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第55話「まつろわぬ神の脅威」

 魔族の神ディアベル様と仲が良い英雄の神ヘルケバリツ様が言う。


「様子がおかしかったのでディアベルのやつに話を聞いてきたのだが、やはり急速に神力が衰えて参っているようだ。あいつは変な意地を張るからな」


 知恵の女神ミヤが神妙そうな顔で腕を組んで頷く。


「やはり、これはまつろわぬ神の仕業やな」


 農業の神クロノスが慌てて言う。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、ワシはそんな話なにも聞いておらんぞ!」

「そりゃ爺さんに話してもしょうがないやろ」


「ワシも神じゃぞ! なんでワシだけ相談がないんじゃ、イジメか。みんなでよってたかって年寄りをイジメるのか!? タダシのおかげで神力も伸びてきたのにー!」

「話が進まんから爺さんは黙っとき」


 またケンカしていると、タダシが仲裁に入る。


「ミヤ様、まつろわぬ神とは、どういうことですか」

「これは本来人間に話してはいけないことなんやけど……」


 ミヤは、ヘルケバリツとクロノスの顔を見回す。


「すでに地上の者に迷惑をかけているのだから仕方がないだろう」

「タダシなら大丈夫じゃ。この世界の救世主となる若者じゃぞ!」


「しゃーなしやろうな。じゃあ、うちからこのアヴェスター世界の始まりから説明する」


 ミヤ様は世界の始まりについて説明する。

 もともと、このアヴェスター世界に居たのは始まりの女神アリア様と少数の民だけだっただが、一度滅びの危機に陥ったのだという。


 そこで、始まりの女神アリア様は外部から見捨てられた神や種族を受け入れる決断をしたのだ。


「みんな外から来たんですか!」

「せや、そこの爺さんはタダシと同じ世界から来たんやで」


「その通りじゃ。ワシはタダシと同じ地球アースのギリシアという土地より、見捨てられた民と共にこのアヴェスター世界に来た。ワシはもう必要とされておらんことがわかったからのう」

「その点、タダシとも縁があったんやろうな。うちもヘルケバリツも、それぞれ違う世界から自分の民を引き連れて来たんや。これがアヴェスター世界の秘められた神話や」


「なるほど……」


 とんでもない話だが、タダシも転生者としてこの世界に来たことを思うと納得できる。


「そうすることによって、この滅びかけた世界は蘇った。しかし、様々な神や種族が溢れてその分だけ世界が不安定になってしまったんや。その歪みを、始まりの女神アリア様は力を持った魂を持つ転生者を送り込むことによって修正しようとしとるんやけど、うちは基本的には反対なんや」

「そういや、ミヤはタダシの時も反対しとったな」


「当たり前やろ、うちは今でも危険やと思っとるわ。強すぎる力は新たな歪みを生む。アリア様は、最初の成功体験に縛られすぎや」

「タダシは心正しき若者じゃ。必ずやこの世界も救ってくれるわい」


「農家の爺さんは頭がおめでたくてええな。ウチは、知恵の女神としてあらゆる可能性を考えてその役割を果たすだけや」

「ミヤは考えすぎなんじゃ。現に今、タダシに頼まなきゃならん事態になっとるじゃろうが」


 そう言われると反論できず、ミヤはため息を吐く。


「そうやったな。タダシ、そこでまつろわぬ神の話や」


 アリアが異世界につなぐ門を開いたためアヴェスター世界には多くの神や種族がやってきたが、創造主であるアリアに従わず世界の支配権を乗っ取ろうとした神もいたのだ。

 それらをまつろわぬ神と呼ぶ。


「今回のことは、まつろわぬ神の仕業ってことですか」

「そうや、魔王国を調べればすぐわかることやろうけど今回動いてるのは暗黒神ヤルダバオトの仕業やろな」


 アヴェスター世界の神々は、地上に住まう人が思うような万能な存在ではない。

 住んでいる次元が違うだけで、人の信仰心を神力に変えて生きている存在なのだ。


 つまり、地上の人々をたぶらかすことでまつろわぬ神が神力を高めることもできる。

 それはタダシの故郷の感覚でいえば、邪神とも言える存在であるかもしれない。


「暗黒神ヤルダバオトは、魔族に自分を信仰させることで世界の乗っ取りを企んでおるんやろう」

「地上から世界をくつがえそうとするってハッキングみたいな話ですね」


「せやな。ウチら神々は地上の民とは住んでいる次元が違うから、地上世界に直接は干渉できへん」

「そこで、タダシの力が必要というわけじゃな」


「なんで爺さんが得意げなんや!」

「タダシは、ワシの信者じゃぞ!」


 まあまあと神々を仲裁するタダシ。


「こんな事態になるとはウチも想定してなかったんやけど、こうなったら暗黒神の代行者に対抗できるのは、規格外の加護を持つタダシだけや。これも功徳やと思ってあんじょう助けたってや」

