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第2話 女性に激モテな騎士団副団長令嬢は猫王子を護りたい。

「さあてと。気配の源は、と……か、かわいい!」

 近くの草むらの中。そこにいたのは、フワフワでふわふわのもこもこな猫? だった。

 柔らかそうな銀色の毛並みに、賢そうな瞳。

「え、魔獣の猫、魔猫ちゃん? かな? どうしよう、かわいい……」

 皇国冒険者ギルドへの登録の際に受けた魔獣講義や学院の教科書には無かった種類だが、新種なのだろうか。

 とりあえず、探知魔法を。

 ……よし、爪や牙に毒性は無し、と。抱きしめても良い、ってことですね……あ。

 抱きしめるその前に、いや待てもう一つ、のハオルチア。

 健康状態は、うん、大丈夫。少し毛艶が悪いくらいかな。栄養が必要?

 きっと、お腹がすいているんだよね。


「……暴れ牛の肉って、魔物にはあげてもいいんだっけ?」

 マジックバッグから魔物辞典を出そうかと考えていたら、魔猫ちゃんが首をめちゃくちゃ縦に振っている。

「え、言葉、分かるの? 食べる?」

『ありがとうございます!』

 ……うそ、念話?

「……念話って、貴方、魔獣国の王族さんとか、それとも、獣人王国の獣人さん? あ、とりあえず食べて! きれいなお水、は出せばいいや!」

 ハオルチアも念話は多少なら用いることができるが、まだ勉強中だ。この猫? さんがすごいことはよく分かった。


 すごい猫? さん。

 なら、あ、布、お皿も! ときちんと人をもてなす様に準備をしてどうぞ、と言えば。


『本当に感謝に堪えませぬ。我が名は………』

「あれ、名前が聞こえないね。シル……? じゃあ、シルヴァンさんで良いかな? 銀色の毛並みが綺麗だから。食べたらきっと毛艶も良くなるよ!」

『……そう、して下さい……いただきます』

 うわ、この猫? さんでも魔猫ちゃんでもない、シルヴァンさん。絶対どこかの高貴な猫族さんだ。

 大きく開いた瞳まで、銀色。きれいだなあ。

 いただきます、も知識でご存知みたいだし。

 ハオルチアはもぐもぐするもふもふ猫様にうっとりとしていた。


「あ、私は」

『……存じております。皇国騎士団副団長ご令嬢、ハオルチア・フォン・ベイエリー侯爵令嬢』

 いや、すごいな。

 自慢じゃないけど、この冒険者スタイルで女性って初見で分かった人(?)初めてだよ? 

 ハオルチアは、驚いていた。


「ちょいと失礼して……男性ですか。お肉を食べたら皇国冒険者ギルドに行くから、付き合ってね。貴方の捜索願いも出ているかも知れないし……あ、怒った? ごめんなさい、でもね、私の感知魔法だと性別までは分からないんだよ。触ってないから許して、ね。ほら、お肉! あとこれは父上にも褒められた魔法! 見て、美味しいお水を冷やしたよ!」

 そう言って、水魔法と冷却魔法の同時発動で冷たい水を並々と皿の中に注ぐ。


『これは素晴らしい』

 下半身を確認されて、銀色の毛並みを赤くしていた(ように見えた)シルヴァンは、それも忘れて感嘆していた。


 高い魔力と、絶妙な魔力の配合操作。獣にも優しいその心根。

 そして、先ほど拝見した、文句のない強さ。

 ……やはり、この方しかいない。

『私の名前はシルヴァニ・フォン・ラウリンゼ。ラウリンゼ国の第六王子です。お願いします、貴女に婚約者がおられること、皇国の学院卒業後は解消のご予定である事は存じております。婚約を解消されましたら、婚約者になって下さい』

「え、やだ」


 ……うそでしょう、即答? せめて、悩んで!

『な、なんで? いえ、あ、人の時の私の容姿を気にしておられるのですか? こんな呪いを一方的にかけられる程度には美しいらしいです! 誰にも渡したくない、ということらしくて! イケメン、という表現で良いのかも知れませんよ?』

「違う違う。人の時にイケメンとか王子様だとかはどうでもいいんです。あ、猫族の王子様だったらすごく! 嬉しかったけど。人間の王子様とはねえ……とにかく私は今のシルヴァンさんが良いのです。理由は簡単。かわいいから。あとフワフワもふもふだから!」

『……えええ。イケメンはともかく、王子である事よりも、フワフワもふもふが重要なのですか?』

「重要ですよフワフワもふもふ! それから、うちの侯爵家は私が継いでも継がなくても良いって言われてるし、イケメンは性格屑な婚約者がいるからあんまり……。あと恐縮ですが私、女性にもてるみたいなんですよ。私もイケメン? なのかも。だから、王子様が嫉妬されてこのフワフワでもふもふの素敵なお体に何かされたりしたら嫌だし……と言うわけで、他に誰かを探して下さい。ラウリンゼ国は力が強い方を尊ばれるお国であられますよね? だから、そのお姿も力が強い方を探される為なのでしょう? あ、強い愛の力とか! 当たりですね? 真実の愛、即ち強い愛の力を持つお方、そういうお相手を見付けられたら、名残惜しいですがおそばから離れますからね、ご安心下さい!」

 だから、それまではシルヴァンさん、そして王子様のお世話をさせて下さいね!


