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83.白と黒の狭間に

【本文】

 で――


 疑惑の視線しか向けてこない三人娘の説得を試みたところ、元聖女が焚き火に薪をくべながらボソリ。


「実在するなら、紹介してよ」

「実在しない前提やめなさいってば」


 淫魔が下乳持ち上げ腕組みで頷(うなず)く。


「じゃあじゃあ拉致ってきてよ! メイヤなら人一人誘拐するのなんて楽勝でしょ?」

「かどわかし推奨するんじゃないって」


 少年の同意のもと……でもなぁ。

 見れば見るほど、雰囲気が似てる。


 サキュルとカゲ。髪の色と瞳の色が、偶然被ったにしては――


 そもそも、この淫魔って魔帝都の大娼館で落ちこぼれたんだよな。

 で、運営元の裏社会組織が、魔皇帝に取り入るために私の元に送り込んだ。


 私の籠絡(ろうらく)に失敗。キャンプに居着いたってとこまではわかってるんだが、フレンドリーに見えて、あんまり自分自身のことを話さないんだよな。サッキーは。


 言いたくないのかもと訊かなかったんだが――


「なあ、サッキーよ」

「なぁに? おっぱい揉む?」


 後ろでピンドラが両腕万歳ぴょんぴょんジャンプで、負けじと胸を上下させ「ウチのも揉んでいいよ~! お兄ちゃんなら特別だにぇ~!」と、元気いっぱいである。


「いきなり揉むだのなんだの、およしなさい。貴様らみたいな破廉恥な家族は紹介できん。相手は純真無垢な少年なんだぞ!」

「「ええぇ」」


 がっかり巨乳×2がしょんぼり肩を落とした。これには自称常識枠のシャンシャンも苦笑い。


 というか、泣いてる。胸の辺りに視線を落として元聖女は涙目だ。


 うーん、カゲ君を連れてくるには刺激が強すぎる。

 下手すると、私に対して開きかけている少年の心が閉ざされかねない。


「いいか三人とも。私だってまだ、少年の事はよくわかっていないんだ。それに、万が一にも悪い奴な可能性が微粒子レベルでありえなくもない」

「メイヤさん、まどろっこしいわよ」

「別に良かろうシャンシャンよ。ともかく、カゲ君が私をもう少し信用してくれたら、後日きちんと紹介するから」


「「「はーい」」」


 返事だけはいいな。ポン三人衆。



 地底湖深くの塔の中。

 今日も安楽椅子が静かに揺れる。

 ダンジョンコアことロリッ子の膝には、コーヒー染めした織物がかかっていた。


 今日はその上にちょこんと、白いアヒルが乗っている。キング(雌)である。

 黄色いクチバシをくぱっと開き、時々大あくびをしたり、急にお尻をプルプルと振るったり、見ていて飽きない。


 一方、書庫の主は今日も今日とて静かなものだ。


「で、どうだい君? 魔法を教えられそうかい?」

「私自身が我流自己流センス才能のみで獲得したからな。正直、教えるのは向いていないだろうよ」


 コアは小さく首を縦に振る。


「名手が名コーチとは限らぬということだね、君らしい。それでも教えるために、こうして勉強にくるのだから感心だよ」


 作業台兼、私専用の読書机に魔法力発現の基礎理論集やら、初心者向けの魔法入門書やらが塔を作る。

 もう一方の山には指導法に関する資料。二つの書塔の間で、私はペラペラとページをめくり続けた。


 安楽椅子の揺れがピタリと止まる。

 うとうとしていた膝上のアヒルが「グワッグァ?」と声を上げた。


 コアが呟く。


「少し根を詰めすぎだよ、君。もう八時間だ。外は間もなく朝を迎える」

「今日の午後にはカゲ君の指導だからな」


 魔法理論系の書籍よりも、どちらかといえばコーチング系マニュアルの方が役に立ちそうだ。


 自分のやり方を押しつけて「ほら、できたでしょ? あれ? なんでこんなこともできないの?」では、上手くいかんらしい。


 最終的に教えられることってのは、自己の成功体験からしか提供できんのだが――


 発信者の言葉が受け手に上手くキャッチできるよう、工夫が必要って……こと?


