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第167話「全国大武道大会」

 デカデカとした大武道館は、王都の西にある広大な新開地に建っている。

 言ってしまえば田舎といった風情で、実にのどかな光景だ。


 辺りにあるものと言えば、一面の綺麗な青い花を咲かせている亜麻あま畑と、青々とした桑の木の畑だけである。

 畑には工房が点在していて、収穫物を使ってかいこによる生糸の製造や、機織りが盛んに行われていた。


 たくさんの亜麻布や絹織物を積んだ馬車が、田舎道を王都のほうに向かって歩いていく。

 タダシ王国の支配地が急激に広がったことによる布不足は、このようにして解消されている。


「こういう布作りにも、神官長フネフィルの木乃伊創造クリエイト・ゴーレムで作ったミイラ兵が使えるといいのにな」


 新しく王国で作られた絹織物を手にしてタダシがそうつぶやくと、隣で製造された製品を調べて何やら忙しく書き付けしている猫耳賢者シンクーがとんでもないと慌てる。


「なんでもかんでもミイラ兵がやるようになったら、失業者が溢れて大変なことになるニャー!」

「そういうものか?」


 タダシには、経済があまりよくわからない。

 物言わぬミイラ兵がなんでもやってくれれば、人間は楽できていいと思うのだが……。


「タダシ陛下だって、仕事なくなったから玉座に一日大人しく座ってろって言われたら嫌ニャアーよ?」


 シンクーは、亜麻畑の収穫の様子を見て、手伝いたくてソワソワしているタダシをちゃんとわかっている。

 言われてみれば確かにそうだと、タダシは苦笑してうなずく。


「なるほど」


 民の生活は改善していきたいし、前世の記憶から考えて働きすぎは良くないと心から思う。

 タダシは自分が過労に苦しめられた過去から、国民みんなにしっかりとした娯楽と休日を作ってやりたいと願っている。


 しかし、それが生きがいを奪うことになってもいけない。

 それぞれが自分の仕事をして、社会に貢献しているという気持ちもまた大事かと、タダシは気付かされる。


「だから、ミイラ兵が細かい作業できなくて、かえってよかったニャ」


 冥神アヌビス様に仕える敬虔なる神官長フネフィル。

 彼が生み出すミイラ兵はもしかすると、タダシの農業スキルよりもさらに世界に大きな変化をもたらすかもしれない。


 ミイラ兵は、建設などの大雑把な作業はできるが、布作りなどの細やかな作業はできない。

 畑の収穫の手伝いなどは、もしかするとやらせてみればできるかもしれない。


 戦乱で人手不足の魔王国領はそれで良いが、生活が向上して人口が増えてきたタダシ王国では、労働力の分配を計算して計画的に導入を検討せねばならない。

 最低限食えるからといって失業者が大量に出してしまうと、格差が増大してろくなことにならないとシンクーは言う。


「うーん。国の運営って、つくづく大変なんだな」


 タダシは、シンクーの話を聞いて改めて思う。


「それこそ仕事の役割分担ニャ。その役割をタダシ陛下には求めてないので、うちらに任せておくニャーよ」

「そうか、すまないなあ」


 実を言えばタダシも、元の世界では中小企業務めだ。

 何も資格はないものの伝票を長年いじっていたので、簡単な事務ならやってやれないことはないと思うのだが……。


「それより、陛下は自分の仕事をやってほしいニャー。今日は、各国から賓客も招いているんだし、あれはまずいニャよ」


 そう言って、シンクーが指さした先では、バシューン! ドカーン! という不穏な爆音とともに、ド派手な閃光と音撃が上がっていた。


「また、あいつらか! あれほど壊さないように手加減しろと言っておいたのに!」


 タダシは、慌てて走っていく。

 武道館の前では、帝竜達が全力攻撃をぶつけ合っていた!


