっぱいとか触られちゃったりして。キャー! メイヤのエッチ!」
「は?」
「は? は、さすがに酷くない? ピッチピチの女子なんですけどぉ?」
元聖女が手元に聖なる光魔法の力を集める。
「フローティングライト。下手なたいまつよりは明るいでしょ?」
熱を持たない光球が風船みたいに浮かんで、闇の底を照らす。
が、見通せない。
ふむ、と私は頷き。
「結構深いな。サッキー匂いは?」
「ずっと奥に続いてるよ。けど、今日を逃したらさすがに消えちゃうかも」
古墳の下に迷宮が広がっている可能性はある。
けど安心。
何か特殊な結界でも張られていない限り、転移魔法でキャンプ地に戻ることはできた。
シャンシャンが私の袖をつまんで引く。
「ちょっと冒険してもいいと思うの」
「ほほぅ……その心は?」
「お宝が見つかるかもしれないじゃない? 中央平原は永らく二国間の緩衝地帯で、両勢力ともに調査が進められず手つかずな遺跡が多いと思うのよ」
淫魔が瞳を輝かせた。
「そ、それ本当!? 行こう行こう! お宝ゲットで一攫千金うはうはハーレム成り上がりだよメイヤ!」
「ハーレムとはなんだ? これ以上、面倒なのが増えるのはごめんだぞ!」
「つ、ま、り……サキュルたちのことは一生面倒みてくれるって……こちょぉ?」
「どこまで前向きなんだ貴様は」
軽く顔面をアイアンクロー。キリキリこめかみをクラッシュしているのに、淫魔は嬉しそうだ。
一方元聖女は眉尻を下げた。
「ご、ごめんなさい。面倒……だったわよね」
パッとサキュルを解放する。
コホンと咳払い。
「う、うむ。だからこそ、役に立ってもらうぞシャンシャン」
「うふふ♪ 悪ぶってるのにメイヤさんって、本当はとっても優しいんだから。ありがとね」
「お、おう」
シャンシャンは金髪をふわっと揺らすと遺跡の入り口へ。
光る玉を海中のクラゲよろしく漂わせ、先陣を切って降り始めた。
「ほら二人とも置いて行っちゃうわよ?」
「ま、待ってよシャロン~! サキュルがいなきゃフォアグラおっかけられないでしょ? メイヤも早く早く~!」
長女ズが何かしでかしそうな気がせんでもない。
しかし――
手つかずの遺跡か。だいたいモンスターの巣窟になってんだよなぁ。
わかっててアヒルが逃げ込んだなら、冒険者にとってはデストラップだ。
ま、ケンカを売る相手を間違ったことだけは、飼い主もろともきっちり理解(わか)らせてやろうとしますかね。
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古墳の地下は石室と通路をつなげた迷路になっていた。
かなり入り組んでいる上に、似たような部屋ばかりで迷子になること間違いなしだ。
まっとうな冒険者がきちんとマッピングしても、地下一階フロアを総ざらいするのに三日くらいかかりそうな、大規模な地下墳墓である。
罠の類いも落とし穴にアロースリットに釣り天井やら、開けると爆発する宝箱なんていうものまで殺意が高い。
だいたい全部にサキュルがひっかかり、私が救出シャンシャンが治癒という流れである。
浄化魔法ほどじゃないが、聖なる光の回復魔法をで傷が癒えるとサキュルは「ご、ごめんなさい。足……引っ張っちゃって。サキュル、戦闘だとあんまり役に立たないし、すぐに罠に引っかかるし……だめだめだよね」と、五秒ほどまともになった。
五秒後――
「けどドンマイドンマイ! 次はばっちりやるからガンガン行こうよ!」
「ドンマイは自分で自分に言う言葉じゃないんじゃないですかねぇ?」
「そんな意地悪言わないでよ! けど、むしろ期待してるんじゃないメイヤも? サキュルの華麗なる や ら か し」
「貴様がアヒルの匂いを覚えてなかったら、とっくに転移魔法でキャンプ送りにしているところだ」
「素直じゃないなぁ。サキュルっていうコンテンツをもっと楽しんで。どうぞ」
実力以上の高すぎる自己肯定感、正直どうかと思うぞ。
しかしまぁ、罠だけじゃないのも確かで――
この地下墳墓、モンスターがたっぷり。
カエルっぽいのやら、ミノタウロスやら、巨大な目に触手がウニョウニョしているのやら、空飛ぶ発光水晶柱やら……。
化けキノコに殺戮魔導機械人形に、あとなんかもう色々と。
生態系というよりも、意図的に様々なモンスターが配置されているってところだ。
火に強いモンスター。水に強いモンスター。聖属性に強いモンスター。物理攻撃に強いモンスター。
色々バラけてるもんで、相当バランスの良い冒険者パーティーじゃなけりゃ一時間持たないな。
