皇国騎士団副団長令嬢ハオルチア・フォン・ベイエリーはそのイケメンな容姿と強さと性格から、女性に大人気、激モテなご令嬢である。
男性からも男前! とその豪腕を敬われており、いわゆる人気者だ。
本日の予定は、日中開催のパーティーへの参加。
ハオルチアの長身を更に美しく見せるバッスル型のドレスで主催者である公爵家の奥様と優雅に踊り、並み居るご令嬢方をときめかせて大活躍。しかしながら、早々に退出をしてきていた。
それと言うのも、ハオルチアの婚約者たる騎士団団長令息が彼女をエスコートせず、その上、婚約者の有る無しに拘わらず見目麗しい令息には平等に親しくされると
そのご令嬢は婚約者よりもハオルチアに見とれていたようだが、それは正直どうでもよかった。ハオルチアが気になること、それは、あの令嬢は確か招待はされていなかった筈だがということだけである。
確か、男爵令嬢だっただろうか。
因みに、副団長令嬢ハオルチアと婚約者の出自はともに侯爵家である。
家格は対等か、歴史からすると令嬢家の方が上。にもかかわらず、恐ろしいことに婚約者は自分自身の魅力でどうとでもなる、と思っているらしいのだ。
どうやら、彼の脳内ではハオルチアが彼にベタ惚れらしい。怖い。恐怖をあまり感じないハオルチアに恐れを抱かせるとは、ある意味すごいことではある。
主催者ご夫妻は婚約者たる騎士団団長令息よりも「むしろハオルチア嬢、貴女に来てもらいたかったのでいらして下さりありがとう」と仰っていたし、大半の子女は彼女の味方。
そもそも、二人の婚約については、人格と力量を皇国騎士団団員から強く広く尊敬されている騎士団団長閣下に比喩ではなく土下座をされた上でのものであるばかりか、破棄と解消については皇国の学院を卒業後は自由にして下さいという婚約内容(令嬢側のみの権利。あちらには万が一の時には公的な手段が求められる)だったし、現在では騎士団団長の奥様に毎度毎度お茶会でこちらが恐縮する程に深くお詫びをされているほどの婚約関係なのだ。
よって、今回の件も特に不快でもない。
「正直、卒業前に破棄してもらえないかなあ……」
ハオルチアは、そう思っている。
実際は、書類上は無理なのだが、『ハオルチア・フォン・ベイエリー! お前との婚約を破棄する!』と、断罪劇場でもやってもらえたら、ハオルチアはきっと、その瞬間に剣舞の一つや二つや三つは舞えるくらいに喜んでしまうことだろう。
そんなことを考えていたら、ベイエリー侯爵家に着いていた。
馬車から降り、邸宅に帰ると、メイド長たるばあやが笑顔で迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「ただ今戻りました。疲れたよ……」
「まあまあお嬢様、次のお出かけのお支度が出来ておりますよ。今日の夕食は料理長がシチューをと申しておりました。時間に合わせてパンも焼き上がりますから。きちんと帰っていらして下さいね」
料理長のシチュー。焼きたてパンも。
何て素敵な響き。
しかもこれから行く先は……。
騎士団を退役した凄腕のメイド達があっという間に着替えさせてくれたそれは、冒険者スタイル。
渡された水分補給用の飲料は、果実水だ。
「……行って参りまあす!」
ドレス姿の時とは雲泥の差。
スキップしたいくらいの衝動を抑えつつ、転移陣を用いて、転移を行う。
転移陣に記された転移先。それは、皇国冒険者ギルドだ。
「ああ、早く銀階級になりたい……」
彼女は現在銅階級。
年齢からすればかなりのものなのだが、現在皇国の学院騎士クラスに在籍中の身なので卒業までは実績があっても昇級が出来ないのである。
これは、学院を退学して冒険者になろうとする者が出ることを防止するためにとされているが、自分の実力もわきまえない者達の護衛役をさせられる冒険者を減らす為というのが真の理由なのだ。
