佐藤食堂はマンションが立ち並ぶ場所に建っていた。中に入ると、昔ながらの定食屋って雰囲気を感じる。
中に入ると、40代ぐらいの女性の『いらっしゃい』が店内に鳴り響いた。
席に着くと、男性の店員が水をテーブルに置きはじめる。
俺は、名物カツ丼と、この雰囲気が好きで佐藤食堂の常連客になった。
「女将さん! カツ丼一つお願いします!」
「女将さん、キンッキンに冷えたビールをテーブルいっぱい並べてください」
俺の注文と同じタイミングでクレイジーな注文をする客がいた。しかも、よく見てみると九条家の家政婦長だった。
家政婦長もこちらに気が付いたのか、気まずそうにそっぽを向く。
「家政婦長……ですよね?」
あきらかに家政婦長の様子がおかしかったので、意を決して話しかけた。
「……朝陽様ですか」
「敬称つけなくてもいいですよ。それより何があったんですか? 俺でよければ話聞きますよ?」
話すように促すと、家政婦長がポツリポツリと語り始めた。
「先日、九条家のご隠居様に命じられ、一歌お嬢様が通う大学で臨時教授をすることになったのです」
「ご隠居って、一歌の祖父にあたる人? 俺のじいさんの親友でもある」
家政婦長は無言で頷き、こう続けた。
「私は未熟者です。あの大学のレベルだと、彼らに教えれるものは何もありません……」
可哀想に。無理難題を命じられ、憔悴しきっている老人の姿がそこにはあった。
「よくわかんないけどさ、他人事だから好き勝手に言うけど。家政婦長は人生の大先輩なわけじゃん。だから家政婦長の人生を語る講義とかしてみたらいいんじゃないかな?」
「私の人生を語る講義ですか……需要あるのでしょうか?」
「まぁ、個人的な意見だけど、人生の大先輩の言葉を聞きたい層は一定数居ると思うんだよね」
すると、徐に家政婦長が立ち上がり『決心がつきました。老人のお話に付き合ってくれてありがとうございます。講義の準備に参ります』と力強く言った。
頑張ってほしいなって思った。