タダシ王国の首都である王城へとたどり着き、タダシは慌ただしく吸血鬼の女官やメイドたちに部屋と役割を割り振っていく。
獣人のシップたち建設チームの尽力のおかげでようやく王城も王国の首都らしい装いはできつつあるのが幸いして、百人を超える吸血鬼たちの住環境は用意できた。
「とりあえず生活に必要な物はあると思うが、何か足りないものがあれば言ってくれ」
タダシがそう言うと、侍従長のフジカは言う。
「いえ、思ったよりも立派な城で驚きました」
「何もないだろう」
「いえ、タダシ陛下の暖かいお心を形にしたような城です。装飾などなくても、どことなく品の良さがあります」
「ハハハ、物はいいようだな。城の形を整えただけで手がまわってないだけだが、多くの人が生活できる屋根だけはある。気に入ってもらえたなら幸いだ。俺は、この後少し城を留守にして海岸の方に向かう」
「海ですか?」
「魔王国の政変のことが、どうも気になる。農業の神クロノス様を呼んで事情を尋ねて見ようかと思うんだ」
「なんと! それではタダシ陛下は、地上に神を顕現できる祭りを起こせるという話は本当だったのですか!」
「まあ、クロノス様たちには何度か来てもらってるなあ」
「そんな頻繁に、神様を顕現させてるのですか!」
「クロノス様も忙しいのに、あんまり頻繁に呼び出して申し訳ないんだけど今回は緊急事態だからね」
何気ない調子で神を降ろすというタダシに、フジカたちは目を丸くする。
神々の顕現は、信心深い聖女や神の信託を受ける英雄に生涯一度あるかというレベルの奇跡である。
ぜひ一緒に行って見せて欲しいと懇願するフジカたちも伴って、タダシは海岸線へと向かった。
「あ、あの結婚式というのも同時に行われるのでしょうか」
期待に胸ふくらませるフジカに、尋ねられる。
「だから、いきなり結婚したりしないって言っているだろう」
「結婚指輪というものが必要だとイセリナ様たちから聞きました、宝石であればこちらで用意できますが」
シュポシュポと、胸元から色鮮やかな宝石を取り出すフジカ。
だからそれは何の手品なのだ。
「今回は、魔王国での一件を神様に尋ねることが優先だから結婚式の準備をしている場合ではない」
「むぅ……」
なんとかフジカの追求を上手くかわすことができた。
王として神を降ろす祭りを執り行うと布告すると、海岸にある海エルフの村々からは多くの住民が訪れた。
わざわざここまで来たのは、ついこの間行ったエリンやシンクーとの挙式の時は肉料理中心だったので、今度は魚介料理中心の祭りにしようと思い立ったからだ。
農業の神クロノス様も連チャンで肉料理だとキツイかもしれない。
あと、伊勢海老やアワビを獲るついでに貝類の餌になる海藻を増やしておこうということもある。
今は賑わっている漁場も、獲り尽くしてしまえば終わりだ。
「完全養殖とまではいかないものの、餌となる海藻を増やしまくって海洋資源の保護に努める必要があるからな」
「タダシ様は、海藻まで生やすことができるのですか!」
海に入って瞬く間に海藻を増やしていくタダシに、いちいち驚いているフジカ。
自分たちも前はああだなったなあと、イセリナたちは作業を手伝いながらニヤニヤしている。
「農業の加護のおかげだよ。こうして、海の幸が手に入るのも神様のおかげだから感謝しなくちゃね」
磯で獲った大きな伊勢海老やアワビ、それにイセリナたちが沖で釣ってきてくれた大きな鯛を並べると、タダシたちは早速料理を始める。
素材がいいから、凝った料理をする必要はまったくないのだけど……。
「今日はこれがあるんだよなあ」
米、味噌、醤油。なんと純米酒の大吟醸まである。
全ては、シンクーたち猫耳商会が遥か東方にある豊かな聖王国との交易で手に入れてくれたものだ。
何でも手に入れるとシンクーは豪語していたが、それは事実だった。
種籾も手に入ったので、まず米の生産を始めているところだ。
米麹も一緒に買って来てくれたからいずれマールと一緒に研究して味噌や醤油、日本酒も自国で生産してみようと思っている。
そんな将来の展望はともかく、今は待望の御飯である。
「おー炊けた炊けた」
ちょろっとバターを落とした伊勢海老やアワビがジュージューと音を立てて焼ける頃には、土鍋で美味しそうな御飯もほっこりと炊きあがった。
あとは皿に鯛のお刺身を盛り付けて神棚に捧げる。
「クロノス様、どうかご降臨ください」
タダシがそう祈ると、空から神々しい光が差し込んで麦わら帽子をかぶった老人が現れた。
本当に神の降臨があったと、フジカは声もなくその場に平伏する。
「タダシ、どうしたんじゃ。ついこないだ呼んだばかりではないか」
「クロノス様、実は魔王国で政変があったらしくて、それがどうも変なんですよ。フジカ」
「は、はい!」
「俺が言うより、フジカが見たことをそのまま説明した方がいいと思う」
「わわわ、私ごときが、神様に直接言上つかまつるのですか!」
「説明できる人が他にいないだろう。問題があるのか?」
「問題はございません。謹んで、ご説明いたします!」
フジカは身を低くしたまま、神前へとやってきて簡潔に説明していく。
最初は何気なく聞いていたクロノス様も、眉根を寄せる。
「黒の★とは、奇怪なことじゃな」
「そうなんですよ。俺たちでは、クロノス様に直接尋ねるしかないと思いまして」
「ともかくよく知らせてくれた。タダシ、魔族の神ディアベルを呼び出して聞いてみよう。ディアベルの神像を作ってくれんか」
クロノスがそう言うと、足を震わせながらフジカが言上する。
「恐れながら、ディアベル様の神像ならここにあります!」
フジカが胸元から、綺羅びやかなディアベル様の小さい神像をスルッと取り出す。
どう考えてもその大きさの像を隠しているのには無理があるだろ。
その胸元はマジックバッグの機能があるのかとツッコミたいところだが、今はそれどころではない。
受け取ったタダシが神棚にディアベルの神像を立てて料理を捧げてみたが、タダシが祈ってもクロノス様が呼んでも、一向に現れない。
「地上に
その時、複数の光が差し込んで知恵の神ミヤと、英雄の神ヘルケバリツが現れた。
「タダシ。なんでうちらを呼ばんのや。じーさん一人に聞いとっても埒が明かんやろ」
「どうやら、我々の出番のようだ」
ようやくタダシの起こす奇跡にも慣れつつあったフジカは、他の神々まで出てきたのを見てまた凍りついたように動かなくなった。