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82.久々のキャンプイン


【本文】


 まもなく日も暮れようという頃。

 転移魔法でキャンプ地に戻る。物資保管倉庫に降りたつと、いつもの黒ずくめ姿に戻した。そのまま川へ転移。サキュルが釣りをしている裏で、こっそり顔を洗う。


 と、釣り竿を放り投げて淫魔が川原を駆けてきた。


「うはー! メイヤ香ばしくて良い匂い~! ねえねえなんでぇ? どうしてそんなに美味しそうなのぉ?」


 もふっと抱きつき……というか飛びつき背中におんぶ状態だ。胸、ぷにぷにもちもちが密着する。私の首元に吸血鬼よろしく鼻先を寄せて、ハスハスするんじゃないよまったく。


「離れろッ」

「ええ~? いいじゃんいいじゃん百合で挟んでるわけじゃないんだしさ。それよりこの匂いなに?」


 高級焼肉臭とは言いにくい。


「火事の中、取り残された子供を助けてきたんだ」


 と、サキュルはパッと離れて前に回った。私の顔を見上げて、七色の虹彩をキラキラにする。


「そっかぁ! やっぱすごいんだねメイヤって。そういうの、放っておけないんだ」

「ま、まぁな」


 淫魔は尻尾をぶんぶん左右に振って、ついでに腰もくねらせ興奮気味だ。


 と、頭上を大きな影が通過した。


 サッキーが赤く染まった天に向かって腕を振る。


「おかえり~! シャロン~! ドラミ~!」


 ピンドラがログハウス付近に着陸し、小山ほどの体躯(たいく)がシュルシュルと小さくなった。


 サキュルは釣り具とビク篭を抱えた。


 篭の中にはピチピチのイワナが十尾ほどひしめき合っている。


「そろそろ夕飯の準備だね! 七輪で火起こししなきゃ!」


 日常に戻ってきた……と思ったんだが――



 焚き火台脇のテーブルを囲んで、私は正面に長女ズ。隣に座るドラミから厳しい視線を浴びせられた。


 自然と議長に就任したシャンシャンが、びしっと私の顔を指さす。


「それで数日分の黒炭の売上金は?」

「全部使っちゃった。てへぺろ」

「メイヤさん……あたしとドラミさんの二人で、毎日山の中を飛び回って汗水垂らした結晶なのよ? ねえ、いったい何に使ったの? 使途不明金じゃ納得できないわ!」


 そりゃ、ごもっともだ。

 サキュルが腕組みする。


「うーん、メイヤが帰って来た時ね、なんかお化粧っぽい匂いと炭火焼肉みたいな匂いがしたんだよなぁ」


 うわばかやめてくださいごめんなさい。普段は駄犬なのに、どうしてこういう時だけ有能発揮するんかね。


 ドラミが私の顔を下から潜り込みえぐるように見上げた。


「お兄ちゃん、みんなを誘わないで焼肉食べたの? ねえ? 美味しかった? 一人で食べて美味しかった?」


 目が笑ってない。まずいな。転移魔法でどこか遠くへ行きたくなった。


 元聖女の手元に光が宿り、緩やかな円運動を描いて丸鋸(まるのこ)を形成した。


「あたしはメイヤさんが普段、お世話のストレスとかで色々と溜まってるってわかるから許してあげるけど……この神の刃が許すかしら?」

「貴様の絶対に許さないという気持ちはいたく伝わったぞシャンシャン」

「ねえ、正直に話して」


 まさか焼肉を食っただけでこうなるとは。


 淫魔がピンと尻尾を立てた。


「あっ! わかった~! お化粧の匂いしてたってことは、外に女が出来たんだぁ!」


 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンブロロロロロロロ!


