ケインが冒険者ギルドで依頼を受けたのを見届けた後。
私は準備があるからと、ケインの監視をマヤとセフィリアに任せて、アナ姫はダッシュでクコ山に走っていった。
「あんなに急ぐ必要あらへんのにな」
ゴブリンロードなら、近ごろはちょっとクコ山の奥地にいけばすぐ見つかる。
「あの、Aランクの人たちの、妨害もするんじゃない、かな?」
普段は寡黙なセフィリアが、珍しくそんな予想を口にする。
「それもあり得るわ。Aランクパーティーは多人数やし、ハンデを付けなきゃとか言ってなあ」
「うん」
まあ、それも良かろう。
さすがに無茶苦茶な剣姫でも、人が死ぬほどのことはやらないはず。
この前の
それでアナ姫が満足するなら、今回はめでたしめでたしだ。
アベルたちにせよ、仮にもAランクの冒険者なら覚悟した者だろう。
ケインのおっさんも大変なのだから、この試練を乗り越えてみせろとマヤは気軽に思って、ゆっくりクコ山に歩いていった。
そして、絶句する。
「アナ姫……それなんや」
「うん、ロード級の三種だけ集めてきたんだけど?」
ゴブリンロード、オークロード、オーガロード。
比較的よく見られる三種のロード級モンスターが、まるで山のように何十本ものオリハルコンの鎖でガッチリと固められて、強引に引きずられてきた。
「いくらなんでも集めすぎや! これパッと見ても百匹はおるやろ。どこにおったんやこんなに!」
マヤだって普段から人里までモンスターが下りてこないかはチェックしてるから、クコ山にここまでの数のロード級はいないと知っている。
「量が少ないかなーと思って、シデ山まで行っちゃった」
「行っちゃったやあらへん! この短時間でどうやって、どんだけ距離があるのかと……」
そう言いかけて、マヤはため息をつく。
そうだった。
剣姫アナストレアは、不可能を可能にする天才なのだ。
距離とか、スピードとか、量とか、物理法則とか一切関係ない。
普通の人間なら、行って帰ってくるだけでも二日はかかる距離を、早馬より速いスピードで駆け抜けて。
その間に現れるモンスターを全部なぎ倒した上に、ロード級モンスターだけを百匹を捕獲して鎖で引きずってくるぐらいのことは朝飯前にやる。
「さすがに弱らせる時間がなかったから、これから一匹ずつやるんだけどね」
「いや、アナ姫。これもう弱らせる必要ないで」
ものすごいスピードで無理やり引きずられてきたのだ。
全身ズタボロになって血反吐をゲーゲー吐いているモンスターもいれば、無残にもオリハルコンの鎖が喉に巻き付いてそのまま死んでる個体も結構ある。
「あー、だから弱いモンスターはダメね。やっぱり
ロード級モンスターは、Bランクの強敵のはずなのだが。
剣姫にとってはアリンコ同然なので、殺さずに捕まえて持ってくるのが難しいということなのだろう。
「ぐぉおおおん!」
その時、死にかけたモンスターの塊から怒り狂う鬼の叫びが聞こえた。
他のモンスターをかき分けるようにして出てきたのは、人を喰う悪鬼オーガ族の王、オーガキングだ。
「あら、一匹だけオーガキングがいたみたいね。これは珍しい。ちょうどいいから、これをボスキャラってことにしましょうか」
そう言いながら、巨大な鉄のハンマーを振り上げて襲いかかってきたオーガキングの両腕を、剣姫は一瞬でシュパン、シュパンと切り裂く。
Aクラスモンスターのオーガキングの渾身の一撃ですら、剣姫にとっては
「あら、生きが良くていいわね」
「ぐぉおおお!」
「うるさい! 出番はあとだから、もうちょっと大人しくしててねっと」
「ぐぎゃぁああ!」
両腕から血を噴き出させて絶叫するオーガキングは、そのまま顔面をズバンと剣姫に蹴り上げられて吹っ飛び、再びモンスターの塊の中にズボンと落ち込んだ。
まるで、モンスターの生き地獄だ。
のたうち回って苦しんでるのは地獄の亡者ではなく、地獄の門番の鬼のようなモンスターたちだったが、それ以外はそのまんま地獄絵図である。
ボスにするにしても、このまま放っといたら死ぬんじゃないかとマヤは思ったが、もうここまでくるとツッコんでも仕方がない。
「じゃあ、このモンスターたちをケインのおっさんが通りそうな位置に配置しておけばええんか?」
配置というか、単に死体を捨てるだけになりそうだけど。
「うん、それは私もやるけど、ちょっと先に済ますことがあるから行ってくるわね」
「まだなんかあるんか?」
「ほら、なんて言ったっけ、あのAクラスの青髪ツンツン頭、ケインに向かって生意気な口を利いてたでしょ。ムカつくから、ちょっと〆てくるわ」
「どんだけー!」
びっくりするマヤに、フフンと剣姫は笑う。
「ケインは一人で、あいつらは多人数パーティーなんだから不公平でしょ。ハンデにもなるからちょうどいいわよね」
相手がたとえアリンコ同然の弱者であろうとも、歯向かうものは全力で叩く。
剣姫アナストレアの辞書に、容赦という文字はなかった。