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第154話「大陸王タダシの凱旋」

 辺獄へんごくの王である大野タダシは、魔王国の領域からは大魔王にして魔族全体の守護者、フロントライン公国からは大君、都市国家同盟からは盟主にして守護者との尊称を受ける。

 聖王国からは聖女王の夫、旧帝国領からは新たなる皇帝と崇められる存在となった。


 未だ王権定まらぬ奥魔界や、一部抵抗勢力の残る領域はあれど、もはや大陸にタダシの敵となる勢力は存在しない。

 すなわち、ここに歴史上初のアヴェスター大陸全域を統括する大陸王が誕生したのだ。


 側に仕える猫耳賢者シンクーから、大陸王の象徴となる王冠を作ろうかと冗談めかして聞かれたタダシは、苦笑してそれを断った。

 そんなものがなくても、タダシがこの世界を統べる王であることを否定するものはもはやいない。


 大陸王となったタダシは、旗艦である超弩級戦艦ヤマトのブリッジで傍らにいるヤマモト提督に尋ねる。


「もうすぐか」

「ハッ、もうすぐ辺獄が見えてくるかと」


 ヤマモト提督は、偉大なる王に仕えられる自分に震えるような喜びを感じながら応える。


「早く世界が平和になって、軍艦がいらない時代になるといいんだけどな」

「それはいささか寂しいことではありますが、陛下がそうお望みとあらば我らとしては従うのみです」


「そうか」


 そう言葉少なにうなずくタダシを横目で見て、ヤマモト提督は考える。

 帝国の初代皇帝やタダシが来た世界では、「狡兎こうと死して走狗そうこらる」という古いことわざがあるそうだ。


 猟犬も捕まえる兎が死んでいなくなれば用がなくなり、煮て食われるという意味である。

 タダシは優しい王なので、煮て食われることはあるまいが、敵の脅威がなくなれば金食い虫となる戦艦は退役になるのも致し方がないのかもしれない。


 軍人であるのだから、君主の言葉は絶対である。

 しかし、個人的な欲を言うのが許されるのならば、長らく帝国を守ってきたこのヤマト一隻だけでも次の世代に残したい。


 ブリッジのテーブルを撫でながら、ヤマモト提督はいけないこととは思いつつも奥魔界の脅威があることに密かに感謝する。

 タダシは武力を嫌う傾向が強いが、側近である猫耳賢者シンクーなどは、ある程度の戦力の保持は必要と考えてくれるようなので時間が稼げれば説得の材料も見つかるかもしれない。