地下二階に下れば、バリエーションの豊富さはそのままにモンスターたちの戦闘力がさらにアップする。
ただ、残念なことに――
「極大破壊魔法(ソードフォーム)でハイ、スパッとね」
レベルを上げて物理で殴ればだいたいなんとかなってしまった。
私の適当剣術でも基本はワンパンだ。
時々、シャンシャンが光輪(回転切断)を投げつけて援護してくれたりするんだが、壁に反射して私の頸動脈に目がけて飛んでくる。
モンスターよりそっちの方が怖いんですけど。
火吹きオオトカゲを光輪で真っ二つにして、元聖女が私を見上げる。
「ど、どうかしら? あたし、役に立ってる?」
「私の命ごと真っ二つにしそうなところ以外は、概(おおむ)ねな」
「わざとじゃないの! 本当よ! 信じて!」
「はいはいつよいつよい」
適当にあしらうとなぜかシャンシャンに蹴られました。
ガシガシとスネめがけてローキックするんじゃないよ狂暴聖女! しかも上から下に叩き込むタイプの本格的なローキックなので、衝撃を逃がせず地味に痛い。
聖王教会……いったい聖女に何を仕込んでいるのやら。
「二人とも仲良しでいいなぁ」
淫魔がしょんぼりしながら、自身の親指をちゅぱちゅぱしゃぶる。
第二長女の淫魔は戦闘面ではまったくの役立たずだった。
「下手に前に出るなよサッキー。邪魔だから」
「ううう! 言い方ぁ! ノンデリだよメイヤってさぁ」
シャンシャンも私に抗議の構えだ。
「そうよ。事実陳列罪って相手を傷つけるんだから」
「シャロンそれ死体蹴り! サキュルのこと邪魔って言ってるのと一緒だからぁ!」
ま、そんなこんなで、地下三階四階と下っていった。
降りるほど広がる空間。入り組んだ道。時には一度、上の階に行ってから下るなどしないと、奥へは進めない地下迷宮。
複数の冒険者パーティーや、軍の精鋭なんかが攻略しなきゃならんような魔窟だった。
アヒルの匂いでサキュルがナビできないなら、絶対に足を踏み入れてないぞこんな面倒なところ。
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地下八階。
まっすぐ続く通路は魔力灯でうすぼんやり青白く照らされていた。
サキュル曰く「なんか奥にボスいそう」というのだが、私も同感だ。
地下七階までの複雑怪奇にして難解な迷路構造が一転、まっすぐな一本道。
最奥へとたどり着く。
円形闘技場ほどの広大な空間だ。奥に巨大な扉あり。どうやらアヒルは壁の向こう側らしく、道はここで途切れていた。
そいつは巨大な観音開きの門の前に陣取っていた。
四本の腕に剣斧槍ハンマーを手にした、三メートルサイズの大型機械人形が私たちの前に立ち塞がる。
赤い装甲は今まで倒してきた連中とは「違うのだよ」という、主張していた。
ご丁寧に頭部にツノまで生えている。
ま、順当に門番。ボスって奴だな。
淫魔が前に飛び出した。
「ここはサキュルに任せて! うふ~んセクシーダイナマイト女豹のポーズ!」
腰をくねらせ床に胸をむぎゅっと押しつけ尻を上げると尻尾をふりふり。
スタイル抜群のサキュバス少女が艶めかしく四肢を躍動させる。
赤い機械人形は意にも介さずハンマーをサキュルに振り下ろす。
すかさず私は――
「極大破壊魔法……っと」
機械人形の足下から青い魔力の炎が吹き上がり、装甲もろとも吹き飛ばした。
「メイヤさん! ちょっと! せっかくボスっぽいのに一撃で済ませるなんて!?」
「苦情は私ではなく、ぶっぱできるくらい広い空間を用意した墳墓制作者に宛ててくれ」
通路が狭くて威力とサイズを限定してきたソードモードよりも、いくらか本気で撃ち込んでみた。
黒煙を上げて赤い機械人形は膝から崩れ落ち、バラバラになる。
で、目の前で魔力の炎が吹き上がったサキュルはというと。
「ちょっとー! 前髪焦げたんですけどぉ! おしゃれ警察に捕まっちゃよぉ!」
ショートボブの前髪がチリチリパーマになっていた。知ったことか。逮捕されろ。
と――
奥の巨大扉の隣にある、小さな勝手口(猫用の出入り口みたいなアレ)から、アヒルが首だけだしてこっちを見る。
「…………マ?」
あいつやっぱ普通にしゃべれるんじゃねぇの?
すぐに頭を引っ込めたがもう遅い。
飼い主もろとも、お礼参りと行こうじゃないか。
覚悟の準備をしておいてください。貴様らの罪はええと……アレだ。
挑発罪とキノコ不法採取罪だ。
【リアクション】
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