うっかり白露先輩のへそを凝視していると、くすくすという笑い声が降ってきた。
慌てて顔を上げると、白露先輩が僕のことを見ながらニヤけていた。
しまった! へそを凝視しているところを本人に見られてしまった!
「私のくびれは存分に堪能したかい?」
「僕はくびれではなく、白露先輩のへそを……」
「へーえ、私のおへそをねえ」
しまった!?
へそよりもくびれを見ていた方がまだ普通っぽかった!?
これでは露出狂とへそマニアの変態同士になってしまう。
僕は断じてへそマニアではなく、ただ白露先輩のへそだから見ていただけで……うん。
「おっと、また話が逸れてしまったようだ。キミは話を逸らすのが上手いね。政治家向きだよ」
その褒め言葉はどうなのだろう。
僕に対しても、政治家に対しても。
「各島クンにやってほしいことの話なのだがね」
白露先輩が自身の横で手をくるくると回した。
「キミには私の隣に立って、私が露出を止められなくなった際に隠してほしいのだよ」
隠してほしい?
白露先輩の露出を?
「隠すって、どうやって」
「どうやってでも構わない。出来るだけ自然な方法で隠してもらいたくはあるがね」
「……具体例を下さい」
露出狂の露出を隠す方法なんて、小学校でも中学校でも教わっていない。
だから予想など出来るはずもないのだ。
「例えば私が今ここで、生徒会室の入り口のドアに向かってスカートをめくり上げたとする。するとドアを開けて入って来た生徒会役員にスカートの中を見られてしまうよね。スケスケのパンツが丸見えだ」
さっきも言っていたけど、スケスケのパンツとはどういったものなのだろう。
何色のどんな形なのだろう。
気になる。見たい。
……いや露出を肯定するわけではないのだけども!
「私がスカートをめくり上げたところで、キミの出番だ。ドアが開いた瞬間に、入って来た生徒会役員の顔面に飛びつけば、彼か彼女がいきなりスケスケパンツを見せつけられる悲劇を防ぐことが出来る」
「それ、別の悲劇が起こってませんか?」
「相手が女子だったら、いきなり飛びつかれることは悲劇かもしれないね。だからキミは見極めなければならない。相手が男子か女子かを一瞬で」
生徒会役員は、男子が四人に女子が三人。
今ここに僕と白露先輩がいるから、女子が入ってくる確率は五分の二。
……って、こんな計算をしてどうするんだよ、僕!
「なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんですか!? リスクを背負ってまで白露先輩のスケスケパンツを隠す意味が分かりません!」
「隠す理由はキミが常識人で苦労人だからさ。いきなりスケスケパンツを見せつけられる相手のことを考えてごらん。トラウマになりかねないだろう。そんなことを真面目なキミは許せるのかな?」
「……相手が男子だったら喜ぶかもしれませんよ?」
僕の言葉を聞いた白露先輩は、チッチッチッと人差し指を振った。
「その場合はこれからの生徒会室が気まずい空間になるだろうね。生徒会室内に常に鼻の下を伸ばした生徒会役員がいたら、会議が辛いだろう?」
それは確かに……って、ちがーーうっ!!
「いやいやいや、僕が隠すんじゃなくて、白露先輩が露出しなければ済む話ですよね!?」
「まっとうな意見など聞きたくない。私は露出したいのだよ」
白露先輩が堂々と言い放った。
まったくもって堂々と述べる言葉ではない。
「露出を高校でやらないでくださいよ。神聖な学び舎ですよ!?」
「各島クンは面白いね。道路でやったら警察に捕まるに決まっているだろう」
「だからやらなければいいんですよ、露出を! それか家で一人でやればいいんです!」
「私は露出がしたいと言っているだろう。家で一人で全裸になることは露出とは呼ばない」
駄目だ、話が堂々巡りだ。
どうあっても白露先輩は露出がしたいらしい。
僕ががっくりと肩を落としていると、白露先輩の楽しそうな声が降ってきた。
「さっそく初めての仕事だぞ、各島クン」
「は? はあっ!?!?」
白露先輩は僕を通り越すと、ドアに向かってがばっとスカートを持ち上げた。
僕よりも前にいるためスカートの中は見えない。
ちょっと残念だ……ではなく。
「何をやってるんですか!?」
「何って露出だが?」
聞かなくても見れば分かるだろう、と言いたげな様子で白露先輩は顔だけで振り返った。
いや確かに、見れば何をしているかは分かるけど、何でそんなことをしているのか……って、露出したいからだろうけど!
ああもう、混乱してきた!
