目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第168話「人の限界を超える」

 大武道館における、人VS神帝竜シュウドウとの試合。

 その結果は、屍累々……。


 ではなかった、かろうじてみんな生きている。


「ううう……」


 とても一対一では敵わないので、右から獣人の勇者エリン率いる獣人兵団五百人。

 左から、聖剣天星剣シューティングスターの使い手マチルダ率いる公国軍の天星騎士団五百人が突貫していった。


 そして、神帝竜シュウドウの光速の拳により一撃で全員撃ち抜かれて、稲穂が台風で倒れるみたいにみんな引き倒された。

 タダシとしては、あちゃーという感じである。


 これでは、訓練にもなにもなっていない。

 そう思ったのだが、神にも迫る攻撃を食らった騎士や兵士たちの感想は違ったようだ。


「い、生きている……俺たちはまだ生きているぞ!」

「あの攻撃を食らっても、まとまってかかればなんとかなるのか」


 その場に、ふわっと浮き上がった神帝竜シュウドウは空気を震わせて叫ぶ。


「皆のもの、見たであろう。我が拳は神にも抗するもの! それを受けることができる人族も魔族も、決して弱くはないのである!」


 マチルダは、聖剣天星剣シューティングスターを掲げて部下達を鼓舞する。


「聞いたか! 我らとて神域のものと戦うことができるのだ。我ら公国軍は、神業を前にしてもくじけぬ!」


 エリンも負けじと鼓舞する。


「王様を守るために、ボクたちも強くならなきゃならないんだ!」


 兵士達は、それに「応!」と叫んで立ちあがると、再び五百人が一団となって神帝竜シュウドウへと向かって、また一撃を食らって引き倒された。

 それでも、何度でも立ち上がって向かっていく。


 この勇気の伝播は、他の軍団にも伝わる。

 魔族を束ねる魔王レナちゃんが、魔王紅蓮剣ヘルファイアを掲げて言った。


「人族が、勇を見せた。魔族が臆していてよいのか?」


 元魔王のケイロンが叫んだ。


「そうだ、良くねえぞ! 俺たちだってまとまればやれるはずだぜ。集まれお前ら!」


 オーガ地竜騎兵団を率いるグレゴリ団長が、叫んだ。


「我ら、オーガ地竜騎兵団。先陣つかまつる!」


 長らく戦乱で国が崩れた魔族だが、こうして精鋭が集まれた強力な千の軍団となる。

 魔王レナちゃんの指揮のもと、彼らも一丸となって神帝竜シュウドウへ一直線に向かっていった。


 それを見て、神帝竜シュウドウは「良きかな! 良きかな!」と笑い、彼らも一撃のもと引き倒した。

 それでも、勇は死んでいない。


 みんな、立ち上がってまた打ち倒されるために向かっていく。


「魔族も頑張っているのに、我らは見てるだけか!」

「そんなわけにはいくまい!」


 集まったのは各国の精鋭である。

 神聖騎士団も、自由都市同盟の市民兵団も、旧帝国軍の海兵隊も、皆が神帝竜シュウドウへと次々に撃ちかかっていった。


 帝竜の一撃の前には、強風を受けた柳のようにバタバタと倒されていく。

 それでも、撃たれるたびに何度でも立ち上がった。


 百度を超えるころには、みな面構えが変わっていく……。

 紅帝竜キトラは、唸るように言った。


「うーむ。さすが、シュウドウは鍛えるのが上手いのだ」


 なんなんだろうこれはと思ってみているタダシに、金帝竜エンタムが説明する。


「この世界では人族も魔族も、微量ながらみな神々の加護を受けてる。魔気や闘気も、たくさん重なれば、やがて神気となる。その神気を、シュウドウは鍛えてるんだぜ」

「神気か。何度も神技を見てると、そんなにびっくりしなくなるってことか?」


 まったくわかってないタダシに、金帝竜エンタムは戯れにギターをかきならしながら苦笑する。


「タダシは、存在が神気そのものみたいなものだから、そりゃピンとこないだろうぜ」


 紅帝竜キトラは拳を握って言う。


「つまり、心身を鍛えれば人族でも魔族でも、シュウドウの本気の一撃にも耐えられるようになるってことなのだ!」


