【本文】
ジャポネ式庭園に建つ離れの個室にて、炭火焼肉のコースを堪能した。
座敷に掘りごたつ形式である。
料理は適宜(てきぎ)、ジャストのタイミングで仲居が運んできた。
で、先付けやらなんやら懐石風? なんだが、どれも美味いけど正直ね、高尚(こうしょう)すぎて、ちょっとわかんないや。
とはいえ――
本題となる焼肉。めっちゃ良い肉すぎる。赤身は柔らかく、肉のうま味が口内いっぱい押し寄せる。サシの細かく入ったカルビも炭火で焼き上がり、余分な脂はすべて落ちて、香ばしさと上質な甘みだけが余韻を残した。
こんなん王侯貴族の食い物やろがい。
さぞや少年は感動するかと思ったんだが――
「うん、うん。これこれ」
なんだろう。肉を口に運ぶごとに震え(感動と会計の恐怖)が止まらない私に対して、カゲ君は「いつもの味」みたいな落ち着きぶりだ。
手配犯なの? 本当に?
一通り料理を食べ終えて、デザートの柑橘シャーベットで締める。
食後のコーヒーが運ばれ一息ついたところで。
「でさあカゲ君は何やらかしたの?」
「あっ……えっと……こ、国家を揺るがす大罪だ」
「テロかぁ。たまげたなぁ」
「ヤメイ……殿は、錬金術師なのか?」
年上ということで敬称をつけてくれるとは、育ちがいいなこの少年。
私はゆっくり頷いた。
「うむ。他にも手広くやっている。炭焼きもその一環だ」
少年は砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを一口。
その間に、こちらから質問する。
「ところで、この個室……犯罪者が使っても大丈夫なのか?」
「一流店は客のプライバシー保護も一流だから。安心していいぜヤメイ殿」
わざわざ離れを指名するんだから、良く知る店なんだろう。というか予約も無しに飛び込みだったのに、ずいぶんすんなり入れたもんだ。
「貴様さては金持ちだな? 手配犯というのも嘘なのだろう」
「そ、そそそそんなわけないだろ! 俺は……危険な男だ。安易に近づけば火傷じゃ済まないぜ」
ボンボン貴族の道楽で、正義の味方ごっこ。家の人間には秘密にしてるってんで、顔を隠してお忍び忍者ってとこか。
カゲ君はカップをソーサーの上にコトリと置く。
「そちらこそ正体を明かしたらどうだ? ただの錬金術師が、高階位の転移魔法を使えるわけがない」
「はあ? それってぇ! 職業差別ですかぁ?」
「サングラスで顔を隠す理由が知りたい……です」
ちょっと圧出したら少年、スンッてなっちゃった。いかんいかん。思春期って難しいお年頃よね。
「私がイケメンすぎて世の女性たちを魅了しつくしてしまうからな」
「だから女装までしてるって?」
「これは貴様をおびき寄せるためだ。趣味ではないぞ」
互いに探り合いをした結果、私はエセ錬金術師。少年は正義の味方ごっこのボンボン。というあたりに落ち着いた。
まあ、イーブンってことで――
「なあカゲ君。貴様が身分を隠したい理由があるってのはわかった。で、そこまでしてなんで人助けなんぞしてるんだ?」
「よ、よくぞ訊いてくれた! 俺は……この国の根源となるルールに疑問を持ってるんだ」
「ルールって?」
「弱肉強食。弱者は強者に従うべし。強者の庇護の元でのみ、弱者は生存を許される……」
「普通のことだろ」
「聖王国では違うと耳にした」
ま、教会だのが機能してるんで弱者救済だのが王国側にはあるな。とはいえ、シャンシャンの話じゃ上の連中の腐敗っぷりが、酷いようだけど。
なにより、聖王国では人間以外に人権が認められない。
「カゲ君が思うほど、聖王国が良いってことはないと思いますけどね」
「やらない善よるやる偽善だぞヤメイ殿」
七色の虹彩がじっと私を見据えた。
わりとガチっぽいトーンだな。茶化さず拝聴(はいちょう)しよう。
「で、少年忍者はなにしたいわけ?」
「俺にできることなんて……たかがしれてる。けど、不条理な暴力で傷つき、屈し、哀しみと痛みを負う人々を一人でも救いたい」
それが悪人しばきの動機か。
「悪人なら自分自身が罪悪感に苛(さいな)まれることなく、気軽にぶっ飛ばせるくらいの気持ちでいいんじゃね?」
「話し合いで解決できないから、手段に訴えるしかないのがこの国の現状なんだ」
少年は膝の上に乗せた手をぎゅうっと握った。本当に悔しそうだ。
国を変えたい……ってか。志(こころざし)でっか。
「一人一人救うのにも限界があんだろ」
「その通りだヤメイ殿。海水に角砂糖一つ落としたところで、甘くなりはしない。俺の自己満足だ。きっと……兄上には……届かな……」
「なに? お兄ちゃんいんの?」
「い、いない! 間違えた! なんでもないですヤメイ殿!」
家庭環境複雑そう。とはいえ、嫡男がいるんで次男が暇を持て余した結果、虐げられし市井(しせい)の弱者と、自身の立場を重ねてしまったんだろうね。知らんけど。
「よし、わかったカゲ君。今後は私も協力しよう」
「えっ!?」
「私は錬金術師だが、大魔導師でもあるんでな。みたところ、少年は身体能力も高いようだが、それに頼りすぎだ。魔法の才能もありそうだから、ちょっと家庭教師してやる」
魔族で貴族。所謂(いわゆる)魔貴族ってんなら、血統才能が一般人よかあるはずだ。
「ヤメイ殿!? そ、それはまことか!?」
七色の瞳が丸くなる。
「ある人物から、才能と気概溢れる者に投資することを勧められたもんで。カゲ君の青い炎のような情熱に私は心を打たれた。協力したい」
「転移魔法を……教えてくださると?」
「どこにでも一瞬で跳んでいって、助けを求める人を救う。格好いいと思わんか?」
少年は立ち上がると私の元にすり寄るように近づいた。
両手をとって握る。
「ぜ、是非! 是非お願いします! ヤメイ殿……いや、し、師匠!」
「は?」
「今日からお師匠様と呼ばせてください!!」
熱い眼差しに私は「お、おう」と首を縦に振っていた。
――なんか、八万魔貨払って大魔導師に弟子ができましたとさ。
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