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祠ハザード

 自宅の押入れで、真司しんじは祖父と共に身を隠していた。狭い空間に成人済みの男が二人きりで、しかも季節は夏――温度もニオイも諸々最悪の一言に尽きる状況であるが、文句は言ってられない。


 村のあちこちで、異形の化け物が闊歩しているのだ。無数の目と腕を持つ彼らは、村民を見かけると問答無用で走り寄っては襲いかかって来る。

 目と腕はいっぱい持っているのに口はないため、噛まれたり食べられることはない。ただ代わりに、無数の腕を使って器用に衣服をひん剥かれてしまう。

 そして下着一丁になって呆然と座り込む人間を無視し、戦利品こと衣服を無数の目で舐め回すように鑑賞するのだ。どんな性癖もとい習性なのだろう。


 そして今、真司たちの家にも異形が入り込んでいた。窓ガラスを破壊しての侵入――と言いたいところだが、鍵をかけていない玄関から堂々と侵入された。セキュリティという概念がない、平和な農村であることが仇となったのだ。


 異形はヒタヒタと家中を歩き回って箪笥たんすを物色した後、やがて真司の父のアロハシャツを振り回しながら、意気揚々と外へと出て行った。

 ふすまをそっと開け、真司が辺りを伺うと物音一つしなかった。

 いや、外からは絶えず誰かの怒号や悲鳴が聞こえているけれど。今回はノーカンとしよう。


「だから鍵かけとけって、言ったのに……」

 小声で真司がぼやくと、祖父がギロリと彼を睨む。


「それより真司……お前、あの祠を壊したんだろう?」

「え、なんのこ――」

「昨日の夜、遅くまで帰って来なかったよな。夜中に帰って来たと思ったら、ずぶ濡れで泥だらけだっただろ」

 はぐらかそうとするが、祖父の声には確信めいた響きがあった。


 真司は肩を丸め、小声で謝る。

「うん、ごめん……うっかり壊した。だってあんな化け物がいるとか、夢にも思わないし……」

「うっかりで壊せるわけがあるか!」

 祖父は小声のまま、真司を叱った。畳をシワシワの手で叩きながら、まくしたてる。


「あの祠が安置されている地下の大神殿には――村の三賢人の自室に隠された鍵を集めて門を開けた後、控えの間にあるピアノで村に伝わるわらべ唄を演奏して地底湖への階段を開き、湖底に隠された鍵を入手してから鏡の間に進んで大時計の仕掛けを解き、最後に神殿最奥の扉の暗号も解読しなければ入れないんだぞ!」

「あ、はい、そうでしたね」

 真司は思わず、祖父に初めて敬語を使った。しかし祖父は更に吠える。


「お前はうっかりで鍵を集めてピアノを演奏して地底湖に潜って時計の歯車を集めて、扉の暗号も解いちゃうというのか! 無理がありすぎるだろう!」

「うん、ごめん、ほら僕って『バイオハザード』が大好きだから……」

 ぐぬぬ、と祖父が喉の奥からうめき声を漏らす。


「ただのゲーム脳より、よほどタチが悪い! しかも半日で解くとは! あの仕掛けは、構想に四年半もかかっているんだぞ!」

「だから、本当にごめんって……ってか自分で自分のこと、三賢人って呼ぶのもどうかと……」

「儂が決めた呼び名じゃない! 自治会の投票で決まったんだ!」

「うわっ。この村、中二病の巣窟だったの?」


 どうしよう。外をうろつく異常性癖の化け物と、同レベルで怖いかもしれない。

 真司がひやりとした寒気を覚えていると、外からバラバラと大きなプロペラ音が響いてきた。

 祖父と二人でコソコソと、カーテン越しに窓の向こうを見る。


 家々の間から覗く青空に、自衛隊のものと思しき大きなヘリコプターの姿が見えた。救助に駆けつけてくれたようだ。

「人外の変態の駆除も、自衛隊にしてもらえるんだ。よかった……」

 真司がホッと胸を撫で下ろしている隣で、祖父はみるみる内に顔を青ざめさせた。


「いかん……この流れでのヘリは、実にいかん! 絶対に墜落するじゃないか!」

「じいちゃんも、たいがいバイオ脳じゃない?」

 ある意味でカプコン製ゲームに出てくるヘリコプターへ絶大な信頼を抱く祖父に、真司は冷めた視線を注いだ。

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