 タダシは、その説明でわかった。


「なるほど、そういうことか」

「だから、タダシの子どもたちも、あの訓練に参加すると強くなるぞ」


「いや、俺の子供らはまだ赤子だぞ。子供はまだ早いんじゃないかな」

「タサラはやってるのだ」


 キトラの子、タサラはまだ赤子なのに、みんなが楽しい遊びをやってるという感じで。

 キャッキャ笑いながら訓練に参加して、弾き飛ばされて転がって遊んでいる。


 世界樹の木材で出来た壁がびくともしていないところを見ると、神帝竜シュウドウはかなり手加減しているのだ。

 この程度の拳圧。


 タサラからしたら、大人からあやしてもらっているくらいの感じなのだろう。


「しかし、あれは帝竜の血があるからだろ」

「気がついてないのか。タダシの血も強いんだぞ」


「そうなのか?」


 まあ、キトラほどではないが他の母親も強いからな。

 もうちょっと大きくなったら、神帝竜シュウドウに戦士としての訓練を付けてもらうのもよいだろう。


 しかし、タダシは戦うだけが強さではないと思う。

 後ろの方で、傷ついた兵士たちのために、治療の準備を始めたイセリナ達をみて。


 たおやかに育っても大丈夫な、平和な時代を作りたいと思っているのだ。

 そう考えると、タダシも自分にできることはあるなと歩いていく。


 キトラは声をかける。


「タダシも訓練するのか?」

「いや、俺は飯の支度をする。よかったら、キトラ達も手伝ってくれ」


「ふむ。飯は大事なのだ」


 あれだけ激しく戦えば、腹も減ることだろう。

 勇気を持って戦った兵士達に、なにか温かく力のつくものを食べさせてやりたい。


 それこそが農家である俺の仕事だろうと、タダシは思うのだった。


     ※※※


 大武道館から少し離れた場所で、タダシたち料理班が何をやっていたかというと餅つきであった。

 色々考えた結果、力を付けるなら餅であろうと考えたのだ。


 最近、良いもち米が手に入ったので、餅つきをやってみたいという理由もあった。

 ペッタンペッタンと、みんなで餅つきしてなかなか楽しい気分となる。


 子供をあやしていた紅帝竜キトラが、面白そうだと手伝ってくれた。

 これは、思いっきりキトラが餅をついて、臼を叩き割るというベタな展開が起きるなと思ったが、意外にもそれはなかった。


 食べ物を作る作業ということで、キトラは割と真剣にやってくれたらしい。

 こんなふうに、力加減を覚えてくれればみんなと一緒に暮らすのも容易になるかもしれない。


 壁に食べ物を貼り付けておけば、壊さないようになるかな。

 そんな事を考えながら、アンコと、きなこと、大根おろしに醤油をかけたものなんかも用意する。


 餅つき大会は、田舎暮らしをしてみたかったタダシの夢のひとつであった。

 家族で餅つきするなんて、ここが異世界であることを忘れてしまいそうだ。


「いやあ、楽しいなあ」


 そこに、ひょっこりと顔を出したのは半人半馬ケンタウロス。

 元魔王のケイロンである。


 おそらく、良い匂いに誘われてきたのだろう。


「タダシ。何をのんきにやってるんだ?」

「おお、餅をついてみたんだ! 出来たから食べてみるか」


「んん、これが餅というのか。ねばっこいが、もぐもぐ味は良いな……」


 パクパクとものすごい勢いで食べ始める。

 大飯食らいのことを、牛飲馬食ぎゅういんばしょくなんて言ったりするが、このケンタウロスはとんでもない健啖家けんたんかなのだ。


「おいおい、そんなにたくさん食べたら他の人の分がなくなっちゃうぞ」


 美味しく食べてくれるのは嬉しい。

 なくなれば、また出してきて作るだけだから半分冗談みたいなものだが、ケイロンは笑わずに言う。


「いや、他の者にはおかゆでも出してやったらいいんじゃないか。こんな重いものを食えるのは、せいぜい数人といったところだろうな」


 色んな味があるんだなと言いながら、パクパクと十人前くらいを食べていくケイロン。

 おかゆが必要だって?