「いくぞ! 紅竜旋風爪こうりゅうせんぷうそう!」

金竜撥弦衝きんりゅうはつげんしょう! くらいやがれ!」


 帝竜同士の全力のぶつかり合い。

 激しい技の応酬が続く。


「ふっ、元気が良いであるなっ! 皆のもの、見るが良いっ! これこそが、我が流派の真髄、神竜一閃拳であぁぁある!」


 あんなことをすれば、大武道館が壊れ……は、しなかった。

 神帝竜シュウドウに殴られた、紅帝竜キトラや金帝竜エンタムが壁まで弾き飛ばされても、その衝撃を世界樹で出来た柱や壁は受け止めて吸収した。


「まだこのぐらいでは! シュウドウにいつまでも負けてられない!」

「手加減したことを後悔させてやるぜ!」


 バシン、バシンと、お互いの奥義を叩きつけ合う帝竜達。

 この世界の最強生物。


 帝竜同士の全力の殴り合いにも、世界樹で出来た大武道館は耐えている。

 その世界樹の丈夫さは称えてもいい。


 しかし、世界樹の木材を使ってない地面は、ボコボコに穴が空いてしまっている。

 全力で暴れ回っている帝竜達を止めないと、ここらあたりの土地がめちゃくちゃになる


「お前ら、いい加減にしろ! 近くの畑が壊れるだろ!」


 どうしようもない帝竜達を叱りつけながら、タダシは青く輝く魔鋼鉄のくわを振るって帝竜達を引きはがすのだった。


     ※※※


 この日。

 せっかく武道館を作ったので、そのお披露目に各国の軍隊から希望者を集めて、大武道大会を開催したのだ。


 もちろん、全世界から全軍を集めるわけにはいかないので志願した精鋭のみだが、居並んだ一万ほどの様々な兵は、さながら大陸諸国の軍事サミットの様相を呈していた。


 魔界からは、新生アージ魔王国から、元魔王フネフィル率いるアージ魔王国軍数十名。

 新生アダル魔王国の元魔王ケイロンと、その部下数十名。


 アンブロサム魔王国からは、新しく魔王となったレナちゃんを始めとした吸血鬼族の面々。

 そして、今や魔王軍の中心となっているグリゴリ率いるオーガ地竜騎兵団。


 他には、新しい新顔もいる。

 かつてのアンブロサム魔王国で五大公と呼ばれた。


 岩トロール族族長ボーボウ・ド・トロールと、コボルト族の族長ウルブストーと名乗る者が一族を引き連れて来ている。

 彼らも、最近になってレナちゃんに服属した勢力だそうだ。


 人間界からは、フロントライン公国軍、自由都市同盟の市民兵、聖国軍や今は民主化したが旧来の組織をまだ維持している旧帝国軍の海兵隊などが来ている。

 そして、その中心にいるのが、タダシの近衛兵である獣人を中心とするタダシ王国の兵団だ。


 今回、始めての世界的な合同演習ということで、噂の帝竜の力がどれほどのものか見せてくれということになって、神帝竜シュウドウたちが演舞を始めた。


 まったく、誰が帝竜の力を見せろなどと言ったのやらと、タダシは呆れた。

 そりゃ調子に乗って神帝竜シュウドウ達が暴れだすのは、当然というものだ。


 タダシは、帝竜達をさっさと引きはがすと、「やれやれ派手にやったな」とつぶやきながら、大きく空いてしまった穴ぼこを土で固めて修復する。

 しかし、それを見ていた周りの兵士達は呆れるどころでは済まなかった。


 全員絶句である。

 神にも準ずる帝竜達の実力もさるものながら、それらを一撃であしらって、さっさと後片付けしてみるタダシにもドン引きしていた。


「……なんだこれは」

「これが帝竜の領域。そして、タダシ陛下は更に上か。我らでは。レベルが違いすぎる。戦にもならぬだろう」


 ようやくため息のように口をついて出た言葉としては、この程度のものである。

 良かったことと言えば、タダシに逆らってはいけないと各国の精鋭達に身体で刻み込んで見せたことくらいか。


 しかし、タダシはそういう考え方はしない。

 これからともに訓練をしようとする相手を萎縮させてどうすると、帝竜達に注意した。


「しかし、タダシよ。演舞といえば、全力であろう。手加減すれば失礼というもの」


 神帝竜シュウドウは、そうタダシに抗議する。


「それは、帝竜の世界の常識だろ。人間の世界の常識は違う」


 そういうタダシだが、自分も周りからドン引きされていて人間の仲間には見られてないことに気がついていない。


「種族の前に、我らは武人であろう」

「シュウドウ、周りを見てみろ。みんなドン引きしているじゃないか」


 そう何故かちょっと得意げに言うタダシだが、自分もドン引きされていることには気がついていない。

 帝竜達の絶技に拍手していたのは、紅帝竜キトラの子タサラくらいだった。


 神帝竜シュウドウの神竜一閃拳をまともに受けて、笑っていられてるのは同じ帝竜だけだ。

 普通の人間がこんな攻撃をくらったら、一瞬で消し炭である。


