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祠のいわく

「おい健太けんた……! お前……まさか、あの祠を壊したのか!」

 健太が居間でぼんやりとスマートフォンをいじっていると、怖い顔をした祖父が飛び込んでくるなり彼にそう詰問して来た。

 健太はびっくりして目を瞬いた後、気まずそうに視線を斜めにそらす。そっとスマートフォンの画面もオフにする。


「あー……うん、ごめん。実は昨日、うっかりラグビーの練習してて」

「森ん中でラグビーボールを投げるな、蹴るな! そういうことは広場でやれ!」

 そう。その祠は家の裏手の森の中にあった。

 高校でラグビー部に所属している健太は、まさかそんな脆弱建造物が身近にあるとも知らずに、嬉々としてボールを蹴り飛ばしていたのだ。


 いつにない祖父の怖い顔に、健太も思わず居住まいを正す。

 正座して、恐る恐る祖父を仰ぎ見た。

「ほんとごめんって。ってかあの祠……やっぱ何かヤバいの?」

 呪われた祠を壊した愚かな若者が不幸に見舞われる――文章や映像で、最近よく見かけるホラー展開である。まさか、自分がその愚かな若者になるだなんて。


 腕組みした祖父は、しばし唸った。

「ああ、あれはな……村長がこの前建てたんだよ」

「は?」

 いわくどころか、生まれて間もないホヤッホヤのベイビー祠だったらしい。

 思わず健太も首をひねる。


 なぜわざわざ、祠を建てたのだろうか?


 そんな疑問で不可思議そうな孫の顔を見つめ、祖父は淡々と続けた。

「村長はな、村に箔というか……そう、いわくを付けたいらしくてな。ほら今、ホラーブームがにわかに来ているだろ?」

 祖父の言葉に、健太は困惑から半笑いになる。

「へ? ああ、うん、まあ、割とよく見るけど……」

「だから怪談でも何でも、有名になれば一攫千金も夢じゃないな、となったわけだ」


 浅はかにも程がある。健太は思わず体を捻って、祖父に軽蔑の目を向けた。

「えええぇぇ……そういうのってダメなんじゃないの? だってほら、ヤラセになっちゃうし。バレたらヤバいって……」


 しかし腕を組んだままの祖父が、ここでニコリと朗らかな表情になった。

「いいや、そうでもないぞ」

「え?」

「なにせお前のお陰で、本当に箔付けが出来るわけだからな」


 祖父のこの声を受け、開けっ放しにされていた居間のドアから村の老人たちがゾロゾロと侵入してくる。全員が手に刃物や鈍器を持っていた。

 そして呆然としたままの健太を取り囲む。皆、一様に頬を紅潮させての笑顔だった。


「じいちゃん、これ……どういうこと? え、なんで、刃物……」

 怯える孫の前で身を屈め、祖父はことさら優しい声で言った。

「村に災いをもたらす悪霊になんて、誰もなりたくなくてな。なり手が見つからず、ちょうど困っていたんだよ」

 この言葉が意味するところを察し、健太の体がカタカタと震えだす。


「え……なり手って、おれ、そんな……だって、ただの祠倒しただけじゃん!」

「それでもお前を殺す、理由にはなる――だから、出来るだけ苦しんで死んでくれ」

 そう言い渡されるや否や、健太は背後に立つ老人によって麻袋を頭から被せられた。

 立ち上がった祖父も、背中に隠し持っていた金槌を振り上げる。


***


 ――その小さな村には、とあるいわく付きの場所があった。

 村の北端の、鬱蒼うっそうとした森の中にある祠がそうだった。


 一見するとただの粗末な木製の箱だが、よくよく見るとあちこちに血痕らしき染みが滲んでいた。

 また祠の近くにいると、どこからか若い男性のうめき声がするのだという。

 声を聞いた者には、もれなく不幸が訪れるとも言われていた。


 ネット上では一時期、怪談や肝試し好きのホラーファンの間で有名にはなったものの。

 呪いをもたらす声の正体や、祠の由来については何も分からないため、すぐに下火となり――やがてその村を話題に上げる者も、いなくなったという。

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