「ご指導ありがとうございましたわ!」
「そういやさ。ちょっと聞きたいことがあってだな」
バレバレな変装をしている九条家の使用人達と一緒に、そそくさと帰ろうとしている不二香を引き留めた。聞きたいことがあったからだ。
「君が倒したがっている相手って誰なの?」
「ん? あなたが聞いてどんなメリットがあるのですの?」
「いや単純に聞きたかっただけ。君はそんな喧嘩ふっかけるタイプじゃないじゃん。どんな相手なんかなと」
「……いいですわ。良い機会ですし、今この場で発表します!『何かとわたくしと龍宮院さんとの関係をよしとせず、はよくっつけやと脅してくる使用人さん』ですわ!」
まさかの九条家身内の人間だった。
もしかしてと思い、使用人達を見流すと、すこぶる驚いている男が目に映った。いかにもわかりやすい。
彼女はその男をキッと睨んだ後、徐に不二香は事情を語り始める。
「わたくしには龍宮院さんという想い人がいるのです」
「想い人ねぇ。強制的に龍宮院を無人島へ連れて来て、二人きりにってことしてそうだな」
「そんな人権侵害的なことはしませんわ! 強いて言うなら……文通を交わしたり」
「人権侵害……よくよく考えたらそうだな。本人の許可なく無人島へ拉致するの、普通ダメだよな」
『実際にやった人がいるんだよね。一歌って言うんだけど、君の姉だよ』と言いかけたが、使用人達の圧を感じ口を紡いだ。
なんにせよ、一歌の妹はまともな倫理観をしている。
「そんなわけでわたくしは、清く誠実な距離感で龍宮院さんと接してたわけです。ですが、ある日そちらにいらっしゃる使用人さんに関係がバレまして。以降、使用人さんに『はよくっつけや』と毎日のように罵声を浴びせられるようになってしまいました」
はたしてそれは罵声なのだろうか。本人の捉え方によっては罵声なんだろうか?
「悔しかったですわ。わたくしにあの使用人さんを倒せる力があれば、そう思った時も数知れず」
「つまり君は、使用人を筋肉でボコすために、スポーツジムに通い始めたんだな」
「そうですわ。あの使用人さんに『龍宮院海斗とはよくっつけや』と罵られるようになったせいで、龍宮院さんを見ると胸が苦しくなるようになってしまいましたの」
ここだけ聞けば、恋を自覚しつつある乙女だな。
「もうそんな気持ちになるのは散々ですわ。なので筋肉を使ってあの使用人さんを倒すことにしましたの!」
「よく言った! 財力に頼らず筋肉で解決しようとする君の心意義。感激したよ! 引き続き最大限のサポートをするぞブラザー。一緒に『はよくっつけや使用人』を成敗しよう」
「はい! お義兄様」
二人で固い握手を交わしていると、ゆっくりと使用人の一人が近寄って来てこんなことを喋り始めた。
「たとえ主君の不二香お嬢様に戦線布告されようと、焦ったい関係は見過ごせない。龍宮院海斗とはよくっつけや!」
「ああ! また言いましたわね!」
今日もスポーツジムは平和である。