 まず、相手の声にきちんと耳を傾け、向き合う。

 本人が問題点と感じている部分について、カゲ君自身に語ってもらう。


 次に、問題点や願望の解像度を上げる。「なんか上手くいかない」の「なんか」ってところが、ふわっとしがちなわけだ。私から質問を投げかけることで、カゲ君に考えてもらう。


 続いて、実行。問題部分が明確になったら、改善に取り組む。結果が伴えばきちんと褒める。結果が出なくとも課程をこなしたことをきちんと承認する。


 最後に、反応を示す。反応を見る。いわゆるフィードバックだが、こちらも相手のやったことにしっかりリアクションをとるし、カゲ君が悩んでいるかどうかちゃんと見てあげる。


 と、まあ、教えるための心構えってものが大事とあった。


 四つの段階を繰り返し、向上させていくんだとさ。

 なんだろうね、人を育てるって難しいね。


 最後の一冊を閉じると、コアがゆっくりこちらに向いた。


「君はそのカゲという少年をどうしたいのだい?」

「私自身がどうこうってことはないぞ。カゲ君がやりたいということを応援するのみだ」

「例えば……その少年が現状を物理的に解決するため、転移魔法で魔皇帝暗殺を目論んだ場合は?」

「それで死ぬ程度の雑魚なら魔皇帝が悪い」

「少年が捕らえられたら? 死罪は免れまい。君は彼を死刑台に送る手伝いをしているかもしれないよ」

「……そう言われると、惜しいな。カゲ君は悪い奴には思えんし」

「惜しいというなら止めはしないのかい?」

「少年の進む道を選ぶのは、少年自身だ」

「指導する君なら、変えられるかもしれないのだよ。人は互いに響き合う生き物だからね」


 影響って言葉にも入ってるな。響き合う……ねぇ。


「貴様、私をコントロールしようとしているな?」

「さてね」


 言って間を置いてから幼女は続けた。


「ただ、わたし自身、君たちと出会った事で認識も意識も変わったと自覚があるのだよ。我が主しかいなかった過去よりも、今は少しだけ人に近づいたのかもしれない」


 確かにコアは初対面の頃より表情豊かになった。

 私はコアに……シャンシャンやサッキーやドラミちゃんに出会って、変わっただろうか?


 幼女が顔を上げる。


「ところで君。悪役やラスボスが最強な理由を知っているかい?」

「藪から棒に、急にどうした?」

「質問に質問で返すものではないよ、君」

「うっせーわい」

「いいかい。そういった概念が最強なのは、守るものがなく孤独だからだよ」

「よく聞くお話ですねぇ」

「茶化すものじゃないよ。いいかい。いかに君自身が最強であっても、守るべきものが増えるほど君は弱くなる」

「んなことは最初(はな)から百も承知だ」


 コアは人差し指を一本、スッと立てた。


「だがね……」

「なんだ?」

「失うことを恐れるのは恥ずかしいことではないよ。君」

「…………」


 私が恐れていると言いたいんだな。余計なお世話だ。今だって、三人娘がどうなろうと、カゲ君が結果どうなろうと。


 あっ……やだ。ちょっと怖いかも。どうにもならずに幸せでいて欲しい。


 恥ずかしい。


 幼女は静かに微笑む。まるで私の心を見通してるみたいに――


「それに守るべき対象だったものに、救われることだってあるんだよ、君」

「へいへい。その言葉、記憶の底の心の片隅のタンスの裏にでも書いて残しておいてやりますよ」


 実際、独りで何も無いキャンプを始めた頃と比べれば、なんと賑やかなことだろう。


「ふむ。いずれ君は聖王国とも魔帝国とも違う道を、人々に示すかもしれない」

「はぁ?」

「国が二つあれば緊張状態が高まるが、現状、君という『どちらにつくかもしれない』ジョーカーが、百合の間に挟まる男のように中央平原に陣取っている」

「なに!? 私を無粋な男のように言うんじゃないよロリッ子が」

「君は……君こそが『中立地帯のキングメイカー』だと自覚し給(たま)え」

「なにその……なんて?」

「聖王国と魔帝国、どちらにつくかで世界を一色に染めることも叶うだろう。ただ、白でも黒でもない人々にとって、どちらの世界もきっと息苦しいに違いない」

「何が言いたいんだ貴様?」

「さてね。解釈は君の自由だよ。違うかい?」


 面倒臭いロリッ子め。

 しかしまあ、試験前勉強みたいに詰め込みすぎたな。


「ふあぁ~あ。説教はもうお腹いっぱいだ。昼まで仮眠をとる。じゃあなロリよ」

「お休み。健闘を祈るよ君」


 私は本を棚に適当に戻してから、転移魔法でログハウスの自室に跳んだ。



「グワッグワ?」

「白の王でも黒の王でもなければ、灰色の王……くれぐれも彼に……メイヤには内密に願います、我が主」

「グワワ?」

「押しつけられた役割ではなく、自身が望んで手にしたものにこそ、人は価値を見いだすのです」

「グワワガッタ!」

「今、喋りましたか? フフ……気のせいですよね」


 幼女は膝の上のアヒルの背をそっと優しく撫でて目を閉じた。


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