【本文】
ウェーブがかった金髪のセミロングウイッグを調整。前髪もバッチリ決まった。
足下は赤いヒール。やや低めにした。だってね、普通にピンヒールだと身長が190㎝とかいっちゃいそうなんだもの。
美脚を包むのは黒のガーターストッキング。うっすら透けている。
ムダ毛も綺麗に処理。やるからには徹底的に。
タイトな赤ベースのドレスに、差し色は黒。メイクは薄手。素材の良さで勝負である。
遠くから見れば、シャンシャンの大型版という感じだ。胸とかは盛ってないし。
で、サングラスも標準装備である。
黒のポーチを小脇に抱え、いざブラックマーケットから裏道へ。
建物の壁と壁に挟まれた、逃げ場の無い暗がりにさしかかる。
来た――
本日の輩は、緑肌で全員身長二メートル越えのつるっぱげたオークのおっさんたちだった。
全体的に丸っこいフォルムだが筋肉ダルマである。こいつらの図体に比べれば、いくらか私は華奢で清楚で乙女なサイズ感だ。
オークどもの中でも、ひときわ下顎の牙が長いリーダー格が進み出る。同時に、お供の五人が私の背後に回り込み、逃すまいと鼻息も荒い。
牙長がにじり寄る。
「おうおうネエちゃん! オレらと遊んでかねぇ? 胸はねぇけどタッパのあるガッチリ系だなぁ? そういう女を力尽くでわからせてやんのが楽しいんだよ。そんな格好で裏路地に来てるなんて、ネエちゃんも好きなんだろ? なぁ?」
下品に口元が緩む。
私は声も上げない。後ろに下がろうとして部下連中に退路を断たれたと気づく素振り。
そこから壁を背にする。
リーダーオークが壁ドンで私の上から覆い被さった。絶体絶命……。
その時――
「待てい!」
頭上から響く声にオークたちが周囲を見回した。
黒い影が颯爽と建物の角から飛び降りて、いきなりリーダーオークの顔面を蹴りつける。
落下のエネルギーを利用して踏むような一撃だ。小柄な少年の体重が重力加速によって数倍の破壊力を生み、牙長オークの顔面が地面にめり込んだ。
「女性に暴行しようなど言語道断! 問答無用で成敗するッ!!」
リーダーを一撃で沈められ、オークたちはざわついた。ひるんだ。少年の視線の威圧に大男たちの腰が引ける。
誰かの「ま、待ってくれ!」の言葉も切り捨て御免。ま、実際には峰打ちなんだが、忍者刀でバッタバッタと張り倒した。
私は壁際で膝を抱えて屈(かが)み俯(うつむ)く。
黒装束の忍者はあっという間に悪漢どもをお掃除完了。
「大丈夫ですか? お嬢さん?」
少年にしては口調が丁寧だ。男に襲われかけた女性に対するケアの心を感じ取った。
うむ。カゲ君。こうなったらラーメンとは言わない。
焼き肉行こう。特上タン塩をごちそうしたくなった。
立たせようと腕を差し出す忍者に、私も手を伸ばす。ただし、我が手は彼の手をすり抜けて、そのままメンポをぎゅっと掴んだ。
顔を上げる。サングラスを見てカゲ君はすべて悟ったらしい。
「な、なにぃッ!?」
私はうむと頷(うなず)き。
「かかったな少年! 私だよ!」
そのままの勢いで、彼の口元を覆うマフラー状のメンポを剥ぎ取った。頭巾ともどもすぽっと抜ける。
少年の顔があらわになる。
まだかすかにあどけなさが残る、青年と少年の狭間のような相貌(そうぼう)だった。
目鼻立ちは整い、肌つやもあり血色も良い。
髪は耳を覆うくらいにはある濃い紫で、ツンツンと毛先が尖っていた。
何より特徴的なのは、メンポの合間から垣間見えていたその瞳。
大きい。そして……虹彩は七色。まるで――
サッキーである。少年版のサキュルというのが第一印象だった。
思わず声が漏れる。
「あっ……」
少年は距離をとり身構えた。
「み、見るな! クッ……まさかこの顔をさらすことになるとは……しかも、お前……その様子だと知っているな!?」
独り興奮するカゲ君だけど、知ってるもなにも知人のそら似ってなだけだ。
「何を知ってるって?」
「この顔のことだ! 世間に正体を隠してきたというのに……もうおしまいだ」
「はぁ? 貴様のことはカゲという名前以外知らんぞ」
「だけど、今『あっ』って言ったじゃないか?」
「知り合いにちょっと似てて驚いたんだ。で、貴様はなんで顔を隠してたの? はは~ん。わかったアレだろ。指名手配されてんでしょ」
カゲ君は言葉に詰まる。図星、ついちゃったかなぁ?
私は名推理の続きを語った。
「だからお礼に飯に誘っても、顔バレするんで遠慮して逃げてた……ってこと? どう? 合ってる?」
少年は刀を鞘に収めると、胸元で腕組みしてキリッと直立した。
ゆっくり首を縦に振る。
「いかにも。俺は追われる身。悠長に飯などおごられている場合ではない」
「それじゃあ何度も何度も何度も助けられたり見守られたりした、私の気持ちが収まんないでしょうが! 正義のヒーロー気取るなら、市民の感謝にも応えなさいよ!」
「ウッ……」
なんだろうか。上手く刺さったらしく、忍者がひるんだ。
「ほら、飯行くぞ少年」
「ど、どうしてもか?」
「もう顔覚えたし逃げても無駄だからな。つーか、通報する」
「ひ、卑怯な!」
「なんとでも言え。私は正義の味方気取りする奴が、朝のコーヒーの次くらいに大好きなんだ!」
「その構文は戦争の次に嫌いとか、ネガティブな時に使うものでは?」
ツッコミ○。シャンシャンがボケに回っている昨今、貴重すぎる。ますます気に入った。
「知るか! さあ、どうする? このまま公権力に突き出されるのと、私に焼き肉をおごられるのと」
「で、では……超高級炭火焼肉の幽玄亭……離れの間のシャトーブリアンコース……客単価四万魔貨……ど、どうだ! そこ以外の店は認めない!」
なんと、少年のくせに贅沢な。
「い、い、いいだろう。そんくらいごちそうしてくれるわ!」
「お兄さん、声、震えてるぜ?」
「う、うるせー! 今はお姉さんだ!」
女装代金+焼肉代で今日まで稼いだ魔貨が全部消えそうだ。
すまぬ、すまぬ。長女ズに妹ちゃんよ。
ハァ……聖貨ならロリコア書庫に貯金がいくらかあるんだけどな。
とはいえ男に二言なし。
カゲ君はメンポで顔を再び隠し、私もいい女の姿で大通りに出る。馬車を掴まえ店へと向かった。
「馬車代折半できないかなカゲ君」
「そっちもちでしょ、常識的に考えて」
と、少年がふっとメンポからのぞく瞳を丸くした。
「ところで、お兄さん……今はお姉さんかもしれないけど、名前は?」
「ヤメイ・サウオー。錬金術師だ」
いつもの偽名がスラリと出た。とりま、カゲ君も話を聞いてくれるようだし、超高い肉を食いながら、なんであんなことを……人助けをしてるのか訊(たず)ねてみよう。
以前、ロリな書庫の主が言っていた。
見込みのあるものに「投資」すべき。と――
金は無いが、私はこの少年の活動を支援したい。焼肉代は初期投資費用である。
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