目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

80.焼肉デートのその後で


【本文】

 ジャポネ式庭園に建つ離れの個室にて、炭火焼肉のコースを堪能した。


 座敷に掘りごたつ形式である。


 料理は適宜(てきぎ)、ジャストのタイミングで仲居が運んできた。


 で、先付けやらなんやら懐石風? なんだが、どれも美味いけど正直ね、高尚(こうしょう)すぎて、ちょっとわかんないや。


 とはいえ――


 本題となる焼肉。めっちゃ良い肉すぎる。赤身は柔らかく、肉のうま味が口内いっぱい押し寄せる。サシの細かく入ったカルビも炭火で焼き上がり、余分な脂はすべて落ちて、香ばしさと上質な甘みだけが余韻を残した。


 こんなん王侯貴族の食い物やろがい。


 さぞや少年は感動するかと思ったんだが――


「うん、うん。これこれ」


 なんだろう。肉を口に運ぶごとに震え(感動と会計の恐怖)が止まらない私に対して、カゲ君は「いつもの味」みたいな落ち着きぶりだ。


 手配犯なの? 本当に?


 一通り料理を食べ終えて、デザートの柑橘シャーベットで締める。


 食後のコーヒーが運ばれ一息ついたところで。


「でさあカゲ君は何やらかしたの?」

「あっ……えっと……こ、国家を揺るがす大罪だ」

「テロかぁ。たまげたなぁ」

「ヤメイ……殿は、錬金術師なのか?」


 年上ということで敬称をつけてくれるとは、育ちがいいなこの少年。

 私はゆっくり頷いた。


「うむ。他にも手広くやっている。炭焼きもその一環だ」


 少年は砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを一口。

 その間に、こちらから質問する。


「ところで、この個室……犯罪者が使っても大丈夫なのか?」

「一流店は客のプライバシー保護も一流だから。安心していいぜヤメイ殿」


 わざわざ離れを指名するんだから、良く知る店なんだろう。というか予約も無しに飛び込みだったのに、ずいぶんすんなり入れたもんだ。


「貴様さては金持ちだな? 手配犯というのも嘘なのだろう」

「そ、そそそそんなわけないだろ! 俺は……危険な男だ。安易に近づけば火傷じゃ済まないぜ」


 ボンボン貴族の道楽で、正義の味方ごっこ。家の人間には秘密にしてるってんで、顔を隠してお忍び忍者ってとこか。


 カゲ君はカップをソーサーの上にコトリと置く。


「そちらこそ正体を明かしたらどうだ? ただの錬金術師が、高階位の転移魔法を使えるわけがない」

「はあ? それってぇ! 職業差別ですかぁ?」

「サングラスで顔を隠す理由が知りたい……です」


 ちょっと圧出したら少年、スンッてなっちゃった。いかんいかん。思春期って難しいお年頃よね。


「私がイケメンすぎて世の女性たちを魅了しつくしてしまうからな」

「だから女装までしてるって?」

「これは貴様をおびき寄せるためだ。趣味ではないぞ」


 互いに探り合いをした結果、私はエセ錬金術師。少年は正義の味方ごっこのボンボン。というあたりに落ち着いた。


 まあ、イーブンってことで――


「なあカゲ君。貴様が身分を隠したい理由があるってのはわかった。で、そこまでしてなんで人助けなんぞしてるんだ?」

「よ、よくぞ訊いてくれた! 俺は……この国の根源となるルールに疑問を持ってるんだ」

「ルールって?」

「弱肉強食。弱者は強者に従うべし。強者の庇護の元でのみ、弱者は生存を許される……」

「普通のことだろ」

「聖王国では違うと耳にした」


 ま、教会だのが機能してるんで弱者救済だのが王国側にはあるな。とはいえ、シャンシャンの話じゃ上の連中の腐敗っぷりが、酷いようだけど。


 なにより、聖王国では人間以外に人権が認められない。


「カゲ君が思うほど、聖王国が良いってことはないと思いますけどね」

「やらない善よるやる偽善だぞヤメイ殿」


 七色の虹彩がじっと私を見据えた。

 わりとガチっぽいトーンだな。茶化さず拝聴(はいちょう)しよう。


「で、少年忍者はなにしたいわけ?」

「俺にできることなんて……たかがしれてる。けど、不条理な暴力で傷つき、屈し、哀しみと痛みを負う人々を一人でも救いたい」


 それが悪人しばきの動機か。


「悪人なら自分自身が罪悪感に苛(さいな)まれることなく、気軽にぶっ飛ばせるくらいの気持ちでいいんじゃね?」

「話し合いで解決できないから、手段に訴えるしかないのがこの国の現状なんだ」


 少年は膝の上に乗せた手をぎゅうっと握った。本当に悔しそうだ。


 国を変えたい……ってか。志(こころざし)でっか。


「一人一人救うのにも限界があんだろ」

「その通りだヤメイ殿。海水に角砂糖一つ落としたところで、甘くなりはしない。俺の自己満足だ。きっと……兄上には……届かな……」

「なに? お兄ちゃんいんの?」

「い、いない! 間違えた! なんでもないですヤメイ殿!」


 家庭環境複雑そう。とはいえ、嫡男がいるんで次男が暇を持て余した結果、虐げられし市井(しせい)の弱者と、自身の立場を重ねてしまったんだろうね。知らんけど。


「よし、わかったカゲ君。今後は私も協力しよう」

「えっ!?」

「私は錬金術師だが、大魔導師でもあるんでな。みたところ、少年は身体能力も高いようだが、それに頼りすぎだ。魔法の才能もありそうだから、ちょっと家庭教師してやる」


 魔族で貴族。所謂(いわゆる)魔貴族ってんなら、血統才能が一般人よかあるはずだ。


「ヤメイ殿!? そ、それはまことか!?」


 七色の瞳が丸くなる。


「ある人物から、才能と気概溢れる者に投資することを勧められたもんで。カゲ君の青い炎のような情熱に私は心を打たれた。協力したい」

「転移魔法を……教えてくださると?」

「どこにでも一瞬で跳んでいって、助けを求める人を救う。格好いいと思わんか?」


 少年は立ち上がると私の元にすり寄るように近づいた。


 両手をとって握る。


「ぜ、是非! 是非お願いします! ヤメイ殿……いや、し、師匠!」

「は?」

「今日からお師匠様と呼ばせてください!!」


 熱い眼差しに私は「お、おう」と首を縦に振っていた。


 ――なんか、八万魔貨払って大魔導師に弟子ができましたとさ。



【リアクション】

いいね: 4件


------------------------- エピソード81開始 -------------------------

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?