 ハオルチアは、決意をしていた。

「うわ、嬉しいなあ、王子様をお守りできるなんて護衛騎士みたいです! ご安心ください、必ず私が貴男をお守りいたします」

 どっちがイケメンなのかなあ? とツッコみたくなるようなイケメン、ハオルチアにキメ顔で言われたシルヴァン。

 あと、誰にも渡したくない、とかは花嫁捜しの設定だと思われているのだ。



 しかし、実は、ハオルチアは知らない真実がある。と言うか、ハオルチアは、忘れている。

 嘗て、王子が国賓として皇国にいらしていた際の歓迎パーティー。

 騎士団の誰もが気付かなかった暗殺者に気付いたハオルチアがマーメイド型の美しいドレス姿で華麗にソバットを決めてナイフをたたき落とし、脳天に扇を直撃させ気絶させて、そのまま何食わぬ顔で王子を控え室にお連れした、そのことを。

 因みにハオルチア、暗殺者の事はしっかりと覚えている。かなりの手練れだった。

 倒した相手は忘れない。それが(女性に)激モテ令嬢ハオルチア・フォン・ベイエリー。

 王子シルヴァニは、それからたいへんに頑張ったのだ。

 強くて美しい皇国の侯爵令嬢と恋仲になる資格を得る為に。

 第六王子と言うことで、婿入りも許可された。ハオルチアの言ったとおりで、王子の国は知力体力魔力等、力がある人間を尊重する国。  

 それから、実は母上、王妃様がハオルチア嬢のファンだったのだ。ありがたいと王子は思った。

 ハオルチア嬢には婚約者がいるとのことだが、あくまでも在学中の仮も仮だと王国の近衛隊隊長が教えてくれた。

 彼は、ハオルチア嬢のお父君と親しく、生まれた国は違うものの、会えば拳を交わす間柄らしい。


 そして、努力の甲斐があり、つい最近のこと。

 とりあえず一度、あの国に行っても良い、と許可が下りた。皇国じたいを確認して、留学なども検討しなさいと。

 ありがとうございます! とウキウキとしていたら、王子は出発前日に公爵令嬢に薬をかけられてしまった。

 なんてことだ、である。

『殿下の事は諦めますから最後に二人だけでお会いしたいのです』

 そう言われて、皆が油断をした結果だった。

 勿論、警護の者達はきちんと職務にいそしんでいた。だが、いわゆる公爵令嬢としては有り得ない強大な魔力を用いて隠蔽魔法で特殊な薬品を隠し持っていたのである。

 心に決めた方がおります。王妃にも認めて頂いています、ごめんなさい。という断りの手紙を何度も何度も何度も……送った令嬢だった。

 他の家の令嬢は、王妃の存在に恐れをなして諦めてくれていたのに。


『美しい王子様。私以外の人のものにはさせません……』

 そう言う彼女は衛兵にずるずると引っ張られ、彼方に消えた。

 すぐに公爵家に玉璽入りの査察状を携えた騎士団近衛隊が入り、精査をした結果。

 令嬢が家宝を持ち出して下町の秘薬売りから怪しい薬を購入したことが分かった。

 また、令嬢はご丁寧にも日記を残していた。『王子様はこれで誰のものにもならない、寧ろ悲願が叶い嬉しい』と最後の頁に書かれていたのを見た歴戦の勇士たる騎士団員達は吐き気を催したという。


 秘薬売りは逃亡。目下、捜索中だ。

 公爵家は、即刻お取り潰し。

 元公爵令嬢は今のところは魔法医師による治療が可能な病院にいる。

 魔力を薬物で一時的に高めすぎた事による記憶喪失、そして身心摩耗が激しい。

 そして、王子の診察をしてくれた魔法師団長が治す方法を解明してくれた。

『猫族になってしまわれましたこと以外は安全。記憶や頭脳や魔力は王子殿下のまま。お命に何か影響が、などはございません。しかし、元に戻る方法はただ一つ。王子殿下の恋心を隠して、意中の方に愛してもらうこと。それも単身で。協力者は募ってはならないのでございます』

 元公爵令嬢は、難題をぶつけてくれたものだ、と王宮の皆が頭を抱えた。


 これは大丈夫ですからと、師団長からあらゆる魔法を付与してもらい、万が一の時は無意識でも母国に帰ることも可能な身となった。

 ただし、あくまでも猫族のままで、である。


 魔力が王子殿下のままであることが幸いして、多数の魔法付与が可能だったことだけは救いと言えたが、困難であることは間違いない。

 意中の令嬢に会える可能性が高く、最も王子(猫族)を可愛らしいと思ってもらえる時間と場所を師団長達に予測してもらい、成功。

 つまり。計画はうまくいった、のである。

 ……うまくいったけど!


「大丈夫ですよ殿下。うちの者は皆獣や魔獣など、生きものさんは大好きです。お好みの食材は?……あ、すみません、ちょっとだけ……」

 そう言われて大好きな人にフワフワもふもふな腹毛をスーハーされて、顎の下を撫でられて。

「うわあ、最高……素敵……。もう、ずっと一緒にいたいです!」

 さらに、イケメンな笑顔で言われている現状。


 王子殿下。嬉しいか、と訊かれたら嬉しくなくはない。

 でも。

『いつか、人の姿で素敵といって頂くのだ』  

 そう決意をするシルヴァンのお手々のぷにぷに肉球のかわいらしさにまたまたハオルチアの笑顔は止まらない。


「とりあえず、皇国冒険者ギルドに向かわせて下さいね。納品をしませんと。それから我が家へ。そうだ、一緒にお風呂に入りましょうね! お背中をお流しいたします!」


 ……え。

 いけません、だめ! それはだめ!


 シルヴァンは抵抗しているつもりでも、それ即ち、かわいいフワフワもふもふ猫パンチ。

 ハオルチアには、ご褒美以外の何ものでもない。


 そう。ハオルチアの喜びは、止まらない。


 シルヴァンとしての愛され猫族生活。


 シルヴァニ王子のイケメン王子様な日常。


 フワフワもふもふの猫王子殿下の明日は、どっちなのだろうか。


 ……それはまだ、誰にも分からない。


《完》


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