但し、令嬢の様に優秀な人材については実績自体を皇国冒険者ギルドが学院卒業後の昇級用資料として保管してくれているのである。
「そもそも、皇国士官学校生なら階級上限がないのに……同じ騎士クラスなら、友好国の王立学院に留学したかった……」
皇国士官学校生ならは、自分とまともに遣り合える猛者がいる。
そして、友好国の王立学院には人材が揃っていると噂に聞いていた。噂と言っても、父や団長閣下からの伝聞なので信憑性が盤石なものだ。
「……昇級できないのも、それもこれも、全てあの婚約者のせいなんだよねえ」
こんな時には、思い出してしまうことがある。
「……本当に申し訳ない。あいつは皇国士官学校はおろか、皇国学院の騎士クラスにさえ合格が微妙なのだ……」
またまた、土下座されつつの騎士団団長閣下からの懇願のお話である。
要するに、令嬢に託された役目は学院在学中のお目付役。
貴族階級や高位の令息が箔付けに士官学校ではなく騎士クラスに入学する事はままある。だからと言って、真面目に騎士道を学ぼうとする学生に迷惑はかけられない。彼等は信念、何なら将来を賭けているのだから。
あの婚約者では、実力もないくせに騎士団団長令息である事を鼻に掛けて……などはやる。絶対に。
因みに、騎士団団長ご夫妻が令息に甘くていらっしゃる、などと言うことはない。
冷静にきちんと言葉と態度で。本当にいけない時には力で。それも、かなり控え目に、きちんと諭しておられるのだ。
それでも、婚約者の性根は治らない。治らないくせに、やたらと見た目は美しいから性格が屑でも良いという一部の女性達からはモテている。
……が、ハオルチアの方が大人気。そりゃそうだ、である。
「こちらはどうかしら? 銅階級には厳しい依頼だけれども。ベイエリー侯爵令嬢なら大丈夫でしょうから」
「ありがとうございます」
平日は受付嬢、休みの日には冒険者という金階級の実力者、女性副ギルド長から依頼を頂き、緊張のハオルチア。
「……暴れ牛狩り。しかも、依頼は角! やったあ!」
だが、その依頼内容には、思わず、声が出る。
暴れ牛の肉はかなり上質。角も武器や細工物用に喜ばれるが依頼は通常肉の方が多い。今回は高名な細工師からの依頼らしい。
血抜きや解体諸々をギルドに任せるとその分手数料が取られるが、彼女はその辺りも自分で行う。
『婚約記念……にはしたくないからね。婚約解消
念のためにと皇国冒険者ギルドの備品担当者から購入した回復薬をそのマジックバッグに収納し、中からは転移陣を取り出す。
ハオルチアはめぼしい狩り場の転移座標は把握済であるため、転移陣を用いて転移を行うことにしたのである。
「うらうらうらー!」
草原までは、転移陣ならばあっという間。
しかも、今の時間帯は冒険者が少ないから、魔弾も撃ち放題。ハオルチアの魔弾は水魔法を溜めて強烈な威力で撃ち出す手動のものである。
「……楽しい」
更に身体の一部にだけ能力増強魔法を掛けて、びしょ濡れにされて怒り心頭の暴れ牛に豪快な蹴りを決める。
必要以上に魔獣を痛めつけたいわけではないから、早めにとどめを刺す。
血抜きや解体などを終わらせて、清浄魔法も掛けてから綺麗にマジックバッグに収納。
「さあて、と」
討伐後のお楽しみ、解体したてのお肉の味見である。
大地に傷を付けない様に、きちんと処理をしてからマジックバッグから薪を取り出して火の魔法。
下味をつけて、串に刺した肉を周辺に並べる。
ぽた、ぽた。
溶け出す獣脂が食欲をそそる。
「……よおし。いただきまあす!」
いただきます。友好国の食事前の挨拶。食後はごちそうさま。食材に感謝している気がして気に入っている。
……あれ。
視線を感じる。この辺りのボス格、暴れ牛をものともしないハオルチアに向かってくる獣はいない筈だが。なんだろう、とは思ったものの、怪しい気配ではない。
とりあえず、この肉を堪能してからでいいだろう。
ハオルチアは、そう考えていた。