【本文】
三時のおやつ前――
弟子の修行を見るなら滝。別に打たれるつもりもないんだが、竹林の奥にある岩場へとやってきた。
晴天でなかなか気持ちが良い。
「ここなら貴様の知り合いと鉢合わせることもなかろう。メンポを取れ」
「はい! けど、師匠はサングラスを外さないんですか?」
「トレードマークだ。私の尊厳を奪うつもりか貴様」
「し、失礼しました」
少年はシュルシュルとメンポを解いた。
素直だな。うむ。
修行地は中央平原の東側。空を覆うカーテンみたいな大瀑布を背に、いい女の格好の私がハンドバッグから短杖を取り出し、構えてみせる。
「ではカゲ君。始めるぞ」
「は、ハイ! 師匠!」
なんだか知らんが素直な返事。口答えばかりの長女ズに見習わせたいものだ。
少年は前のめり気味に私に迫る。
「さっそく転移魔法の極意をお教えください!」
「馬鹿者が。基礎なくして応用なしだ」
「では、何をするんですか?」
口調もすっかり丁寧になったな。本気で私に師事を請うつもりらしい。
背後の水流を短杖で指し示した。
「まずはあの滝を二つに割る」
「滝を……割る!? そんなことをする意味があるのですか?」
「お黙れ。師匠の修行とは常に理不尽なものだ。意味など出来るようになれば自ずと理解できる」
「そんな……む、無理ですよ。相手は大自然なんです! 俺……こんなデカいやつ相手に……」
「ビビんな。摂理さえねじ曲げる人の意思。世界を己のために改変する禁忌の力。それが魔法力だ」
言って理解するもんでもなし。一つ見せてやるとするか。
私は短杖の先端に魔法力を込める。普段なら目一杯充填するんだが、今回はほんの一握りだ。
ただし、極限圧縮する。魔法力が物質化する寸前。臨海限界まで練りきり、維持(キープ)。
魔法力を「持った」状態で、杖を下から上に振り切る。と同時に、最高のタイミングで解放(リリース)した。
鋭いインパクトの衝撃が空気の壁を貫く。爆ぜる音を伴って、放たれた魔法力は水のカーテンを切り裂いた。
雄大な瀑布が二つに割れる。白い飛沫が拡散して無数の虹が生まれた。
少年は目を丸くし、半口開けて間抜け面(づら)。
「あっ……ああ……マジぱねぇ」
「なにボケっとしてるんだ。貴様がこれをやるんだよ」
「そんな……嘘でしょ?」
「やる気が無いなら帰ってもいいぞ」
これで折れるなら転移魔法は無理だしな。と、思いきや。
少年は背中の刀を抜き払った。
「や……やります」
なんか覚悟キマってんな。真剣な眼差しで滝と対峙する。
「じゃあ、まずは刀に魔法力を込めるところからだ」
「魔法力を……込める……込める……込める……込めるッ!」
ブンッと、一瞬、少年の手に魔法力が溢れた。が、刀身にそれを留める技術がないようで、あっという間に力が霧散した。
にも関わらず、魔法力を「持って」いない刀をカゲ君は一生懸命振り上げて、滝に向かって叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお! どりゃあああああああああああ! そりゃあああああああああああああああ!」
あーあ、見てられん。こりゃあ滝割るまでに下手すりゃ年単位かかりそうだな。
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夕日が空を茜色に染めた。そろそろ魔帝都にカゲ君を送ってやろう。
私はパンと手を打つ。
「はいそこまで。今日は終わろう」
「ハァ……ハァ……うう……ただの素振りにしかなってねぇ。俺、自分で自分が情けないよお師匠様」
才能が無いってわけじゃない。魔法力そのものは、かなり高いものを少年は持っている。
ただ、どれだけ量があっても使い方が下手くそすぎるのだ。
私も人に教えることはこれが初めてである。
うーむ、指導の方法について、近々ロリコア書庫にコーチング方法の本なんぞ探してもらう方がいいかもしれん。
とはいえ、魔法力ってのは、その概念の捉え方が人それぞれだ。
私の感覚がそのままカゲ君の感覚と合致するとは限らない。
「なあ少年。なんで強くなりたいんだ?」
「弱き者を救うためです師匠。力無くしてなし得ないから」
「なんで救うんだ? 弱い奴ってのを救ったとして、感謝されたいのか?」
「名誉も賞賛も俺はいらない。救いたいから救うんです」
