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77.まともな奴ほど生きにくい世界なら飯くらいおごってもバチはあたらないでしょ


【本文】


 私を取り囲んだ暴漢ブルーゴブリンズ(青鬼?)を、忍者は弧描くステップで右から順番に倒していった。


 全員峰打ちだ。ほら、アレよ。首筋の頸動脈をトンってやる感じでね。

 あまりに早いもんで、リーダ格の上半身だけムキマッチョが呆然と立ち尽くす。


 仲間はバタバタ倒れていって、残るはマッチョのみだ。


「な、なにしやがるテメェ! こっちはまだ手を出してないんだぞ!?」


 忍者は切っ先を青鬼の額にスッと向けた。


「手を出すつもりはあったというんだな!?」


 メンポのおかげで目しか見えないんだが……なんか、どっかで見たような色だ。


 脇で見ている私でさえ、ゾクッと背筋が寒くなる気がした。


 なかなか出せない「圧」だ。


 リーダー鬼はその場で跪いた。


「お、俺が悪かった! 堪忍してくれぇッ!」


 デカい上半身を亀みたいに縮こめて額を地面に擦り付ける。


 忍者は小さく息を吐く。


「そうか。解れば……」


 刀をスピンさせ、背中の鞘に器用に収納した刹那――


「なんて言うかよヴァアアアアアアアアカ!」


 一呼吸置かず、リーダー鬼は立ち上がる勢いで忍者……ではなく、私にタックルするとそのまま羽交い締めにしてきた。


 なぁにぃ? もしかして人質ですか?


 見た目ほどには馬鹿力だ。


 で、困ったことにこうなると、転移魔法がちょっぴり不便。


 相手に掴まれると、そいつと一緒に跳んでしまうわけよ。この性能のおかげで人や物を自由に運べるんですけどね。


 忍者は……ひるんだ。


「クッ! 人質とは卑怯だぞ!」


 忍者君さぁ。若いのかな?


 青鬼は私の首をチョークスリーパーでっぽく締め上げる。


「こいつの首をへし折られたくなければ、武器を捨てろ」


 気絶したっぽかった部下たちも、なんやかんやでタフらしくよろよろ立ちあがりだした。


 私は人質。激オコな輩(やから)に囲まれて、忍者はピンチである。


 リーダー格がアゴで指示した。


「袋にしちまえ!」


「「「「「「おう!」」」」」」


 五人の部下に紛れて、なんとなく私も返事をしてみた。


 と、青鬼リーダーがキレる。


「テメェが返事してどうすんだよ!? 人質だろうが?」


 言ってるそばから、五人の青鬼が忍者を蹴る殴るし始めた。


 忍者は耐える。ウッとかグッとかグアッとか、ダメージボイスのバリエーションが豊富だこと。


 うーん、見てられん。


 私は後ろから首を絞めるリーダー鬼の足に、かかとをめり込ませた。


「んぎゃッ!?」


 変な声を上げたムキマッチョ鬼の股間目がけて、今度は後ろに足を蹴り上げる。股間を強打。


「ぎゃっ! な、なにしやがるぅッ!!」


 拘束が緩んだ瞬間、私はすいっと腕から抜け出した。


 リーダー格は自身の股間を押さえて前屈みだ。


 ビシッと指さす。


「なにもうんこもないでしょうが。ちょっと間違えて貴様の足を踏んだら、変な声あげやがって。驚いた私はつい、足をばたつかせてしまったのだ。すると触れたくも無い男の股間にハードヒットしちまったってわけよ。これは事故だ」


 金的鬼(なんか呼び名が色々つくなこいつ)が涙目で吠えた。


「なんで説明的なんだテメェ!」


 と、言ったか言わないかのタイミングで、忍者は刀を再び抜き払い、囲む五人を峰打ちでブチのめした。殺さない程度にはしてるんだろうが、三人が地面の石畳に沈み、二人が建物の壁にめり込んでいる。


