目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

79.私が餌(ベイト)になるんだよ!


【本文】


 ウェーブがかった金髪のセミロングウイッグを調整。前髪もバッチリ決まった。

 足下は赤いヒール。やや低めにした。だってね、普通にピンヒールだと身長が190㎝とかいっちゃいそうなんだもの。


 美脚を包むのは黒のガーターストッキング。うっすら透けている。


 ムダ毛も綺麗に処理。やるからには徹底的に。


 タイトな赤ベースのドレスに、差し色は黒。メイクは薄手。素材の良さで勝負である。


 遠くから見れば、シャンシャンの大型版という感じだ。胸とかは盛ってないし。


 で、サングラスも標準装備である。


 黒のポーチを小脇に抱え、いざブラックマーケットから裏道へ。


 建物の壁と壁に挟まれた、逃げ場の無い暗がりにさしかかる。


 来た――


 本日の輩は、緑肌で全員身長二メートル越えのつるっぱげたオークのおっさんたちだった。


 全体的に丸っこいフォルムだが筋肉ダルマである。こいつらの図体に比べれば、いくらか私は華奢で清楚で乙女なサイズ感だ。


 オークどもの中でも、ひときわ下顎の牙が長いリーダー格が進み出る。同時に、お供の五人が私の背後に回り込み、逃すまいと鼻息も荒い。


 牙長がにじり寄る。


「おうおうネエちゃん! オレらと遊んでかねぇ? 胸はねぇけどタッパのあるガッチリ系だなぁ? そういう女を力尽くでわからせてやんのが楽しいんだよ。そんな格好で裏路地に来てるなんて、ネエちゃんも好きなんだろ? なぁ?」


