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第2話


「さてと。私の性癖を暴露したところで、キミの役割だね」


 白露先輩が右手で僕のことを指し示した。

 こういうときに指を差すのではなく手で指し示すあたりに白露先輩の品の良さを感じる。

 ……露出趣味のせいで品の良さが台無しだけど。


「役割と言われましても、僕は生徒会書記なので議事録を書くことが役割ですよね」


「その役割の話ではないことくらいキミも分かっているだろう」


「それはまあ」


 話の流れから考えても、どうせロクでもない役割の話だ。

 白露先輩はきっと僕を変な趣味に付き合わせようとしているのだろう。


「何の役割だか知りたいって顔だね」


「そんな顔はしてません。知りたくないです」


 知ってしまったら白露先輩のおかしな趣味に巻き込まれるに決まっている。

 それなら絶対に知らずにいた方が良い。


「いいや、各島クンの顔には知りたいと書いてある」


「白露先輩の読み間違いだと思います」


「おいおい、私は成績上位の優等生なんだぞ。読み間違えなどしないとも」


 白露先輩が自信満々にそう言った。

 僕は本当に知りたくなどないのに。

 それ以前に。


「優等生は露出趣味なんて持たないと思います」


 僕の言葉を聞いた白露先輩は、両手を顔の横に上げて肩をすくめた。


「何も分かっていないねえ、各島クン。嘆かわしいほどに想像力が欠如している。優等生だからこそ、抑圧された願望が膨らむものなのだよ」


 なるほど。

 幼い頃にゲームをさせてもらえなかった子どもは、大人になってからゲームが止まらなくなると聞く。

 お菓子を食べさせてもらえなかった子どもは、お菓子が止まらなくなると聞く。

 もしかして白露先輩の露出もそういった類なのだろうか。

 清廉潔白に生きるように躾けられたからこそ、めちゃくちゃなことをしたくなっている……のか?


「それならまあ、分からなくもないですが」


「だろう? さすがは私の見込んだ男だ」


 僕の言葉を聞いた白露先輩が、嬉しそうに僕の肩を叩いた。

 変態だと知っても、美人の白露先輩に触られるとちょっぴり嬉しい。


「……って、勝手に見込まないでくださいよ! というか僕の何を見込んだんですか!?」


「ほら、キミは私の隣に立つに相応しいと言っただろう?」


 僕に同じ露出狂の香りを感じたとかだろうか。

 いや僕から露出狂の香りは漂っていないはずだけど!?

 だって露出狂じゃないのだから!


「各島クン。私が露出をしそうになったら、キミが全力で隠してくれたまえ!」


「……はあ?」


「聞こえなかったのかな。キミには私の露出を隠してほしいのだよ。みんなが私のことを見ないように気を逸らしてくれてもいい」


 僕が自身の耳を疑っていると、白露先輩がまた同じことを言った。

 とってもいい笑顔で。


「隠してほしいって、最初から白露先輩が露出しなければ良いだけの話なのでは!?」


「キミは分かっていない! 何にも分かっていないよ!」


 白露先輩が身体全体を使って否定をした。


「優等生であり生徒会長でもある私、つまりこの高校で一番の優等生が露出をする。この魅力に抗える者がいるだろうか。いいや、いない!!!」


 勢いが怖い。

 ずっと何を言っているのだ、この人は。


「そんなことを言われましても……」


「キミがもし私と同じ立場だったら、絶対に露出をしたくなるはずだ。断言してもいい!」


「そんなことを断言されましても……」


 試しに考えてみたものの、僕はどうあっても露出したいとは思わない気がする。

 立場がどうとかではなく、露出は白露先輩の人間性の問題な気がする。


「清廉潔白であればあるほど汚したくなる気持ちが、キミには分からないのかい? 思春期男子なのに?」


 そういう言い方をされると、うーん。

 多少は分かるような、やっぱり分からないような。

 とはいえ。


「僕のことはさておき、綺麗なものを汚したいタイプの人はいるでしょうね」


「そうだろう!? 『高嶺の花の生徒会長』を『露出狂の変態』に塗り替えたい。そういった願望が私の中で渦巻いているのだよ。しかしその『高嶺の花の生徒会長』が私自身というところが厄介でね。まったく困ってしまうよ」


「はあ」


「もちろん『見てほしい』というシンプルな願望も存在しているよ。私はどこもかしこも美しいからね」


 何を言っているのだとツッコみたかったけど、実際白露先輩は美人だ。

 ……悔しいことに、めちゃくちゃタイプの顔だ。


「ああ、それに『見られたら人生が終わる』という最上級の刺激も露出の魅力だ。このSNSの時代、本当にたった一瞬でデジタルタトゥー化されて人生が終わってしまうのだよ」


 僕が白露先輩の顔面に想いを馳せている間にも、白露先輩が露出の魅力を語ってくる。

 驚くほど僕には一切響かないけど。


「おっと、話が逸れたね。早くキミの役割の話をしないと他の生徒会役員が来てしまう」


「僕の役割と言われましても。正直、もう白露先輩とはあまり関わりたくないと言いますか……」


「相手が自分の理想と違ったからと言って嫌いになるのは、あまりにも子ども染みているよ」


 急に白露先輩が真面目な説教を始めた。

 言っていることはもっともだけど、直前の言葉が露出の魅力に関してのため、説得力は無い。


「そうかもしれませんが……さすがに露出が趣味と言われたら関わりたくないと思っちゃいますよ」


「公開していないだけで、キミの好きなアイドルや女優だって実は露出趣味を持っているかもしれないよ? テレビに出演している時点で確実に見られることは好きだろうからね」


 確かに見られることが嫌いな人は芸能界になど進まないだろう。

 しかし今日の白露先輩の言葉には一ミリたりとも説得力が無い。

 白露先輩のせいと言うよりも、何を言われても僕が「露出狂の言葉だしな」と思ってしまうからかもしれない。

 これは露出狂差別なのだろうか…………いや、露出狂差別って何だ!?

 だんだん僕まで白露さんに毒されてきている気がする。


「白露先輩の言う通り、アイドルは見られることが好きかもしれません。ですが、少なくとも彼女たちは露出狂であることを公開してはいません。そういった分別のある方たちです」


「まるで私に分別が無いと言いたげだね。しかし分別があるからこそ私は生徒会長に選ばれている。この事実は揺るがない」


 分別のある人は露出をしようとはしないと思う。

 したいと思ったとしても踏み止まるのが、分別があるということだと思う。


 自分には分別があると言い切る白露先輩が、わざとらしくワイシャツをめくって自身の首筋の汗を拭った。




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