「各島クン、キミはちょうど良いね。実にちょうど良いよ」
生徒会の書記になって初めての夏。
まだ他の生徒会役員の来ていない二人だけの生徒会室で、突然生徒会長である白露先輩がこんなことを言い出した。
「ちょうど良い……って何がですか」
ドキドキしながら尋ねる。
生徒会長の白露先輩と言えば、眉目秀麗な高嶺の花で、校内には彼女のファンクラブまであるという話だ。
少し変わった喋り方をするけど、それすら白露先輩の口から紡ぎ出されたものだと思うと魅力的な気がしてくる。
実のところ僕が生徒会に入ったのは、少しでも白露先輩と関わりたいからだったりする。
同じ生徒会に入るくらいしか、三年生の白露先輩と二年生の僕が関わるチャンスなど無いのだ。
そしてそんな白露先輩が、今まさに僕に話しかけてくれている。
「キミは常識人で苦労人っぽくて、理想的な人材だよ」
「それは……褒められてるんですか?」
常識人はまだしも、苦労人は褒められている気がしない。
それに常識人だって面白味が無いという皮肉の場合がある。
「褒めているとも。キミなら私の隣に立つに相応しい」
しかし白露先輩に皮肉を言っている様子はなく、嬉しそうな顔で僕の肩を叩いている。
それにしても、白露先輩の横に立つに相応しい、か。
もし僕が自惚れ体質の人間だったなら、これを愛の告白と勘違いしていたことだろう。
しかし残念ながら僕は自己を正しく評価することが出来ている。
つまり高嶺の花である白露先輩は平々凡々な僕に愛の告白などしない。
そうなると、考えられるのは……。
「あっ! 僕のことを生徒会長の右腕として認めてくれるということですか!? 僕は書記ですけど」
副会長ならまだしも、生徒会長の右腕が書記なのは少々変かもしれない。
とはいえ僕が白露先輩に告白をされるよりは、あり得る話だ。
「そうではないよ。生徒会長の右腕なんて、そんな簡単なことは誰にでも出来る」
しかし僕の予想は、白露先輩によって即座に否定されてしまった。
そして生徒会長の右腕を、簡単なことと言い切られてしまった。
しかし優等生の白露先輩にとっては簡単なことかもしれないけど、生徒会の仕事はなかなかに大変だ。
生徒たちの意見をまとめて、生徒会役員で散々話し合って、決まった事柄を先生に提出する。先生に差し戻されたら、また会議のやり直し。
生徒会に白露先輩がいなかったら、絶対に生徒会役員になんかなりたくない。
だから僕の生徒会は、白露先輩が在籍中の今年だけだ。
「生徒会長の右腕は、誰にでもは出来ないと思いますよ」
「出来ないのは、やろうと思っていないからさ。でも私の隣に立つことは、きっとキミにしか出来ない」
「僕にしか、出来ない……!?」
僕は自惚れ体質ではなく、現実の見えている、面白味の無い常識人だ。
だけど、これは、もしかして……。
「あの、間違ってたらすみません。これってもしかして愛の告白だったりします?」
僕の言葉を聞いた白露さんは、ニヤリと口の端を上げた。
「半分アタリで半分ハズレ。愛のではないが、これから私は告白をする」
「愛じゃない告白……って、何ですか?」
「私には露出願望がある!!!!!」
白露先輩が大声でそう言った。
鏡を見なくても分かる。僕は今ものすごく間抜けな顔をしている。口がポカーンと開いている。
「露出願望が、ある……?」
やっと紡ぎ出した言葉は、ただのオウム返しだった。
白露先輩は僕の態度に気を悪くするでもなく、また元気よく言い放った。
「私は見られたい! 見られてはいけないところを見られたい!! 見せてはいけないときに見せつけたい!!!」
何を言っているのだ、この人は。
正気に戻った僕は、目の前にいる、高嶺の花の生徒会長もとい露出願望に頭を支配された変質者を見つめた。
……いや、違う。そんなはずはない。
あの真面目な生徒会長が本当にこんな願望を抱いているわけがない。
きっと罰ゲームか何かで言わされているのだ。そうに違いない。
「もう、白露先輩。罰ゲームに後輩を巻き込まないでくださいよ、あはは」
僕が精一杯の笑みを作ってそう言うと、白露先輩は不思議そうに首を傾げた。
「罰ゲーム? 罰ゲームでの露出は、ある意味望まれての露出でもあるから、あまり興奮はしないかな。望まれていない場面で見せるからこそ刺激的なのさ。ああでも、罰ゲーム露出もまったく興奮しないわけではないかな。多少は愉しくもあると思うぞ」
白露先輩の口から聞きたくない単語が次々に飛び出してくる。
誰でもいいから今すぐ「ドッキリ大成功」の札を持って生徒会室に飛び込んで来てくれないだろうか。
「あはは、冗談キツイですって。興奮とか刺激とか、まるで変態みたいですよ?」
「人は皆、変態性を持っているものだよ。どこまで公にするかの違いはあるだろうがね」
「白露先輩の場合はその変態性が露出ってことですか? いやいや、そんなまさか」
笑いながらそう言ってみたものの、目の前に立つ白露先輩の目はマジだ。
本気と書いてマジと読むアレだ。
「自分で言うのもあれだが、私は容姿端麗だ。この美しさを見せないことは、逆に罪だとは思わないかな?」
「普通に、見せないことより露出が罪だと思いますよ」
「さすがは常識人だな。だが私にも常識的な部分はある。本当はノーパンで登校したかったが、グッとこらえてノー短パンで我慢をした。だから今日の私はスカートの下に短パンを履いていないだけだ。パンツは履いている。スケスケのやつを!」
…………あれ。
僕はこの人のどこが好きだったんだっけ。
あまりにも想像と違う白露先輩の発言に、頭がくらくらしてきた。
生徒会になんて入らなければ、遠くから眺めているだけならば、今も僕は白露先輩のことを高嶺の花として見ていられたのだろうか。
しかし、もうすべてが手遅れだ。