 下品に口元が緩む。


 私は声も上げない。後ろに下がろうとして部下連中に退路を断たれたと気づく素振り。

 そこから壁を背にする。


 リーダーオークが壁ドンで私の上から覆い被さった。絶体絶命……。


 その時――


「待てい!」


 頭上から響く声にオークたちが周囲を見回した。


 黒い影が颯爽と建物の角から飛び降りて、いきなりリーダーオークの顔面を蹴りつける。


 落下のエネルギーを利用して踏むような一撃だ。小柄な少年の体重が重力加速によって数倍の破壊力を生み、牙長オークの顔面が地面にめり込んだ。


「女性に暴行しようなど言語道断! 問答無用で成敗するッ!!」


 リーダーを一撃で沈められ、オークたちはざわついた。ひるんだ。少年の視線の威圧に大男たちの腰が引ける。


 誰かの「ま、待ってくれ!」の言葉も切り捨て御免。ま、実際には峰打ちなんだが、忍者刀でバッタバッタと張り倒した。


 私は壁際で膝を抱えて屈(かが)み俯(うつむ)く。


 黒装束の忍者はあっという間に悪漢どもをお掃除完了。


「大丈夫ですか? お嬢さん?」


 少年にしては口調が丁寧だ。男に襲われかけた女性に対するケアの心を感じ取った。


 うむ。カゲ君。こうなったらラーメンとは言わない。


 焼き肉行こう。特上タン塩をごちそうしたくなった。


 立たせようと腕を差し出す忍者に、私も手を伸ばす。ただし、我が手は彼の手をすり抜けて、そのままメンポをぎゅっと掴んだ。


 顔を上げる。サングラスを見てカゲ君はすべて悟ったらしい。


「な、なにぃッ!?」


 私はうむと頷(うなず)き。


「かかったな少年! 私だよ!」


 そのままの勢いで、彼の口元を覆うマフラー状のメンポを剥ぎ取った。頭巾ともどもすぽっと抜ける。


 少年の顔があらわになる。


 まだかすかにあどけなさが残る、青年と少年の狭間のような相貌(そうぼう)だった。


 目鼻立ちは整い、肌つやもあり血色も良い。


 髪は耳を覆うくらいにはある濃い紫で、ツンツンと毛先が尖っていた。


 何より特徴的なのは、メンポの合間から垣間見えていたその瞳。


 大きい。そして……虹彩は七色。まるで――


 サッキーである。少年版のサキュルというのが第一印象だった。


 思わず声が漏れる。


「あっ……」


 少年は距離をとり身構えた。


「み、見るな! クッ……まさかこの顔をさらすことになるとは……しかも、お前……その様子だと知っているな!?」


 独り興奮するカゲ君だけど、知ってるもなにも知人のそら似ってなだけだ。


「何を知ってるって?」

「この顔のことだ! 世間に正体を隠してきたというのに……もうおしまいだ」

「はぁ? 貴様のことはカゲという名前以外知らんぞ」

「だけど、今『あっ』って言ったじゃないか?」

「知り合いにちょっと似てて驚いたんだ。で、貴様はなんで顔を隠してたの? はは~ん。わかったアレだろ。指名手配されてんでしょ」


 カゲ君は言葉に詰まる。図星、ついちゃったかなぁ?

 私は名推理の続きを語った。


「だからお礼に飯に誘っても、顔バレするんで遠慮して逃げてた……ってこと? どう? 合ってる?」


 少年は刀を鞘に収めると、胸元で腕組みしてキリッと直立した。


 ゆっくり首を縦に振る。


「いかにも。俺は追われる身。悠長に飯などおごられている場合ではない」

「それじゃあ何度も何度も何度も助けられたり見守られたりした、私の気持ちが収まんないでしょうが! 正義のヒーロー気取るなら、市民の感謝にも応えなさいよ!」

「ウッ……」


 なんだろうか。上手く刺さったらしく、忍者がひるんだ。


「ほら、飯行くぞ少年」

「ど、どうしてもか?」

「もう顔覚えたし逃げても無駄だからな。つーか、通報する」

「ひ、卑怯な!」

「なんとでも言え。私は正義の味方気取りする奴が、朝のコーヒーの次くらいに大好きなんだ!」

「その構文は戦争の次に嫌いとか、ネガティブな時に使うものでは?」


 ツッコミ○。シャンシャンがボケに回っている昨今、貴重すぎる。ますます気に入った。


「知るか! さあ、どうする? このまま公権力に突き出されるのと、私に焼き肉をおごられるのと」

「で、では……超高級炭火焼肉の幽玄亭……離れの間のシャトーブリアンコース……客単価四万魔貨……ど、どうだ! そこ以外の店は認めない!」


 なんと、少年のくせに贅沢な。


「い、い、いいだろう。そんくらいごちそうしてくれるわ!」

「お兄さん、声、震えてるぜ?」

「う、うるせー! 今はお姉さんだ!」


 女装代金+焼肉代で今日まで稼いだ魔貨が全部消えそうだ。


 すまぬ、すまぬ。長女ズに妹ちゃんよ。


 ハァ……聖貨ならロリコア書庫に貯金がいくらかあるんだけどな。


 とはいえ男に二言なし。


 カゲ君はメンポで顔を再び隠し、私もいい女の姿で大通りに出る。馬車を掴まえ店へと向かった。


「馬車代折半できないかなカゲ君」

「そっちもちでしょ、常識的に考えて」


 と、少年がふっとメンポからのぞく瞳を丸くした。


「ところで、お兄さん……今はお姉さんかもしれないけど、名前は?」

「ヤメイ・サウオー。錬金術師だ」


 いつもの偽名がスラリと出た。とりま、カゲ君も話を聞いてくれるようだし、超高い肉を食いながら、なんであんなことを……人助けをしてるのか訊(たず)ねてみよう。


 以前、ロリな書庫の主が言っていた。


 見込みのあるものに「投資」すべき。と――


 金は無いが、私はこの少年の活動を支援したい。焼肉代は初期投資費用である。


【リアクション】

いいね: 5件


------------------------- エピソード80開始 -------------------------

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?