 ちなみに、もうちょっと頭の良い。

 話の分かるドラゴンがいてほしかったので、竜公ドラゴン・ロードグレイドと、小竜侯ワイバーン・ロードデシベルの二人も呼んだのだが……。


 グレイドは頭が、デシベルはお腹が痛いから休むとの手紙が届いた。

 帝竜が絡むと酷い目に合うのは格下の二人なので、いよいよ居留守を覚えたらしい。


「あの二人がいないと、帝竜達の面倒を見るのは俺になるんだよなあ……」


 グレイドとデシベルが病欠だと、帝竜をまともに止められるのは、タダシかフェンリルの子クルルくらいであろう。


「おーい、クルルどこいった」


 タダシが呼ぶと、草むらからクルルが出てくる。

 あ、なんか嫌そう。


「くーん」

「クルル。帝竜が暴れそうになったら止めてくれないか」


 フェンリルの子クルルが来たのを見て、帝竜たちが沸き立った。


「おお、フェンリルと戦えるのか!」

「いや、待った! 戦うために呼んだんじゃないからな」


 クルルが嫌そうに耳を伏せている。


「くるるるる……」


 クルルはフェンリルなので強いが、飼い主のタダシと同じく元々温厚で戦いが好きなタイプではないのだ。

 戦闘狂の帝竜達の相手は、絶対にごめんであろう。


「よしよし。こんな場所に呼んだのが悪かった」


 タダシは、クルルの頭をもふもふと撫でてなだめる。

 神帝竜シュウドウが、それを見て言う。


「ハッハッハッ、タダシよ。冗談である、いくら私でも、嫌がるフェンリルの子と戦おうとは思わん」

「本当にそうか?」


 いつもの戦闘狂っぷりを見ていると、本気にしか聞こえないのだが。


「こう見えても、我らとて加減くらいは知っているのである。我らは武人。相手のレベルに合わせて、手合わせすることくらいはできる」

「信じられないんだが……」


 めっちゃ力加減、下手くそそうにみえるんだが?


「まあ聞け、タダシ。演舞と称して、まず全力で戦って見せたのにも理由があーる」


 そう人差し指を立てて言う神帝竜シュウドウは、武の極みを見せることも修行のうちなのだと語る。

 たとえ、その神業に敵わないまでも、現実にそのような技があるのだと見るのはよい修行になる。


「これを武道の世界で、けんというである。我らの技を目で盗み、千分の一、万分の一の力が出せれば、それは大いなる進歩となろう」

「人間で、神竜一閃拳の万分の一の力が出せたら、もう超人だけどな」


 タダシがそう言うと、神帝竜シュウドウは笑う。


「我らに打ち勝った人間のタダシがそれを言うか」

「うーんなるほど。人間である俺でも帝竜に勝てるなら、いずれは帝竜と撃ち合えるほどの力を人間も持つかも知れないか」


 そう言って、各国の軍隊から集まった精鋭達のほうを見るが、みんな真っ青な顔で首を横に振ったり、うつむいたりするばかり。

 何度も言うが、みんなタダシの強さにもドン引きしているのだ。


「天星騎士団の皆、タダシ王の言葉を聞いたか! 我ら人種も、その限界を超えられるのだと!」


 そう叫ぶのは、すでにタダシと結婚して母親になっているのに、いまだに公国軍の将軍気取りのマチルダである。


「そうだ! ボク達は、タダシ王国軍の近衛兵なんだぞ! 根性見せろ!」


 獣人の勇者エリンもそう叫んだ。

 紅帝竜キトラにも果敢に撃ちかかっていった、二人がいたか。


 帝竜に演舞しろなんて無茶苦茶を言ったのは、おそらくこの二人だなとタダシは察した。

 しかし、二人がいかに鼓舞しようとも、神帝竜シュウドウの胸を借りようという騎士や兵士はいない。


 誰だって命は惜しいのだ。

 そんなみんなに、神帝竜シュウドウはにこやかに笑顔をつくって言う。


「皆の衆。心配せずとも、私は武人として相手する時はきちんと加減するのである。格下の古竜であっても、訓練のときは優しく立ち会うので、傷ひとつ付けたことはないのであーる」


 優しく、優しく相手をする。

 世界最強であり、その力は神にも近づくと言われる神帝竜シュウドウにそう言われても、全く安心できない。


 なぜなら、人間は古竜ではないから。

 神帝竜シュウドウの求める基準が高すぎる。


 しかし、上司にあたるマチルダやエリンに無理やり鼓舞されて。

 タダシ王国軍の獣人兵団や公国軍の天星騎士団は、なかば無理やり神帝竜シュウドウと立ち会わされるハメになるのであった。



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 祝! 生産革命コミック4巻、10月15日ごろ発売です。

 それに合わせて、今日から毎日4話くらい切りの良いところまで更新していきます。

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