 そのように思案している間に、遠望に亜大陸が見えてきた。


「陛下。辺獄が見えてきました」

「おお、しばらく見ない間にシンクーの港は更に立派になってるなあ」


 猫耳賢者の名を冠した港街は、タダシ王国から出荷される豊富な物資を運ぶ国際港としてこの上なく栄えていた。

 この奥にある王都とは川でつながっているのだが、どこまで行っても建物が連なり、更に新たな施設の建築が続いていた。


 タダシが降り立つまで、無人の野であったことが信じられないほどだ。

 上陸に際して、ヤマモト提督は言う。


「陛下、艦隊は補給を兼ねてしばらくはこの港に滞在しておりますので、御用があればいつでもお声がけください」

「ありがとう。今後も頼りにしているよ」


「はい! せめて港までお送りさせていただきます」


 名残惜しそうなヤマモト提督は、港までの同行を申し出る。

 タダシを見送るヤマトのクルーは、船を降りるあるじに最敬礼を送るのだった。


     ※※※


 本当に賑やかな港だ。

 小型の船に乗り換えて、港街に接岸するタダシ。


 タダシの希望で、大仰にならぬように民に帰還を知らせていないので、普段の街の賑わいが楽しめる。

 ひっきりなしに船が行ったり来たりする光景は、見ていてとても面白い。


 市場では、売り子の声が響く。

 活気のいい港街の雰囲気を見ているだけで、タダシは嬉しい気持ちになる。


 しばらく一人の客として、街の景色を眺めていたいほどだ。


「大型の帆船が増えたなあ」


 タダシがそう言うのに、シンクーが応える。


「本当は、もっと川の奥に街を作ろうという案もあったニャけど、外海に接するように建てて良かったニャー」


 特に超弩級戦艦ヤマトを寄港させられるような港は限られているので、港の拡張性を考えて作ったシンクーの先見の明を褒めるべきだろう。

 ヤマモト提督も、「おかげでこの港でも補給ができて助かります」と笑っていった。


「ああ、ようやく陸だなあ」


 船旅も悪くはないが、やはりタダシは地に足を付けて生きていきたい。


「さて、どうするニャ。タダシ陛下」

「どうしようかな。ヤマモト提督は、どうするんだ」


「そうですね。補給も兼ねて、クルーも交代で港で休むと思いますが……」


 タダシが魔王国で手に入れたお土産の品などを運ぶ仕事もあるのだが、それは他の輸送船がやってくれるので、軍艦である超弩級戦艦ヤマトには特に仕事はない。


「大陸をほぼ一周するような航海だものなあ。引き回してしまって悪かった」

「いえいえとんでもない。ヤマトで陛下をお助けすることができて、これ以上の光栄はございません」


 ヤマトの有用性を示すことができて、ヤマモト提督としてはありがたかったくらいだ。


「ヤマモト提督は、タフだなあ」


 ものすごく長い大遠征を終えて、タダシはさすがに疲れた。

 しばらくは、辺獄でのんびりさせてもらうつもりである。


 シンクーの港街に新しく出来た施設や店を見学するのも悪くない休暇の過ごし方かもしれない。

 この後予定がなければ食事でもしようと、港街を奥に向かって話しながら歩いていると、何やら「ポー!」と大きな汽笛とともに騒ぎが聞こえてくる。


 大きな音に敏感なシンクーは、ビクついて青い猫耳と尻尾を立てて震え上がった。


「なんだニャー!」

「どういうことだ……」


 街の人が一斉に奥に向かって走っていく。

 もしかしたら、王であるタダシが帰ってきたことがバレて騒ぎになったのかと思ったが、そうではないらしい。


 街の人達は口々に「噂の列車が来た!」「魔導機関車が来たぞ!」と騒いでいる。

 列車?


