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81.定番修行スポット


【本文】

 三時のおやつ前――

 弟子の修行を見るなら滝。別に打たれるつもりもないんだが、竹林の奥にある岩場へとやってきた。

 晴天でなかなか気持ちが良い。


「ここなら貴様の知り合いと鉢合わせることもなかろう。メンポを取れ」

「はい! けど、師匠はサングラスを外さないんですか?」

「トレードマークだ。私の尊厳を奪うつもりか貴様」

「し、失礼しました」


 少年はシュルシュルとメンポを解いた。

 素直だな。うむ。


 修行地は中央平原の東側。空を覆うカーテンみたいな大瀑布を背に、いい女の格好の私がハンドバッグから短杖を取り出し、構えてみせる。


「ではカゲ君。始めるぞ」

「は、ハイ! 師匠!」


 なんだか知らんが素直な返事。口答えばかりの長女ズに見習わせたいものだ。


 少年は前のめり気味に私に迫る。


「さっそく転移魔法の極意をお教えください!」

「馬鹿者が。基礎なくして応用なしだ」

「では、何をするんですか?」


 口調もすっかり丁寧になったな。本気で私に師事を請うつもりらしい。


 背後の水流を短杖で指し示した。


「まずはあの滝を二つに割る」

「滝を……割る!? そんなことをする意味があるのですか?」

「お黙れ。師匠の修行とは常に理不尽なものだ。意味など出来るようになれば自ずと理解できる」

「そんな……む、無理ですよ。相手は大自然なんです! 俺……こんなデカいやつ相手に……」

「ビビんな。摂理さえねじ曲げる人の意思。世界を己のために改変する禁忌の力。それが魔法力だ」


 言って理解するもんでもなし。一つ見せてやるとするか。


 私は短杖の先端に魔法力を込める。普段なら目一杯充填するんだが、今回はほんの一握りだ。


 ただし、極限圧縮する。魔法力が物質化する寸前。臨海限界まで練りきり、維持(キープ)。

 魔法力を「持った」状態で、杖を下から上に振り切る。と同時に、最高のタイミングで解放(リリース)した。


 鋭いインパクトの衝撃が空気の壁を貫く。爆ぜる音を伴って、放たれた魔法力は水のカーテンを切り裂いた。


 雄大な瀑布が二つに割れる。白い飛沫が拡散して無数の虹が生まれた。


 少年は目を丸くし、半口開けて間抜け面(づら)。


「あっ……ああ……マジぱねぇ」

「なにボケっとしてるんだ。貴様がこれをやるんだよ」

「そんな……嘘でしょ?」

「やる気が無いなら帰ってもいいぞ」


 これで折れるなら転移魔法は無理だしな。と、思いきや。


 少年は背中の刀を抜き払った。


「や……やります」


 なんか覚悟キマってんな。真剣な眼差しで滝と対峙する。


「じゃあ、まずは刀に魔法力を込めるところからだ」

「魔法力を……込める……込める……込める……込めるッ!」


 ブンッと、一瞬、少年の手に魔法力が溢れた。が、刀身にそれを留める技術がないようで、あっという間に力が霧散した。


 にも関わらず、魔法力を「持って」いない刀をカゲ君は一生懸命振り上げて、滝に向かって叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおおおおお! どりゃあああああああああああ! そりゃあああああああああああああああ!」


 あーあ、見てられん。こりゃあ滝割るまでに下手すりゃ年単位かかりそうだな。



 夕日が空を茜色に染めた。そろそろ魔帝都にカゲ君を送ってやろう。


 私はパンと手を打つ。


「はいそこまで。今日は終わろう」

「ハァ……ハァ……うう……ただの素振りにしかなってねぇ。俺、自分で自分が情けないよお師匠様」


 才能が無いってわけじゃない。魔法力そのものは、かなり高いものを少年は持っている。

 ただ、どれだけ量があっても使い方が下手くそすぎるのだ。


 私も人に教えることはこれが初めてである。

 うーむ、指導の方法について、近々ロリコア書庫にコーチング方法の本なんぞ探してもらう方がいいかもしれん。


 とはいえ、魔法力ってのは、その概念の捉え方が人それぞれだ。

 私の感覚がそのままカゲ君の感覚と合致するとは限らない。


「なあ少年。なんで強くなりたいんだ?」

「弱き者を救うためです師匠。力無くしてなし得ないから」

「なんで救うんだ? 弱い奴ってのを救ったとして、感謝されたいのか?」

「名誉も賞賛も俺はいらない。救いたいから救うんです」


 情けないほどゼーハーゼーハー肩で息しながら、志は高い。


「いいかカゲ君。弱い奴を貴様が救ったとしてだ……そいつらは結局弱いままだ。また、誰かに救われたいと願い続ける。助けてくれる者がいなければ強者に恭順する。身を守るためにな」