 訓練はそんなに酷い事になっているのかと、タダシは慌てて走っていく。


「うわ、やりすぎだろ帝竜。手加減するって話はどうなったんだよ……」


 人が壁にへばりつくゴミのように、そこらじゅうに弾き飛ばされている。

 生きているようだが、それだけって感じ。


 とりあえず、エリクサーで治療してもらえるようにイセリナを呼ばなければならない。

 かろうじて立っているのは……。


 マチルダとエリンの二人は、さすがに意地でも立ってるな。

 あとは、かろうじて立っているオーガ地竜騎兵団のグレゴリ団長と、守備力には定評がある天星騎士団金剛の騎士オルドス団長くらいか。


 あとは、ん?

 みんなボロボロなのに、なぜか無傷で立っている者が二人だけいる。


 そんな感じなので、めちゃくちゃ目立っている。


「あの二人。まだ実力を隠しているようだが、かなり強いぞ。とんでもないパワーだった。アンブロサム魔王国にあんな人材がいたとは聞いたことがないな」


 追いかけてきたケイロンが、大量に抱えた餅をぱくつきながら、タダシに告げる。

 食事を中断しても(中断してないけど)、タダシに言ってくるというのは重要な話なのだろう。


「岩トロール族族長ボーボウ・ド・トロールと、コボルト族の族長ウルブストーか。挨拶だけは、されたけどな」


 確か、現在の魔王となるレナちゃんの部下、五大公とかいう重鎮だったはず。

 いつも二人で行動しており、岩トロールというとにかくでかい毛むくじゃらの巨人と、小柄のくすんだ灰色をした狼人のコンビである。


 なんだか凸凹コンビって感じで、タダシはユーモラスな愛嬌を感じていた。


「一人で魔王クラスの実力はある。一人ならともかく、俺でも二人相手なら負ける」

「そんなに強いのか?」


 そんなに強いなら、なぜ魔公ヴィランの乱の時に大人しくしていたのだろうとタダシは不思議に思う。

 そこに、猫耳賢者シンクーもやってきて言う。


「タダシ陛下、あの二人。あからさまに怪しいニャー」

「そうかな。そんなに悪い奴らには、見えなかったけどなあ」


 確かに、何やら二人が身にまとっている防具から禍々しいオーラが出ているようにも見える。

 様々な戦いを経て強くなったタダシには、なんとなくそういうものが見えるようになってきてるのだ。


 しかし、相手は魔族だし、もともとあんなもんじゃないか?


「あんなに強い族長は、アンブロサム魔王国にいなかったはずニャー。すくなくともウチのデータにはないニャ」

「味方が強い分には、良い話だと思うけどね」


「またタダシ陛下は、のんきなことを言ってるニャー」


 そう、シンクーにたしなめられる。


「逆に怪しすぎて、裏なんかないんじゃないか」


 魔王クラスといえば警戒はしなければならないだろうが、帝竜のほうがおそらく実力は上だしな。

 なにか悪いことを企んでるなら、国中の強者が集まる武闘大会にわざわざ出てくるだろうか?


「タダシ。だから、二人はまだ実力を隠しているんだって言ってるだろ。あいつらは、何かやらかす顔だぜ」

「そうニャ。何かやらかすかもしれないから、警戒は密にすべきニャ」


 元魔王のケイロンと、シンクーにそう躍起になって言われて、タダシはそうかあと頭をかくのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?