「ともかく、見に行ってみるニャー」


 大きな音にビクついていたくせに、好奇心旺盛なシンクーに手を引かれてタダシは群衆に流されるように見に行く。

 そこにあったのは、小さな駅舎と線路。


 そして、街に向かって大きな汽笛の音を立てて入ってくる機関車であった。


「蒸気機関車? ではないのか」


 蒸気機関車なら、実は旧帝国にも初代皇帝から伝わる技術があったのだ。

 旧帝国領で、石炭を運ぶ初歩的な蒸気機関車が走っているのを、タダシも見ている。


 しかし、これはそれよりもさらに洗練されている。

 モクモクと煙を吐き出すような蒸気機関がないのに、大きな機関車は多くの客車や荷台を牽引しても力強く走っていた。


 駅につくと同時に、新しい物好きのタダシ王国の民たちは列車に飛びつくようにして見学している。

 車掌が「乗りたいなら切符を買ってください!」と声を張り上げるが、誰もが興奮して話を聞いていないのが笑いを誘う。


 しかし、いきなりこのようなものを見せられたタダシは笑うどころではなかった。

 まるで現代の列車のような、先進的なフォルム。この艶のない灰色の素材は……。


「帝国の不滅鉄を使っておる。加工しやすい良い素材じゃ」


 タダシが振り向くと、ドワーフの名工オベロンがそこにいた。

 どうやら、タダシの帰還を察して駅で待っていたようだ。


「オベロン。帝国からもらった不滅鉄で機関車を作ったのか。しかし、これはどういう原理で動いている」


 汽笛を鳴らしていたのだから、蒸気の出る窯はあるのだろう。

 しかし、黒煙をモクモクとあげるような煙突がどこにも見当たらない。


 もちろん、発電所や架線があるわけでもないから電車のように電気で走っているわけでもない。


「これじゃ」


 光り輝く小さな球を手にしているオベロン。

 その蒼き輝きは、大きさは違えども……。


「魔導球か!」


 熱エネルギーを魔力に変換し、そのまま導力へと変えることができる。

 とんでもないアーティファクトである。


 そのファンタジー技術は、タダシのいた地球をある意味で超えている。

 なぜなら、地球の現代科学を持ってしてもこの世界の魔法のエネルギー効率を超えることできないのだから。


 その便利な魔力が、魔法の力をもった人間に依存しているということでセーブされていた限界を、この魔導球は取っ払うことができる。


「効率は帝国の超巨大魔導球ほど良くはないが、独自に魔導球を開発することに成功したのじゃ」

「凄いじゃないか!」


 やはり、帝国が生産を可能にしていた不滅鉄にヒントがあったらしく。

 高熱に耐えうる魔鋼鉄を基盤として、不滅鉄によって魔導回路を作ったという。


「なるほど、集積回路みたいな仕組みになってたんだな」

「タダシのその話も、参考になったのう」


 超巨大魔導球が輝くときにまるで魔法陣のような文様が浮き上がる。

 熱エネルギーを魔力変換する魔法が込められた回路になっているのではないかというのが、タダシの仮説であった。


 もちろん、それを実現できたのは名工であるオベロンの力である。

 見ただけで模造品を作り出して見せる、まさに天才的な職人であった。


 タダシの傍で呆然と見ていた、ヤマモト提督は唖然としていたが、言葉少なにつぶやく。


「なんと、それでは……これはまるで陸の戦艦、とも言うべきものなのですね」


 軍人であるヤマモト提督の頭の中では、この技術を軍事転用すればどうなるかというイメージが一瞬で浮かんでいた。

 別に線路の上を走る列車に使うだけではなく、戦車のように運用することもできるのである。


 戦争の常識を変える、新たな兵器となりうるものだ。

 タダシたちがすでに味方になっていてよかったと、ヤマモト提督は密かに胸を撫で下ろす。


 一方、タダシは呑気なものであった。


「なるほど魔導球で動くから魔導機関車か。これは、蒸気機関車と違って煙が出ないから環境に優しくていいな」

「環境じゃと?」


 タダシはまた妙なことをいい出したと、オベロンは目を丸くする。


「あー俺の元いた世界だと、蒸気機関車の煙とかが大気汚染を起こして大変なことになるんだよ」


 化石燃料を燃やすことによって発生する有毒な煙やすすは、大変な環境被害を巻き起こす。

 物はついでとばかりに、タダシは大気汚染の恐ろしさを話す。


 ぼんやりとした記憶による拙い説明であっても、オベロンも、ヤマモト提督も、シンクーもみんなこの時代一流の頭脳なので、なるほどと納得する。


「蒸気機関が世界中に増えると、そういうことになるのじゃな。そりゃ、環境も考えた技術にせにゃならんのう」


 オベロンたちドワーフは洞窟に住んでいることが多かったので、冬の暖房などで空気が汚染されて人が死ぬという事をよく知っていた。

 換気を良くしておけば避けられる被害だが、タダシにそう言われて世界の広さも有限であるということに初めて気が付かされたのだ。


 現状ではまだ蒸気機関車の被害は沿線の洗濯物が汚れた程度のことだが、それらが大量生産されて当たり前となった世界では健康被害も起こるだろう。

 シンクーは、手帳に書いた数式を見せて言う。


「食料増加による人口増大は、いずれ問題になると思ってたニャー」

「人が住む土地や資源の使い方も、将来を見越して考えていかなければならないということですか」


 国家の重鎮達が会議するには、この場所はあまりにもひと目につく。

 オベロンは言う。


「向こうに王室専用の客車を用意しておるから、そっちで話さんか」

「そんなものまで作ってくれたのか」


 タダシがそう言うと、オベロンは得意げに手を広げて言う。


「ふむ、まだ王都とこの街をつなげただけじゃが、いずれ王国中にレールを敷いて魔導機関車を走らせてみようぞ」


 それは、夢が広がる。

 客車からは、赤子を抱いたタダシの妻、イセリナたちがぞろぞろと出てくる。


「タダシ様!」

「おお! みんなも迎えに来てくれたのか」


 どうやら、タダシの帰還はバレバレだったようだ。

 近況は送っていたし、あんな目立つ超弩級戦艦ヤマトでやってきたら、それも当然か。


 もしかしたら、魔導機関車に無邪気に大騒ぎしている民たちは、タダシが帰ってきているとわかってそっとしていてくれるのかもしれない。


「タダシ様、列車というのは凄い人気なのですよ」


 久しぶりに自分の赤子を抱かせてもらって、タダシは満面の笑みを浮かべる。

 数多くいるタダシの子供の長兄たるリョウは、キャッキャと喜んでいる。


「リョウは、かなり機嫌が良さそうだな」

「機関車が好きみたいで、ご機嫌なんです」


「なんだ、久しぶりにお父さんに会えたからではないのか」


 そう言って、タダシは苦笑する。

 他の子たちも楽しそうだ。


「初めてのお出かけだから、みんな楽しいんでしょう」


 そうか、子供に機関車は人気になりそうだなとタダシは思って言う。


「せっかくだから、このまま王都まで運んでもらうか」

「そうしましょう」


 列車の旅というのも悪くない。

 中で会議ができるほど広く豪華な王室の客車には、きちんと飲み物や食べ物が用意されているが、一般の客車の方にはないようだ。


「駅弁とかあるといいのかもしれないなあ」


 タダシがそうつぶやくと、シンクーがそれは何ニャと聞いてくる。

 タダシの説明に、商魂たくましいシンクーはぽんと手を叩いて言う。


「ビジネスチャンスニャ! これだけ客がくれば、観光源として使えるわけニャね。さっそく商会で作ってみるニャ!」


 路線が長くなれば、客車に乗りながら食べる駅弁も人気が出るに違いない。

 そんなことを話しながら、タダシたちはつかの間の列車の旅を楽しむのだった。

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