「ふふっ。このままだと、ドアを開けて入って来た生徒会役員は私のスケスケパンツを見てしまうな」
「やめてください!?」
露出趣味に幻滅はしたものの、白露先輩はずっと片想いをしていた相手だ。
そんな相手のパンツを他の男子になんか見せたいわけがない。
しかもスケスケのやつを。
「期待しているよ。キミは私の右腕なのだから」
「露出狂の右腕になった覚えはありません!」
というか露出狂の右腕って何!?
白露先輩の話から考えるに、露出狂が露出狂として逮捕されないように工夫をする人ということだろうか。
……なんだそれ、意味が分からない!
「ほらほら、そんなことをしている間に誰かの足音が近づいて来たぞ」
白露先輩の嘘ではなく、本当に廊下から足音が響いてくる。喋り声も聞こえてくる。
どうやら複数人がこの生徒会室にやって来るようだ。
会話の内容までは聞こえないけど、一人は男子で、一人は女子のようだ。
うっかり女子の方に飛びついたら事件……いや、二人同時に顔面を塞ぐなんて不可能だ。
きっと二人の身長には差がある。
「私は隠すつもりはないぞ。いいのかい、各島クン」
それなのに白露さんはめくり上げたスカートを離そうとしない。
どうする。大ピンチだ。どうすればいいんだ!?
何でもいい、この場をなんとかするんだ、各島加久志!!!!!
「おつかれ、さ……ま……」
生徒会室に入ってきた男女は、三年生の副会長と書記の二人だった。
僕たちの姿を見て固まっている。
「各島、何をしてるんだ!?」
硬直の解けた副会長の先輩が大声を出した。
今僕は、白露先輩のスカートを両手で握っている状態だ。
めくり上げることが出来ないように押さえているのだけど、何も知らない人が見たら逆に見えるかもしれない。
つまり、僕が白露先輩のスカートをめくろうとしているように見える。
「いや、これは違くてですね!?」
「神聖な学び舎で盛るのはやめてください!」
「汚らわしいぞ、この雄猿!」
書記の先輩が叫び声を上げ、副会長の先輩が僕に罵声を浴びせた。
なんだこの地獄は。
「僕は別に盛っていたわけではなくてですね!? 白露先輩、弁明をお願いします!」
なんとか地獄から抜け出すために白露先輩に話を振る。
白露先輩の蒔いた種なのだから、事態の収拾を図ってほしい。
「ああ、これは持っていた水を零してしまったところを、各島クンが拭いてくれていただけだよ」
白露先輩、さすがに白々し過ぎます……。
白露先輩は水など持っていないし、僕もタオルを持っていない。
嘘であることがバレバレだ。
「白露さんは純粋すぎるよ。コイツは不埒な真似をしようとしたんだよ、きっと!」
露出狂の白露先輩が純粋!?
書記の先輩の目は節穴なのだろうか。
……いや少し前まで同じように思っていた僕も他人のことは言えないけど。
「一刻も早く各島を生徒会追放にするべきだ!」
マズいマズいマズい。
もう生徒会には高嶺の花だった白露先輩はいないけど、露出狂の白露先輩しかいないけど、それでも生徒会追放はマズい。
どうしてそんなことになったのかと、根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。
実際には誤解なのだけど、強い言葉で詰められるのは恐すぎる。
白露先輩にはファンがたくさんいるから、白露先輩にセクハラを働いたとなったら、今後の僕の高校生活はきっと陰鬱なものになってしまう。
そんなのは嫌だ。
「そんなことをする必要は無いよ。大体、先生になんて説明をするつもりだい?」
混乱する僕に助け舟を出してくれたのは、白露先輩だった。
……僕を窮地に追いやったのも白露先輩なのだけど。
「それは各島が白露さんに不埒な真似を……」
「私はその話を大ごとにすることを望まない。うわさには尾ひれがつくものだからね。変な話が回ると私も困るのだよ」
「それは……そうかも」
白露先輩の言葉を聞いた書記の先輩が、難しい顔で頷いた。
話を大きくすることで、白露先輩にも悪い影響があると思ったのだろう。
「だから今日のことは私たちだけの秘密にしておこうではないか」
「各島クンもそれでいいだろう?」
白露先輩が僕の背中を軽く叩いた。
それでいいというか、僕は悪いことなど何もしていないのだけど……まあそれで話がまとまるなら、もういいか。
本当は弁明した方が良いのだろうけど、僕にはもうその気力が残っていない。
「次は無いからな、各島!」
白露先輩の恋人の座を狙っているのだろう副会長の先輩が怒鳴ったので、僕は力なく頷いた。