「ミヤ! 元を正せばワシらの不始末じゃぞ。そんな頼み方があるか。タダシ、すまんが頼む」


「わかりました。もちろん大きな恩ある神様がたのお願いですから、俺の出来る限りのことはします」

「そうか、やってくれるか!」


「話をまとめると、魔公ヴィランの持つ黒い加護の★は暗黒神ヤルダバオトのもので、その信仰を魔王国で広めようとしてるわけですね」

「そうや。タダシにやってほしいのは、魔族の神ディアベルへの信心を持つ魔族の保護やな。暗黒神の代行者は、ディアベルへの信心にダメージを与えようとしてるはずや。その点、吸血鬼族をタダシが助けたのはいい一手やった」


 知恵の女神ミヤ様は魔族の神ディアベル様に強い信心を持つ民を保護して揺らぎが収まれば、呼ばれても顕現できないほど弱まったディアベル様の神力も回復するだろうという。


「しかし、魔族の亡命者の受け入れは構いませんが、魔王国の中のこととなると」


 魔族の保護をせよと言われても、まさか兵を率いて山脈を越えて魔王国の中まで攻めていくわけにもいかない。

 そこで、平伏していたフジカが言う。


「恐れながらタダシ陛下。その役割、我々吸血鬼族にさせていただけませんか」

「どういうことだフジカ」


「ディアベル様を信仰している魔族の民が迫害を受けているのであれば、その引き入れを我々がします。隠密行動や諜報戦であれば、我々吸血鬼族の得意とするところです」

「うーん危険な任務になると思うが、大丈夫なのか」


「魔王国は私達の国ですから、魔公ヴィランに迫害された民をできるかぎり救いたいのです。必ずや、こちら側に逃してみせますので、どうか我々にお任せください」

「そうか。では、こちらもできる限りの援助はする。頼めるか」


「はい!」


 確かにフジカたちは、諜報戦に長けている。

 魔公ヴィランの追手を跳ね除けながら辺獄に逃れてきた実力は伊達ではないだろう。


 フジカがタダシ王国まで逃げてくれば助かると伝えて、避難民をこちら側で保護する。

 神々に相談したおかげで、魔王国側で起こってる事態への対応策がまとまり始めてきた。


「話がまとまってめでたいのう。さて、せっかくじゃからお供えの料理や酒をいただくとするか」

「のんきやなクロノスの爺さん。だから誰も爺さんには相談せえへんのやぞ」


 そんなことをクロノス様とミヤ様が言い合っていると、隣で「美味い!」と声が上がった。


「バルカン!」

「鍛冶の神、お前いつの間にきたんや!」


 鍛冶の神バルカン様は、すでにヘルケバリツと酒盛りを始めている。


「新しい酒が供えられたんじゃからワシが来ないわけないじゃろ。タダシに加護を与えたのはワシらもじゃしなあ、ヘルケバリツ」

「ま、まあ不本意ながら、私もタダシに加護は与えている。捧げられた酒の杯を受けぬのも悪いからな。これは米の酒か、淡麗で美味いな」


「なんや、みんなして」


 嘆息する知恵の女神ミヤを尻目に、魔物の神オード様まで、ゾロリと頭を出して供えられた山盛りの伊勢海老を殻ごとバリバリ食べている。

 そこに、エプロン姿のマールが新しい料理を持ってきた。


「美味しい海老の天ぷらもあがりましたよ」


 早速捧げられた天ぷらを味わいながら、クロノス様はミヤ様に言う。


「ほら意地を張っとらんとミヤも食わんか。美味いぞ」

「言われんでもうちも食べるわ」


 ミヤ様も座り込んで、鯛のお刺身を食べ始めた。


「そろそろミヤもタダシに加護をやらんか」

「それとこれとは話が別や。一人の転生者に力を与えすぎるのは危険やっていっとるやろ!」


「カッカッカ、ミヤも意固地じゃのう」


 そう言って、クロノス様は美味そうに清酒を呑み始めた。

 神々が捧げ物を食べ始めたので、集まった民にも海の幸の料理が配られ和やかな祭りの宴が始まるのだった。

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