「たとえそうだとしても、自然の摂理が上から下へと流れるのだとしても、俺は……強者の敷いたルールがすべての世界に、広く多く無数の声を響かせたいんです」

「なぜだ?」

「王が間違って国が滅ぶならそれは王の責任だ。その間違いを正す方法が必要なんだ。すべてのものが等しく権利を持ち、等しく責任を持つ。そんな世界があっても良いじゃないですか」

「んなことになったら収拾つかなくなるぞ。それに、貴様が思うほど全人類が賢いとも思えないけどな。中央集権でいいんじゃねぇの?」


 少年は俯(うつむ)いた。


「それに王は孤独だから」

「孤独ねぇ」

「すべての責任を背負う重圧。たった一人の個人が担うには、あまりに大きすぎる」

「貴様、弱者の声すら取り込み、王を救うため玉座を破壊しようというのか? 国家体制を転覆させるテロリストだな」

「す、すみません師匠。俺、滝も割れないのに……こういうのを大言壮語って言うんですよね。それに街で困ってる人を助けてても、世界は……変えられないんだろうし」

「千里の道も一歩からとはいうが、最初の一歩が目的地にきちんと向いてないとたどり着けんよな」

「クッ……なんも言えねぇ」


 カゲ君は悔しそうに肩をプルプルさせた。


 チッ……この甘ちゃんが。嫌いじゃ無い! 私そういうの全然嫌いじゃ無い!


「で、少年はどこでそんな壮大な考えに至ったわけよ?」

「俺、この前の聖王国との大戦に従軍してたんです」

「この前のって……中央平原のか?」

「はい。今は、凶悪なテロリスト集団が平原を私物化しているとかで、その首領がとんでもない大悪人かつ、超危険人物ということで両国静観の構えだそうです」

「へー、おっかないなぁ」


 そんな連中がいるとは知らなかった。おもしろ家族は人畜無害なのにね。不思議だね。


「あの日、先陣を切るはずだった俺たちの目の前に、青白い巨大な壁が立ちはだかったんです。向こう数㎞ほどの長大な破壊の力でした。大地は穿(うが)たれ深い谷が傷跡のように刻まれたんです」

「あっ……うん……そう」

「壊走する仲間たちを、俺はどうにかとりまとめて撤退しました。けど……」

「けど、なによ?」

「不思議なことに、敵軍の追撃が無かったんです。魔帝国軍は総崩れ。攻め込むなら……いえ、それ以前に、あの破壊の力を目前ではなく帝国軍の本体に撃ち込めば、戦いは終わっていたに違いないのに」


 あの日、あの敵軍の中にいたんだ。カゲ君みたいなのが。

 少年は顔を上げ、七色の虹彩でじっと私を見据えた。


「俺、あの時に自分の無力さでどうにかなりそうでした。それと同時に敵側から……あの破壊の壁から殺意や敵意みたいなものが感じられなくて……あの一撃で両軍の間に谷が出来上がって、王国側も安易に突撃することはできなかった。全部、計算だったんだと思うんです」

「考えすぎじゃね? きっと王国側の魔導師の手元が狂ったんだろ」

「そう……かもしれません。というか、あれを一人で行ったとは思えませんけど。百人ほどの高位魔導師によるものではないかとも言われてますし」

「じゃあ普通に連携失敗したんだろ?」

「きっと、一人か……いえ、何人かいたんだと思います。あの力を使うことに心苦しくなった魔導師が。戦争であっても……やっていいことと悪いことがある。そう思える人なら……人々なら! 聖王国の人間とだって話し合いの余地はあるって!」

「余地ねぇ」

「皇帝陛下は決戦を臨んでおられますが、俺は……違う道を模索したいんです」


 本当に甘ちゃんである。しかも、自分なら国のトップを説得できるみたいな、謎の自信までのぞかせやがって。


「明日も午後にブラックマーケットに黒炭を売りに行くから、修行できる準備しておくように」

「は、はい! お師匠様!」 


 カゲ君は遠からず、私が産んでしまった正義の化け物だ。


 本日の修行はここまで。久しぶりにキャンプに戻るような気がした。


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------------------------- エピソード82開始 -------------------------

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