 淫魔のたわいない一言に、元聖女は己を御しきれず荒ぶる光刃でテーブルを両断した。


 怖ッ。抗議だ抗議だ。


「待てシャンシャンよ。落ち着け」

「ハァ……ハァ……ハッ!? あ、アレ? どうしてテーブルが真っ二つなのかしら?」

「無意識でやったなら、そっちの方がヤバイぞ貴様。なあ、そう思うだろドラミちゃん?」


 フッと視線を横に向けると、ピンドラの両手が鱗に覆われ爪が伸びていた。野太い尻尾でドラミが地面をベチベチ叩く。


「お兄ちゃんのばかああああああああ! ウチらの知らない女の人と焼肉してくるなんてひどいよおおおおおおおお!」


 泣いちゃった。正直に話すことにしよう。


「わかった。説明責任を果たす。前にだ……別に女と焼肉は食ってない」

「「「ほんとぅ?」」」


 懐疑的なハーモニーを奏でやがって。三人はひとまず武器(?)は収めず聞く姿勢だけ作った。


「実はな……」


 魔帝都で見込みのある少年と出会ったこと。

 彼が弱者救済を志していること。

 私が気に入ってしまったこと。


 素直に三人に語るうち、シャンシャンの手元から光輪は消えドラミも人間の姿を取り戻した。


 元聖女が口を尖らせる。


「そっか。メイヤさん、そういう人は放っておけなさそうだものね」


 ピンドラはといえば。


「お兄ちゃんらしい……かな。けど、男の子なんだにぇ。なら浮気じゃないかも」


 風向きが変わったらしい。


 と、実際に平原を風が駆け抜けた。


 サキュルが鼻をヒクヒクさせる。


「あれ? 匂うな。なんか倉庫の方から、メイヤと同じ焼肉とお化粧の匂いが……ちょっと様子見てくるね」


 止める間もなく淫魔はすっ飛んでいって、あっという間に戻ってきた。


 私の女装セット一式(サングラス込み)を腕に抱いて。


「こんなん見つけちゃった♪」


 元聖女がニッコリ微笑む。


「あら? 洋服なんて誰へのプレゼントかしら? サキュルさん。ちょっとあたしに合わせてみて?」

「オッケー! あれあれ? 胸は平らでちょうどいいけど着丈が全然合わないね。おっきいよ!」

「ふーん。胸は……ねぇ。このサイズ感だと、ドラミさんの方があうかしら? サキュルさん合わせてあげてみて」

「あいよ! おいでドラミ」

「は~い! あうぅ。ちょっと小さいけどいけそうだけど、これだとお胸がパツパツどころか……びりって破れちゃいそう」


「「「つまり、どういうこと?」」」


 三人揃ってこっちに迫る。ドラミが背後に回って私を拘束。サキュルがイケてる女子な赤黒ゴス衣装を合わせてくる。


「ぴったりだよシャンシャン! この服、メイヤにぴったり!」


 元聖女の目から光が消えた。


「ガラスの靴の持ち主、見つかっちゃったわね。どういうことなのメイヤさん?」

「ど、どうもこうもないぞ」

「なんで女の子の服から焼肉の匂いがするのかしら?」


 サキュルが「もちろんメイヤの匂いも服からプンプンしてるよ!」と死体蹴りを欠かさない駄犬の極み。


 まあええやろと、浄化魔法で匂い消しを怠った。


 今日の事は、私の人生において数えるほどもない失策の一つに挙げておこう。


 ピンドラが私を解放して万歳した。


「わがっだ! お兄ちゃん女装して男の子と肉欲満たしてたんだぁ!」


 言 い 方 ぁ !!


 事実だけど。概(おおむ)ね、その通りだけども。


 元聖女が死んだ魚の目で私に訊く。


「メイヤさん男が好きなの?」


 淫魔は尻尾もピンピンで大興奮だ。


「生やす!? サキュルがんばって生やすね!」


 何を? いったい何を?


 ドラミはといえば――


「オスが好きなんだにぇ」


 誤解が過ぎる。


 【急募】今すぐ全員の記憶を消す魔法


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------------------------- エピソード83開始 -------------------------

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