 魔族って丈夫みたいだね。あははは。今度こそ連中はピクリともしなくなった。


 死んだか? ま、どっちでもいいけど。


「覚悟はいいな」


 鋭い眼差しがムキマッチョを再び補足。


「ひいいいぃ! お、お助け……」

「二度目は無いと知れ」


 一瞬で距離を積め、マッチョと忍者の影が交錯した。


 ずしんと重い音をたて、巨体が地面に沈む。


 忍者はふぅと息を吐いた。顔を黒布で覆ってるようなもんだが、息苦しくはないんかね。


 刀を収め私を見る。その目の色は……虹彩は七色の煌めきだ。


「大丈夫かお前? 怪我は?」

「超怖かった殺されるかと思った。魔帝都の治安最悪なんだが」

「そうか……すまない」

「なんで貴様が謝るんですか?」

「え? いや、別に……」

「だいたいなんなの? 正義の味方ごっこ?」


 忍者は自身の顔の辺りを開いた手のひらで覆うようにして、決めポーズを作った。


「ごっこではない。俺が正義だ」

「ふーん、つまり変人か」

「へ、変人でもない! い、いいか人間よ。この国では人間を下に見る風潮がある。金を持っていれば奪われるのだ。知らぬということは旅人だろう。今後は冒険者を用心棒に雇うなり、大通りだけを利用するなり気をつけることだ」


 ご丁寧に忠告までしてくれた。

 あれ、いい人じゃね? こいつ。


「あ、はい。そうします。というか貴様、さっき私が人質になった時、なんでやられっぱなしだったんだ?」

「この鬼魔族は人間なんて簡単にひねり殺す腕力と精神を持っている。俺が抵抗したら、お前は殺されていた。偶然、足を踏んで暴れた結果、ラッキーな金的になり逃げることができたからよかったものだが……」


 なるほど。うん。

 珍しくまともな奴だ。まともすぎて、魔帝都で生きていくのがしんどうそうではある。


 適度におかしいくらいじゃないと、精神が靴底みたいにすり減るばかりのお土地柄だぞ。


「ありがとう少年。名前をうかがってもいいか?」

「しょ、少年ではない! が、名前……か。そう、俺の名は……カゲ。暗い魔帝都の闇に忍び、悪の芽を摘む正義の執行者だ」


 登場シーンからずいぶん派手にやらかしてましたけどね。まったく忍ぶつもりがないじゃないか。


 とりま――


 なんとなーく手をのばし、カゲの胸をもにゅっと揉んでみた。


 私の手には……感触なし。平板である。よかった、ちんちんついてそうだ。


「な、なにをするッ!?」

「いや、実は女でしたとかそういうのじゃないか、チェックしたんだよ」

「意味が分からないぞ! し、しかし、油断していたとはいえ、俺の間合いにこうもあっさり入り込むなんて……ぐ、偶然だとは思うけど」


 焦ったのか中二病の中に、ピュアなボーイの口調が見え隠れ。


 カゲがじっと私を見る。

 玉虫色の虹彩だ。


 なんか、似てるような。ま、気のせいか。気のせいだろ。気のせいであれ。


 少年忍者はくるりと踵(きびす)を返した。


「もう会うこともないだろう。さらばッ!」

「待て少年。お兄さんは感謝している」

「言葉と気持ちで十分だ」

「こっちの気持ちが収まらないんでな。今から一緒に、飯いかね? おごるから。さっきの売り上げもあるし」

「いや、遠慮しておく。ではな」


 忍者は細い路地の奥へと走り出した。

 短距離転移魔法で次の突き当たりの角に跳び、彼がやってきたところで前に立ちはだかる。


「そう言うなって少年。何好き? ラーメン? 肉?」

「――ッ!?」

「いいから飯おごらせろ貴様!」

「ど、どうやって回り込んだ!?」

「知りたかったら話してやるから、なんか食おうって」

「クッ……さ、さらばッ!」


 少年は逆走した。


「あっ! 待ってってばあああああああああああ! 一緒にぃ! ご飯んんん! 食べましょうよおおおおおおおおお!」


 身体能力が高く、追いかけてもぐんぐん引き離される。なら、短距離転移魔法で先回り。


「ね、ほら、私から逃げられると思ってんじゃないよ」

「ひいいいいっ!」


 あっ……悲鳴あげちゃった。



 こうして「絶対にご飯をおごりたい私」VS「絶対にご飯をおごられたくない忍者」の追いかけっこが、魔帝都のブラックマーケット近辺で開催されるのでした。


 跳んでも走っても壁を乗り越えても、蹴って蹴っての三角飛びで建物の屋上に達しても、この大魔導師からは逃げられない。


 貴様がどれほど拒否しようと、私が絶対に美味しいものを食べさせてくれるッ!


 逃げるな! 逃げるんじゃない少年よ!


 久々にまともな奴と出会ったのだ。少しくらい私の愚痴を聞いてくれても……おっと、本音が漏れたな。


 ともかく楽しく気兼ねなくお喋りしながら仲良くなりたいんだよ! 普通の感性をもった貴様とな!


 絶対に逃がさない。食後のデザートとコーヒーで一服するまでは。


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