情けないほどゼーハーゼーハー肩で息しながら、志は高い。
「いいかカゲ君。弱い奴を貴様が救ったとしてだ……そいつらは結局弱いままだ。また、誰かに救われたいと願い続ける。助けてくれる者がいなければ強者に恭順する。身を守るためにな」
「たとえそうだとしても、自然の摂理が上から下へと流れるのだとしても、俺は……強者の敷いたルールがすべての世界に、広く多く無数の声を響かせたいんです」
「なぜだ?」
「王が間違って国が滅ぶならそれは王の責任だ。その間違いを正す方法が必要なんだ。すべてのものが等しく権利を持ち、等しく責任を持つ。そんな世界があっても良いじゃないですか」
「んなことになったら収拾つかなくなるぞ。それに、貴様が思うほど全人類が賢いとも思えないけどな。中央集権でいいんじゃねぇの?」
少年は俯(うつむ)いた。
「それに王は孤独だから」
「孤独ねぇ」
「すべての責任を背負う重圧。たった一人の個人が担うには、あまりに大きすぎる」
「貴様、弱者の声すら取り込み、王を救うため玉座を破壊しようというのか? 国家体制を転覆させるテロリストだな」
「す、すみません師匠。俺、滝も割れないのに……こういうのを大言壮語って言うんですよね。それに街で困ってる人を助けてても、世界は……変えられないんだろうし」
「千里の道も一歩からとはいうが、最初の一歩が目的地にきちんと向いてないとたどり着けんよな」
「クッ……なんも言えねぇ」
カゲ君は悔しそうに肩をプルプルさせた。
チッ……この甘ちゃんが。嫌いじゃ無い! 私そういうの全然嫌いじゃ無い!
「で、少年はどこでそんな壮大な考えに至ったわけよ?」
「俺、この前の聖王国との大戦に従軍してたんです」
「この前のって……中央平原のか?」
「はい。今は、凶悪なテロリスト集団が平原を私物化しているとかで、その首領がとんでもない大悪人かつ、超危険人物ということで両国静観の構えだそうです」
「へー、おっかないなぁ」
そんな連中がいるとは知らなかった。おもしろ家族は人畜無害なのにね。不思議だね。
「あの日、先陣を切るはずだった俺たちの目の前に、青白い巨大な壁が立ちはだかったんです。向こう数㎞ほどの長大な破壊の力でした。大地は穿(うが)たれ深い谷が傷跡のように刻まれたんです」
「あっ……うん……そう」
「壊走する仲間たちを、俺はどうにかとりまとめて撤退しました。けど……」
「けど、なによ?」
「不思議なことに、敵軍の追撃が無かったんです。魔帝国軍は総崩れ。攻め込むなら……いえ、それ以前に、あの破壊の力を目前ではなく帝国軍の本体に撃ち込めば、戦いは終わっていたに違いないのに」
あの日、あの敵軍の中にいたんだ。カゲ君みたいなのが。
少年は顔を上げ、七色の虹彩でじっと私を見据えた。
「俺、あの時に自分の無力さでどうにかなりそうでした。それと同時に敵側から……あの破壊の壁から殺意や敵意みたいなものが感じられなくて……あの一撃で両軍の間に谷が出来上がって、王国側も安易に突撃することはできなかった。全部、計算だったんだと思うんです」
「考えすぎじゃね? きっと王国側の魔導師の手元が狂ったんだろ」
「そう……かもしれません。というか、あれを一人で行ったとは思えませんけど。百人ほどの高位魔導師によるものではないかとも言われてますし」
「じゃあ普通に連携失敗したんだろ?」
「きっと、一人か……いえ、何人かいたんだと思います。あの力を使うことに心苦しくなった魔導師が。戦争であっても……やっていいことと悪いことがある。そう思える人なら……人々なら! 聖王国の人間とだって話し合いの余地はあるって!」
「余地ねぇ」
「皇帝陛下は決戦を臨んでおられますが、俺は……違う道を模索したいんです」
本当に甘ちゃんである。しかも、自分なら国のトップを説得できるみたいな、謎の自信までのぞかせやがって。
「明日も午後にブラックマーケットに黒炭を売りに行くから、修行できる準備しておくように」
「は、はい! お師匠様!」
カゲ君は遠からず、私が産んでしまった正義の化け物だ。
本日の修行はここまで。久しぶりにキャンプに戻るような気がした。
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