「ケインさん、この依頼は絶対に受けないでください」
いつもの冒険者ギルド。
薬草採取の依頼の代わりに、エレナさんが差し出した三枚の討伐依頼であった。
ゴブリンロード、オークロード、オーガロードがクコ山の奥地に出没したからそれを倒してくれとの依頼書である。
エレナさんは、声を震わせて何度もケインに、この依頼は受けないでくださいと言った。
そう言われても、ケインの実力では受けられるわけもないのだが。
エレナは、剣姫アナストレアに脅されて、ケインに依頼書を見せるところまでは請け負ったものの、自分の口からは受けろとは絶対言えないと言い張ったためにこうなったのである。
ケインは首をひねる。
依頼を見せておいて、受けないでくださいとはどういう謎掛けだろう。
そこに、青髪の剣士アベル率いるAランクパーティー『流星を追う者たち』がやってくる。
目ざといアベルが、ケインの前にある依頼書を覗きこむ。
「おお、それはロード級のモンスター討伐の依頼か!」
「そうみたいだね」
「これは、腕が鳴る! もちろんケインさんは受けるんだろう? ケインさんとライバルの俺とで、ロード級の討伐競争でもやってみるのはどうだ!」
「えっと、ライバル?」
いつの間にかケインは、Aランク冒険者のアベルにライバル認定されている。
さてどうしたものかとエレナを見ると、なんかフルフルと震えて涙目になっている。
エレナはエレナで、いっぱいいっぱいの状態なのだ。
ケインは、エレナさんはロード級のモンスターが出て困っているのだと解釈した。
ケインがここで依頼を受けると言えば、アベルたちがクコ山に巣食う強力なモンスターをやっつけてくれる。
そう考えれば、悪くない話だ。
「どうだ、ケインさん。面白いと思わないか?」
「わかった。受けて立とう」
Aランク冒険者アベルと、Dランク冒険者ケインのモンスター討伐競争!
まさにケインの実力を見せつける絶好のチャンスと、影から隠れて見ている剣姫アナストレアは狂喜乱舞している。
「ケインさん、あの……」
「大丈夫ですよエレナさん。もちろん薬草狩りの依頼もいただきますね。ついでに、もしできたら討伐するってことですから。俺がしなくても、あのアベルくんがしてくれるでしょう」
「あの、ケインさんがそういうつもりでも……とにかく、くれぐれも注意して行ってきてください」
余計なことは言うなと、物陰から剣姫がギロッと睨んでいる。
エレナさんは、すがるようにケインの両手を握った。
「はい、わかりました。俺は普段通りやるだけですよ。もちろん無理はしませんから」
そもそもケインは、危険なクコ山奥地に行くつもりなど、これっぽっちもないのだ。
今回の目的地点を山の中腹として、危険な険しい道を『流星を追う者たち』に行ってもらって、ケインは慣れ親しんだいつもの安全な道を真っ直ぐに行くことにした。
そう決めて、ケインはAランクパーティーと共に、クコ山の山の麓まで行く。
山に入るならば、山の神様に挨拶をしておかないと。
「ちょっと待ってください。山の神様にお参りしてきますから……って、ええ?」
いつもの
『流星を追う者たち』の女盗賊キサラが、ひょこひょことケインの後を付いてきて尋ねる。
「あれー、ケインさん。こんなところに御社ってありましたっけ?」
「あったんだけど、こんな立派じゃなかったなけどなあ」
もしかすると、クコ村の人たちが善意で建て直してくれたのかもしれない。
ケインがやらなくても、社の前は綺麗に掃き清められている。
「ありがたいことだなあ。今日も、みんなが無事で冒険を終えられますように」
もちろんケインは、自分だけなくAランクパーティーたちの無事も祈る。
ケインの真似をして、キサラも手を合わせてみたりした。
「おーい、お前ら何やってんだよ。冒険は待っちゃくれねえぞ!」
意気揚々たる流星の英雄アベルは、張り切ってケインたちを急かせる。
「じゃあ、予定通りクコ山の中腹で落ち合うということで」
ケインと、アベルたち『流星を追う者たち』は別の山道にわかれると、クコ山の中腹で落ち合って討伐数を競うことになる。
アベルは奥地を踏破して頂上まで行きたいと言っていたのだが、さすがにケインもそこまでは付き合えない。
「じゃあ、みんな! 英雄である俺達はこのあえて険しい登山ルートを進むぜ!」
「済まないね。大変な方を任せちゃって」
まだあんまり知名度はなく半ば自称であっても、アベルは若き英雄と呼ばれるAランクの剣士だ。
険しい道ならば任せろと、胸を叩く。
「なあに、こっちはパーティーだし、人も通わぬ険しい道の方が強敵に出会えそうだからな。ケインさん、勝手に奥地に一人で入って、討伐数を稼いだりしないでくれよ」
「いや、そんな危ないことはしないよ。君たちも十分に気をつけてね」
こうして、クコ山でのロード級モンスター討伐合戦が始まった。