【本文】
魔帝都の雑多な町並みで二時間ほど追いかけっこ。
したんだが――
結局、カゲを掴まえることはできなかった。
最後に見失ったところで、ふと気づく。
城壁の張り巡らされた魔帝都のランドマーク。
ツインタワーキャッスルがそびえ立つ、中央区画のど真ん中に私は行き着いた。
二本の塔のような建物が並び立ち、塔の中層あたりに連絡通路がかかっている。
二百メートルを超す高層建築だ。聖王都の優美な宮殿風の城と比べると、華燭さを廃した四角く白い面白みのない、ただデカいだけって感じだな。
どうやって作ったんかと思う。きっと、元からこの場所にあった遺跡やらなんやらを改修でもしたんだろう。
で、城の周囲は防護壁に囲われて、要所要所に黒い制服姿の警備兵が並んだ。
不用意に近づけば即、職質かけますよ的な雰囲気がぷんぷん匂う。
ゴミゴミとした市街地と違って、ツインタワーキャッスル周辺は整然と舗装路に囲まれ、他に建物がない。
カゲを見失ったのは、確かにここなんだが……どこに消えたんだあの少年は。
まさか、城内か?
ぱっと見だが、簡素な塔のようでいて高い結界魔法の気配を感じる。
恐らくは、私の転移魔法による侵入を弾くだろう。地底湖のロリコア書庫がそうだったように、主の許し無く立ち入ることはできない……か。
首をひねる私の元に、黒制服に警邏帽を被った、緑鱗の爬虫類系魔族がやってきた。
「そこの人間、この場所がどういったところか知らないのか?」
「上京したてなもんで」
「魔皇帝様が居城、ツインタワーキャッスルだ。下民に用などなかろう」
「はー、そりゃ知りませんでした。確かに、一般人が皇帝陛下にお目通りなんてできないですよね」
「なんだその平坦な口ぶりは? 黒ずくめにサングラスとは怪しい奴め」
「そういう貴様とて黒ずくめだろうが」
「これは制服だ」
「なんかこの辺りに、同じく黒の忍者装束姿の少年、来ませんでしたか?」
「ん? 話をそらすな。知らないぞ」
二つに割れた舌先をチロチロさせるトカゲ野郎。表情は読み取りにくいが、まあ、ぽかんとしてる様にもみえる。
「立ち去らなければ逮捕拘禁する」
「はいはいわかりましたよっと」
私は城前から撤退した。
今のところ、魔皇帝には用が無い。最近はキャンプも平和そのものだ。
にしても忍者少年、本当にどこに消えたんだ? あいつも私同様に転移魔法使えるんか?
なら、二時間も町中でチェイスなんてありえなくね? 跳んで逃げればいい。
ま……久しぶりに良い運動になったな。ちょうど腹もペコだ。
せっかく都会に出てきたんだし、飯でも……と、思ったんだが、すでにランチ営業の時間はどこも過ぎていた。
次の機会にするか。
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で、翌日も黒炭をブラックマーケットで販売。私は背中にのぼり(旗? みたいなアレ)をしょった。
ひらひらと揺れる布地には「お金持ってます」の文字列。
もうこれ100%狙われるでしょ。輩(やから)に。
裏路地に迷い込むとすぐに、昨日の青鬼連中みたいなの(今日は赤鬼でした)が私を取り囲んだ。
「おいオッサンなめた格好してんじゃねぇか! 金持ってんならよこせよ!」
「オッサンではないお兄さんだ。きゃああああ! 誰かあああああ! ここから助けてくれる正義の味方いませんかああああああ!」
路地裏の暗がりで私が叫ぶと――
「待てい! 魔帝都の平和を乱す不埒(ふらち)な者たち!」
とう! と、一声、空から響いて黒装束の忍者が着地する。
メンポで隠した顔を上げ、悪人どもより先に私と目が合う。つっても、こっちもサングラスしてるんで視線のやりとりってんでもないけれど。
「って、またお前か! グラサンの人ッ!」
「助けてくださいお願いします」
以下省略。カゲ君は暴漢たちをバッタバッタと峰打ちでなぎ倒した。ここからが本番である。
私と彼の追いかけっこ(二日目)が始まった。今度は港湾地域に逃げたカゲを追う。
が、ぐるり巡って二時間後には、再びツインタワーキャッスルの前で少年を見失った。
緑鱗トカゲ警備兵が、城門近くから私の元にやってくる。
「またか」
「いやー、迷子になっちゃって」
呆れたトカゲが「しっし」と、犬でも追い払うように手の甲を振った。
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三日目――
警戒したのかカゲ君は助けにこなくなってしまった。いや、いるんだ。建物の上の方に。なんかスタンバってんだけど、怯えた野良猫みたいに降りてこない。
本当に私が危ない目に遭うまで見定めているんだろう。なにせ、本気を出せば私がこの場から逃げ切れることは、過去二回のチェイスで忍者も理解している。
あー本当に降りてこないよ。こっちが手を振るとそっぽ向くし。
仕方が無いので私を囲んでくる暴漢たちは、極大破壊魔法(非殺傷モード)で撲殺対応。ちょっと物騒な感じがするけど、死なない程度に殺し……しばいておいた。
四日目――
私に自衛力があるとしれてしまったので、ますますカゲは降りてこなくなった。
んもー。どうしたら助けてくれるんですかね。
こっちは助けられたくて仕方が無いのに。
五日目――
こうなったら変装でカゲ君を騙すしかない。
私は禁断の手を使うことにした。
そう……女装である。男にしかできない高尚な趣味とも言われているな。
元聖女とピンドラが焼いた黒炭を売った魔貨で、私の身体に合うサイズの女物の衣類を購入。
魔帝都にはそういう趣向のための専門店もある。
で、メイクもばっちり。無論、グラサンはしたままだが、スタイリッシュなレディーの装いで、私は襲ってくれる暴漢を求めて裏路地の奥へと吸い込まれるのだった。
自分で言ってて、わけわからんぜ。
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